連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 2話「ウキの街での一騒動」(4)
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2話 「ウキの街での一騒動」(4)
「ほら、この薬を飲んでみて」
客室のベッドに入ったゴナンに、ジョージとマリアーナが薬を持ってきた。ナイフもゴナンを心配して様子を見に来ている。
「うちの奥さんは薬師なんだよ。王都の大学では薬草の研究をしていたんだ。私の隠居に合わせてこの田舎街に引っ張ってきてしまったが、ここでも薬草園なんかを作って、研究は続けているんだぜ」
「さあ、ゴナンさん。ちょっと飲みにくい薬だけど、我慢して飲んでね」
ベッドで体を起こしたゴナンは、マリアーナから手渡された小さなコップを口にする。薬草を煎じた汁のようだ。ゴナンはぐっとあおり、そしてぐっと顔をしかめる。相当に苦いらしい。ゴナンの反応を面白そうに見てジョージが微笑む。

「良薬、口に苦しだよ。効くといいがな」
「すぐに眠くなると思うから、ゆっくり横になっていてね」
マリアーナが優しく布団をかけてくれる。ゴナンは「ありがとうございます…」と小さくお礼を言いながら、また横になった。
「…安静にしているときはゼイゼイにはならないわね。トーマスさんのお子さんと一緒だわ」
「その子は、何かの持病を持っているんですか? 前の街でもその前の街でも医者に診てもらったんですが、ゴナンのこの病はいまいち原因がわかっていないんです」
リカルドは身を乗り出してマリアーナに尋ねた。その勢いに驚く夫妻。マリアーナは優しく答える。
「その子は喉が弱くて、ちょっと寒くなった日とか、汗をかいて遊んで体が冷えてしまったときなんかに、よくゼイゼイになっていたの。でも熱は出ていなかったし、成長と共に減ってきたけど。今は10歳よ」
「そうですか……」
状況的に、ゴナンの症状とは関わりがなさそうだ。心配げにゴナンを見つめるリカルド。その様子をジョージは興味深げに見つめる。
「…氷っ子、この子はお前さんの息子だったか?」
「えっ? 違いますよ」
「そうだよなあ、それにしては年齢が大きすぎるか…。養子というわけでもないんだな?」
「はい。ゴナンは旅の仲間です」
そう答えるリカルドに、ふうんと腕を組むジョージ。
「いや、お前さんがそんなにも誰かを心配したり、誰かのためにあれほど感情的になる姿を見ることができるなんて、長生きしてみるものだと思ってな」
「……」
リカルドは少し困ったような笑顔を浮かべる。ナイフが横でクスッと笑った。
「先生。前にもお伝えしましたが、僕は子どもを作るつもりはないですから…。家族も持ちません」
「……お前さんも難儀な生まれだからな…」
ジョージもリカルドがユーの民であることを知っているらしいことに、ナイフは気付く。
「……先生は大学の教授だったのよね? リカルドの生まれもご存じのようだし、彼のことを子どもの頃から知っているの?」
「ああ、ナイフちゃん。君もこいつの呪いのことは知ってるんだな」
「ええ。私とこの子…、ゴナンは知っているわ。他の面々は知らないけど」
ナイフは頷き、答える。そうか…、とジョージは腕を組み、ゴナンの顔に一瞬、目線を送る。
「私は小等部の校長をやっていた時期があってね。王立大学の小等部は、大体は貴族の子女や王都の富裕層の子どもなんかが入学してくるんだが、10歳なんていう半端な年齢で、ユーの村なんて辺鄙な村からごり押しで編入してきた子どもがいてね。それが氷っ子だ」
「へえ…」
ゴナンもウトウトとしながら、興味深げに聞いている。リカルドは少し恥ずかしそうだ。
「学力は申し分なかったし、編入後の成績の伸びもすさまじく、飛び級で上級学校に上がっていったんだよ。大学に入ったのは14歳だったか」
「あら、そうなの? もしかして、神童だったんじゃない?」
リカルドをからかうナイフ。ジョージはわはは、と笑い、首を横に振る。
「まあ、もともと優秀なのもあるけどな、こいつは本当に勉強しかしない奴だったんだよ。それこそ鬼気迫る勢いで、食事と寝る時間以外は勉強だ。いや、ろくに食べてないときも寝てないときもあったなあ。あれだけ取り憑かれたように勉強してれば、飛び級でも何でもなれるさ」
「……」
ゴナンとナイフは、少し複雑な表情になる。この理不尽なユーの呪いが何なのかを突き止めるため、そして嘘か誠か分からない巨大鳥と卵の伝承を追うためだけに、リカルドはその青春を費やしてきたのだろう。
「勉強熱心は結構だが、その取り組み方があまりにも異常だから、寮の先生が心配して私のところに連れてきてね。問題行動が『勉強をしすぎる』だなんて、私の教員生活の中でも初めての生徒だったよ。それで事情をいろいろ聞いて、以来、ずっと気に掛けてきた間柄だ。優秀な学生には変わりなかったから、私の研究を継いでくれると嬉しかったんだがね」
「それは…、すみません…。気象関係の学問は、本当に全く頭に入らなくて」
「鳥にもユーの呪いにも関係ねえからな」
申し訳なさそうにするリカルドに、ジョージはまた、にかっとに微笑む。
「……それが、実は全く関係ないということでもなかったようで、それで今回、先生を訪ねたんです」
「ん? そうだったのか。というか、まだ鳥を追ってるんだな? しかもこの仲間達と一緒に?」
「え、ええ…」
少し意外そうにするジョージに、リカルドも不思議そうに答える。と、ゴナンがすうすうと寝息を立て始めた。
「……おっと。薬が効いてきたようだな。まあ、小難しい話は明日でもいいだろう。もうじきに夕方だし、今日は楽しい晩餐だ。たらふくご馳走するぜ」
「まあ、お世話になるのに申し訳ないわ。私も厨房のお手伝いをするわよ、先生。料理には自信があるのよ」
ナイフのその申し出に、ジョージはニッコリとした笑顔で応えた。
「何、気にしないでくれ。そのうち頼らせてもらうかもしれないがな。ともかく、今日はおもてなしだよ」
「ええ、そうよ。普段はこの大きな家にこの人とお手伝いさんだけだから、しんみりと静かなの。賑やかになって楽しいわ。腕をふるいたいから、任せてね、ナイフちゃん」
マリアーナも優しく微笑む。なんとも心の中をほっと暖めてくれる夫妻である。ナイフも素直に受けて、終始ジョージの話に恥ずかしそうにしていたリカルドを小突き、部屋を出た。
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