連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 2話「ウキの街での一騒動」(5)
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2話 「ウキの街での一騒動」(5)
さて、夕食の時間。
ダイニングには、マリアーナがお手伝いさんと共に腕をふるった料理がズラリと並ぶ。さらに、エールにキィ酒にフラン酒も揃い、晩餐というか宴会のような雰囲気だ。
「まあ!なんて豪華なの。とても美しいわ!」
食卓を見て、ミリアがいたく感動している。その横ですぐに毒味に動こうとするディルムッドを、「護衛が過ぎる」と目で制するナイフ。
リカルドはミリアのその反応が、少し不思議だった。
「でも、ミリアはこの食卓よりもはるかに豪華な食事を食べてきたのではないのかな?」
「ええ、それはそうなのだけど…。なんというのかしら。『豪華さ』が違うのよ。『贅沢さ』というか…」
「?」
「まず、こんなに新鮮なお野菜や果物が、食卓に一度にたくさん並ぶのを見ることもなかったし…」
「へえ、そうなの?」
リカルドはディルムッドに尋ねる。深く頷くディルムッド。
「過去には毒による暗殺なども多くあったため、厨房に入る食材は吟味され、何度も毒味を経てようやくお料理がミリア様の口に入っていた。生のものもなくはなかったが、時間がかかると悪くなってしまうから、出されることは少なかったかもしれない。とはいえ、調理によって人の手が多くかかると、それはそれでまた危険性も高まるのだが…」
「なるほどなあ…」
卓上に並ぶのは、色とりどりの採れたて新鮮な野菜たち。中には、ついさっきまで畑になっていたものすらある。決して手の込んだ料理ばかりではないかもしれないが、そのフレッシュさが何よりもご馳走と感じているようだ。
「…それにね、リカルド。この食の豊かさは、我が国が…」
「……ミリア様」
ディルムッドがささやく。クラウスマン夫妻の存在を見てハッとするミリア。
「……このア王国が他国にも誇れる大きな魅力だもの。それをお腹いっぱい楽しめるだなんて、本当に贅沢だわ」
そう目を輝かせるミリアに、ジョージもにこやかに応える。
「流石、社会勉強のために国を回っているだけあって、良い感性をしているね。その齢でそこまでのことを感じ取れるとは、あなたの家はよい教育を施されているようだ。治める領地も安泰でしょうな」
「本当にね、何の変哲もないお野菜なのに、そんなにも褒めていただいてうれしいわ」
マリアーナも心底嬉しそうな表情を見せている。いただきますの祈りを捧げ、ミリアは上品ながらかぶりつく勢いで料理を食べ始めた。ディルムッドはやはり少し心配そうだが、美味しそうに舌鼓を打つミリアの姿を微笑ましく見守っている。
「ああ、ゴナンにもお腹いっぱい食べさせたいなあ。早く元気になるといいな」
ゴナンは個室で寝込んだままだ。
「マリアーナ先生。カーユという料理の作り方をご存じでしたら、ゴナンに作っていただけるとありがたいんですが…」
「カーユ? ええ、わかるわよ。また、珍しい料理ね」
「理由はよく分からないんですが、具合が悪いときもカーユだとゴナンは食が進むようで、少し元気になる感じもあるんです」
「あらあら、そうなのね」
マリアーナは少し思案する。
「材料はウィンドリーフと穀物のファイアグラムだったわね。ウィンドリーフは王国では野菜扱いだけど、東方では薬草として扱われている国もあるものね。確かに、滋養強壮の効果があったかしら…。ファイアグラムとのかけあわせの相性がいいのかもしれないわ」
薬師らしい分析であれこれと考えるマリアーナ。「さすが、薬の先生ね」とナイフも感心している。
と、薬の先生という言葉に、ミリアははっとしてエレーネに尋ねた。
「そういえばエレーネ。常備薬をまた取り寄せていたようだけど」
「え? ええ、そうね。すぐに届くと思うから大丈夫よ」
道中、エレーネがどこからかやってきた伝書鳩に、薬のオーダーを託す様子を目にしていたミリア。
「わざわざ取り寄せなくても、マリアーナさんに処方してもらえるのではないの? 薬の専門家のようだし…」
「あら、どんな薬か教えていただける? 大体のものは分かると思うけれど」
