黒船の軍楽隊 番外編 ヘンデルの行進曲
1854年のペリーの日本来航時には、ヘンデル作曲のオラトリオ「サウル」の「葬送行進曲」が演奏され、3人の海兵隊員が横浜(1名、後に下田に改葬)と函館(2名)に埋葬されました。
"熊おやじ 提督マシュー C. ペリー
サミュエル・モリソン著の「“熊おやじ”提督マシュー C.ペリー」P.370に「海兵隊の衛兵が片手を背の後ろに銃を逆さにして握り(リバースアーム)、横笛と覆いをかけた小太鼓(1)でサウルの葬送行進曲を演奏した。」(There was a guard of marines with reversed arms, a fifer and muffled drum which played the Dead March from Saul.)と記されていることで、1954年3月9日に横浜でヘンデル(2)作曲のオラトリオ「サウル」の「葬送行進曲」が演奏されたことがわかります。
リバースアーム
リバースアームはイギリス連邦諸国での葬儀や追悼の際に敬意を示すために使われる軍隊の習慣です。行進では兵士の武器は後ろに向けて背中の後ろで握られ、停止時には武器を地面に向け視線を下にします。
この習慣の起源は古代ギリシャであると言われ、記録に残る最古の事例は16世紀のイギリスの葬儀の記述です。今もイギリス軍・カナダ軍・アイルランド軍・インド軍・ナイジェリア警察等で続く習慣ではありますが、アメリカ合衆国では第一次世界大戦の少し前に行われなくなりました。


葬列の絵巻と図絵を見る
1854年3月9日(嘉永7年2月11日)に横浜で執り行われた葬列(図3,4)、そして同年5月26日(嘉永7年4月30日)或いは5月28日(嘉永7年5月2日)の函館での葬列(図5)の3つの図を見ると「リバースアーム」と「覆いをかけた小太鼓 (1)」が描かれていないように見えます。ペリーの葬列でも(図1)のようにリバースアームが、(図6)写真のように小太鼓は黒布で覆われていたと思われます。




オラトリオ「サウル」HWV 53
「サウル」はヘンデルが1738年にチャールズ・ジェネンズ(3)の台本で作曲し翌年上演された3 幕からなるオラトリオ(4)です。カリヨン(チャイムのような音を出す鍵盤楽器)、トロンボーン 、ハープ、オルガン、ロンドン塔の大きなケトルドラムを含む多様で大規模な楽器編成の楽曲で、王室関係者も出席した初演は成功をおさめました。最初のシーズンで 6 回の公演が行われ、1740年、1741年、1744年、1745年、1750年にロンドンで上演されるなど最も頻繁に再演した作品の1つになりました。
特に第3幕 第4場 第77曲の「葬送行進曲」は単独で演奏され、また日本では「讃美歌480番」としても知られます。実際の葬儀にも使われ、ネルソン卿(5)やウェリントン公爵(6)、ウィンストン・チャーチル(7)を含むイギリスの国葬(8)で演奏されています。ドイツ軍の標準葬送行進曲でもあり、アメリカではジョージ・ワシントン(9)、ストーンウォール・ジャクソン(10)、エイブラハム・リンカーン(11)の葬儀や葬列で演奏されました。
サウル葬送行進曲の楽譜
1862年版原曲の第3幕 第4場 第77曲「葬送行進曲」の編成
トロンボーン(Trombone)3, ティンパニ(Timpani)、フルート(Traversa)2,ヴァイオリン(Violino)2,ヴィオラ(Viola),バス(Bassi),ピアノ(Pianoforte)

