【差取り観察部#09】高尾山の分かれ道が、ちょっと人生っぽかった話(全文無料)
先日、高尾山に行ってきました。
自宅からそんなに遠くない高尾山。
移住してから一度行ってみたいと思っていて、2年経ってやっと念願叶いました。
ケーブルカーかリフトで高尾山駅へ。
わたしたちは今回はリフトで上り、その後表参道コースでもある1号路を歩いていると、道が二手に分かれていました。
マップをみると・・・
「男坂」
「女坂」
と書かれていたんです。

ただの分かれ道なのに、ちょっと人生っぽい。
なんとなくの雰囲気で左が「男坂」で、右が「女坂」とイメージできる。
どちらの道も頂上へつながっている。
それは分かっているのに、名前がつくだけで、なぜか呼吸が少し整う感じがしました。
「焦らなくていいよ」と言われたような。
「今日はどんなふうに登る?」って。
✧✧✧
女坂を選んだ日(ゆるやかでも、キツい)
わたしたちは、女坂で頂上へ向かうことにしました。
その日の体力や気分を考えると、いちばん自然な選択だった気がします。
ただ、女坂もけっして「ラク」ではありませんでした。
ゆるやかだからこそ、じわじわと、しっかり効いてくる感じ。
それでも、階段のような“息が上がる忙しさ”が少ないぶん、歩きながら少しずつ調整ができました。
呼吸を整えたり、ペースを落としたり、ちょっと立ち止まったり。
そんなふうに、自分の状態に合わせながら進める道だったように思います。
そして何より、うれしかったのが・・・
景色を見る余裕が、残っていたこと。
「ここ、光がきれい」
「この木、なんだか好き」
「写真、撮っておこうかな」
そう思えるだけで、登っている時間が少しやわらかくなる気がしました。

でも、すがすがしい。東京にこんな空気おいしいところがあったなんて・・・感動。
✧✧✧
頂上での気づき。余白があると、入ってくる感動
頂上に着いたとき。
もちろん疲れていました。登山ですから、息も切れるし足もガクガク・・・。
登った感、すごい・・・。
でも、あの日のわたしは、なぜか“使い切っていない”感じがありました。
まだ少し余裕が残っていて、その余裕の中に、感動がすっと入ってきたんです。
視界がぱっと開けて、遠くまで見えて。
そして、はるか向こうに富士山が見えました。
「見えた」というより、
ちゃんと見ることができた。
これが、わたしにはとても大きかったです。
疲れきっているときって、景色が目に入っていても、心に入ってこないことがありますよね。
でもあの日は、富士山を見て、胸がふっと熱くなって。
疲れているはずなのに、喜びがひとしおでした。
(ああ、来てよかったなぁ)と、静かに思えた時間でした。

だいぶ汗ばんだけど、気持ちよかった山頂でした。
そういえば、もうひとつ不思議なことがありました。
登ったあとの筋肉痛がなかったんです。(翌日の話ね)
女坂を選んだとはいえ、階段もたくさんあって、登る、登る、登る。
「明日は足腰にくるかもなぁ」と思っていたのに、痛みまでは出なかった。
もしかして、女坂って“ラクな道”じゃなくて、“壊れにくい道?”だったのかもしれません。
もちろん、登山に慣れている方や、がっつり登りたい方なら、また違う景色が見えると思います。
これはあくまで、「わたしの今の体力と気分」で感じた観察です。
✧✧✧
差取りポイント。「最短」が、いつもいちばんとは限らない
ここで、差取り観察をひとつ。
”最短が正解“をいったん脇に置いて、わたしはいま何を急いでる?を見てみる。
わたしたちって、「早く行ける道」があると、ついそちらを選びたくなることがありますよね。(体力やコンディションにもよりますが・・・)
早いほうが正しい気がしたり、効率的なほうが安心だったり。
でも、最短ルートって、気づかないうちに“全集中”になりやすいんですよね。
身体も、呼吸も、注意も、「登る」に寄っていく。
すると、頂上には着けても、
「味わう余白」が残らないことがある。
達成で終わってしまう。
景色が「見えた」で終わってしまう。
感動が、入ってくる前に通り過ぎてしまう。
だから、あの日のわたしの中に残ったのは、こんな言葉でした。
感動って、余白にしか入らないのかもしれない。
女坂は、ラクをするための道というより、ちゃんと味わいながら登れる道だったんだなと思いました。
✧✧✧
人生は長距離戦。「使い切らない」も、だいじな選択
人生って、最短が勝ちでもないですよね。
むしろ長距離戦。(人生100年時代・・・といわれています)
そのときに、わたしは「速さ」よりも、
戻れることが大切なんじゃないかな、と思っています。
無理しすぎたら、ペースを落とせる
息が上がったら、呼吸を整えられる
迷ったら、いったん立ち止まれる
そういう“戻れる設計”があると、続けられる。
遠回りは、怠けではなくて、
長い道を生きるための、やさしい知恵なのかもしれません。
✧✧✧
おまけ。ピアノも同じですね
これは職業柄かもしれませんが、ピアノの練習にも少し似ているなぁと思いました。
最短で仕上げようとすると、音は並ぶけれど、余裕が消えやすい。
余裕が消えると、音色や響き、呼吸や“間(ま)”・・・そういう“景色”が見えにくくなる。
でも、余白を残して弾けると、
同じ曲でも、ちゃんと景色が見える。
頂上で富士山が見えたみたいに・・・そんな感じ。
✧✧✧
まとめ。今日は“呼吸が残る道”を選べたら、それで十分
高尾山の女坂は、わたしにこんなことを思い出させてくれました。
使い切らずに辿り着くこと。
余白を残して到着すること。
それは、甘えではなくて、
味わうための選び方なのかもしれません。
今日、あなたが登っている道も、男坂でも女坂でもどちらでも大丈夫。
ただ、できれば・・・
頂上(達成したら)で、景色を見る余裕が残る道。
そんな設計を、たまに選べたら。
人生はきっと、やさしく豊かになります。
どっちが正解、ではなくて。
“今日の自分に合う登り方”を選べたら、それでいい。
✏️今日の差取り観察クエスチョン

ちなみに高尾山には、修験道のお山として知られる薬王院があります。
お寺の子目線で「ここ、ちょっと書きたくなる場所だった」ので、また別の記事で書きたいと思います。
✧✧✧
高尾山は、分かれ道ひとつで人生の気づきをくれるタイプの山でした。
でもたぶん、人生のほうがもっとひんぱんに“気づき”をくれます。
レジ前、LINE、SNS、家族のひとこと…だいたい毎日、分かれ道。
ちなみに以前、「階段orエスカレーター」というCMをきっかけに、“あえて遠回りを選ぶ”ことについて書いた記事もあります(元のCM動画はいま見られないようですが、記事は読めます)。
「登る実感」や「達成感」が好きな方には、こちらも合うかもしれません。
そして、差取りマガジンでは、そんな「日常の分かれ道」をネタに、
自分を責めずに観察して、少しラクになるヒントをまとめています。
気が向いたら、ふらっとどうぞ。
差取りマガジン『ご自愛の哲学〜“差”取りのすすめ〜』はこちら
※この記事はまず全文無料の通常投稿として公開し、
1ヶ月後、差取りマガジン『ご自愛の哲学〜“差”取りのすすめ〜』にまとめる予定です。(マガジンでも全文無料で読めます)
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ご自愛の哲学 〜“差”取りのすすめ〜
ご自愛の哲学 〜“差”取りのすすめ〜 このマガジンは、「責めない・比べない・争わない」という“差取り”の視点を通して、 日々の中にある「ほ…
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