マリアーナもエレーネに尋ねる。しかし、エレーネは首を横に振った。
「…大丈夫よ。少し配合が特殊で、あまり他所にはレシピを出していない薬なの。ちゃんと届くから問題ないわ」
「それならいいけど。必要があったら何でもおっしゃってね?」
そう言って、マリアーナはエレーネの目の前にあるフラン酒の瓶が空になっていることに気づき、追加を取りに厨房へと向かう。ミリアは少し心配げにエレーネを見ていた。その目線に気づき、エレーネは微笑む。
「私のことは気にしなくていいのよ。一人で旅してきたときも、同じような手配で無事に過ごしてきてるんだから」
「そう…?」
個人の疾患のことはデリケートな問題だ。何の薬なのか、薬が切れるとどうなってしまうのか、などの踏み込んだ話は誰も聞いていない。しかし、万が一の何かがあったときのために、せめて薬の種類だけでも知っておいた方がよい気もするが…。
と、エレーネがはっとする。
「……ミリア。あなた、何を飲んでいるの?」
「え?」
言われてミリアは自分の手元に目を遣る。エレーネが飲んでいたフラン酒を、誤ってミリアが手にしていたのだ。
「あら…、どおりでなんだか、喉にぐっと来る感じがあったような…」
「ミリア様!」
ディルムッドが慌てて立ち上がり、ミリアの体を支えた。
「ミリア様、吐き出されてください、さあ!」
「まあ、ディル、大丈夫よ、なんともないわ。わたくし、随分な量を飲んでしまったけど」
フラン酒はキィ酒ほどではないが、そこそこ度数が高い紅色の果実酒だ。並々注いでいたはずのグラスはほとんど空になっている。戻ってきたマリアーナが、「あらあら」と水の入ったグラスを持ってきた。
「ディルさん、そんなに心配しなくても大丈夫よ。お酒はほとんどの人には毒ではないから。時には合わない人もいるけど、ミリアさんは小さな子どもでもないし、様子を見る限り問題はなさそうだわ。さあ、水を多めに飲んでね」
「ありがとう、奥様」
答える口調もしっかりしている。ナイフもディルムッドの過剰にも見える反応に呆れたように付け加えた。
「そうよ、ディル。このくらいの年齢なら、ちょっとお酒に興味を持って飲んでみることだってあるじゃない。私だって初めて飲んだのは…」
「それは、まあ、私もそうだが…」
ちなみにア王国では、お酒は18歳になってから。未成年の飲酒は法律で禁じられている。決して真似をしてはいけない。
と、ここでジワジワと、ミリアのご機嫌が良くなってきた。
「ふふ、ふふふっ。楽しいわ。こんなに美味しいご飯…」
「……! ミリア様」
「まあ、ディル。コワい顔。あなたはいつもしかめっ面で、お兄様の背後にそびえ立っているんだもの。その大きな体で。壁のように。いえ、山? おかしいわ、ふふ、ふふふっ」
「……」
これは…、と一同はひやりとした。楽しく酔っているのは結構だが、これではボロが出て夫妻に王女だとバレてしまうのも時間の問題だ。
慌ててナイフが立ち上がり、ミリアに声を掛ける。
「ほら、ミリア。お酒が回ってしまったようだから、もう寝た方がいいわ。お部屋に戻るのよ」
「ナイフちゃん、今日も美しいわ。本当に彫像のような体、ふふふっ。また触らせてくれる?」
「それはありがとう。明日、いくらでもどうぞ。さ、ミリア、寝ましょ!」
「あ、エレーネ。もちろんあなただって美しいわ。見惚れるほどの美貌よ。いくら見たって、見飽きないわ」
「ありがとう、ミリア、さあ寝ましょ」
「リカルド…、あなたは…、ええと、そうね…、髪が、黒くて…」
「ミリア、無理矢理褒めてくれなくても大丈夫だよ。さあ、寝よう」
「ふふ、ふふふっ」

リカルドはディルムッドに目配せで合図をした。「ミリア様、失礼します。お部屋へお連れします」とミリアの体を抱えて、強制退場させる。エレーネも寝支度を手伝うために続いた。どうやらミリアは笑い上戸のようだ。ふう、と息をつくリカルドとナイフ。
ジョージはそんな皆の反応を不思議そうに見ていた。
「なんだい、貴族の令嬢さまに対して随分、気さくに話しているかと思いきや、まるで王女様みたいな対応だな。ちょっと丁寧に扱いすぎじゃあないのかい?」
「……」
鋭い指摘に、どきり、とした一同であった。
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