ピアノとフルートがヴァイオリンの二重奏

フルート2本とベースの三重奏版

ピアノ版

動画の色々
吹奏楽版は心地よい
ストコフスキー版は派手
フィジーのナセセメソジスト教会 故イリソニ・バレイナマウ伍長の葬儀行列
ドラムは黒い布で覆われていて、銃をリバースアームしています。
原曲
脚注
(1)葬儀の行進では、黒い布で覆い消音(ミュート)された太鼓を使用します。
(2) ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(George Frederick Hendel 1685-1759)はドイツ出身のイギリスで活躍しイギリスに帰化した作曲家
(3)チャールズ・ジェネンズ(1700-1773)はイギリスの著述家、楽譜収集家、ウィリアム・シェイクスピア研究家で、ヘンデル作曲の「サウル」(1739年初演)「快活の人、沈思の人、温和の人」(1740年初演)「メサイア」(1742年初演)「ベルシャザル」(1745年初演)の台本作者
(4)オラトリオは宗教的な主題を扱う合唱団がより中心的な役割を担うコンサート作品であることが多く、ソリスト、合唱団、オーケストラまたはその他のアンサンブルのための楽曲です。オラトリオがオペラとして上演されることもあります。
(5) ホレイショウ・ネルソン(Horatio Nelson, 1st Viscount Nelson KB 1758-1805)は、アメリカ独立戦争・ナポレオン戦争などで活躍したイギリス海軍の提督。
(6) 初代ウェリントン公爵アーサー・ウェルズリー(Arthur Wellesley, 1st Duke of Wellington, KG, GCB, GCH, PC, FRS 1769-1852)は、イギリスの軍人、政治家、貴族。
(7) ウィンストン・チャーチル(Sir Winston Leonard Spencer Churchill 1874-1965)は、イギリスの首相、陸軍軍人、作家。 国王以外の人物に最後に行われた国葬(1965年1月30日)が執り行われた
(8) イギリスの国葬は君主のために執り行われる。最も最近のものは、2022 年 9 月 19 日に行われたエリザベス 2 世の国葬
(9) ジョージ・ワシントン(George Washington 1732-1799)は、アメリカ合衆国の軍人、政治家。初代アメリカ大統領。
(10)ストーンウォール・ジャクソン(Thomas Jonathan Jackson 1824-1863)は、南北戦争時代のアメリカ連合国(南部連合)の軍人。アメリカ合衆国の歴史を代表する勇将の1人。
(11)エイブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln 1809-1865)は、アメリカ合衆国の政治家、弁護士。イリノイ州議員、下院議員を経て、第16代アメリカ合衆国大統領。
(図1) リバースアーム(reversed arms)行進時
(図2) リバースアーム(reversed arms)停止時
(図3) 米国使節彼理提督来朝図絵 最終ページ
(図4) 大英博物館所蔵巻絵「異人葬式ノ図」
(図5)「亜墨利加一条写」葬列の様子 ・
(図6) 1953年3月の英国メアリ王妃(現国王チャールズ3世の曽祖母)の葬儀に向かうバッキンガム宮殿バンドのドラムパート(おそらく)は、小太鼓も大太鼓も打面を除き黒布で覆われています。
(図7)ライプツィヒ: ドイツ ヘンデル協会、1862 年版
(図8)Joseph Mazzinghi(1765-1844)のピアノとフルートかヴァイオリンの二重奏可能版
(図9)フルート2本とベースの三重奏版(Collection of airs and marches for two violins or German flutes some of which have basses)
(図10) ピアノ版
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ファーイーストの記事
「ザ・ファー・イーストはジョン・レディー・ブラックが明治3年(1870)5月に横浜で創刊した英字新聞です。
この新聞にはイギリス軍人フェントンが薩摩藩軍楽伝習生に吹奏楽を訓練することに関する記事が少なくても3回(4記事)掲載されました。日本吹奏楽事始めとされる内容で、必ずや満足いただける読み物になっていると確信いたしております。
是非、お読みください。
・「ザ・ファー・イースト」を読む その1 鐘楼そして薩摩バンド
・「ザ・ファー・イースト」を読む その1-2 鐘楼 (しょうろう)
・「ザ・ファー・イースト」を読む その2 薩摩バンドの初演奏
・「ザ・ファー・イースト」を読む その3 山手公園の野外ステージ
・「ザ・ファー・イースト」を読む その4 ファイフとその価格
・「ザ・ファー・イースト」を読む その5 和暦と西暦、演奏曲
・「ザ・ファー・イースト」を読む その6 バンドスタンド
・「ザ・ファー・イースト」を読む その7 バンドスタンド2 、横浜地図
2024-4-07 HIRAIDE HISASHI
