連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 1話「何か物足りない」(4)
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1話 「何か物足りない」(4)
さて、2日後。
いよいよツマルタの街を出発する。宿を引き上げ、リカルドの拠点の前に集まった一行。
「結局、1ヵ月以上の連泊になったから、宿の女将さんがホクホクしていたわよ」
ナイフはフッと笑いながらそう報告し、そして幌馬車を呆れたように眺めていた。
「……何? この豪華な装備の馬車は。いったいどれだけお金を掛けたのよ。しかもたった1日で、これ?」
「仕方ないじゃないか、必要なんだから。でも、突貫工事にしては思いのほかよくできたよ。何か名前をつけようかなあ…。シーランス号…、いや、疾風のシーランス号……」
リカルドは、思わず自分の姓で命名してしまうほどに、ワクワクした感情を隠せない。
タイキに協力してもらい、下に収納もできる寝台やら棚やらを造作し、その上にはふかふかの非常に寝心地良さそうな寝具。その脇にはクッション敷きの椅子も作っている。着脱可能で、棚にも台にも変形できるすぐれものだ。
病で寝込むゴナンのためのカスタムと聞き、タイキの娘・ユカリも張り切って手伝った。寝具の縫い込みやクッションなどは彼女の技だ。すぐに街を去ってしまうゴナンを思う、その健気な姿に、タイキは少し複雑な面持ちで娘を見ていたとか。
「いやあ、しかし、この寝台付きの幌馬車。ありそうでなかったアイデアですね。旅好きな富裕層に受けそうだなあ。商品化してもかまいませんか?」
見送りに来てくれたタイキが、ホクホクした顔でリカルドと話している。
「もちろんですよ。工房タイキの道具が備え付けられた野営用の幌馬車なんて、贅沢だ。売れますね、きっと」
「……いったい、おいくらで売るつもりなのかしら」
ナイフは呆れ顔で楽しそうに話す二人の様子を見る。そして、幌馬車の中に造り付けた寝台で横になるゴナンの方に目を向けた。結局2日経っても熱も咳も治まらず、ゴナンはこの状態で運ばれることになる。ミリアとエレーネも馬車の椅子に乗り(これもクッションを効かせた快適な乗り心地)、リカルドが御者となって2頭立てに。ディルムッドとナイフはそれぞれ乗馬で行く。貸し馬と違って馬を4頭もそろえるのにも相当な費用がかかっているはずだが、そこもリカルドは出し惜しみしていない。
「ゴナン、寝心地はどう?」
「…ゴホッ。うん、すごくいいよ……」
「すごくいい、ですってよ」
ナイフは優しく笑って、タイキの後ろに隠れるように立っているユカリに伝えた。ユカリはこくんと頷く。
「…ほら、もう出発するから、何か餞の言葉でもゴナンにあげてくれる?」
「……はい…」
ユカリはうつむきがちに進むと、幌の中のゴナンへと声をかけた。
「…ゴナンくん…。お大事にね」
「……ゴホッ…。うん、ありがとう」
「……また、ツマルタに来てね…」
「うん…。ゴホッ…、ゴホッ……」
ユカリはそれだけを伝えて、無言のまま横になるゴナンを見つめる。そのいじらしさに、心の中で身もだえするディルムッド以外の大人達とミリア。

と、リカルドが「あ、そうだった!」と拠点の中へと戻り、そして荷物を抱えて出てきた。
「忘れていたよ。ディル、これ、野営中でも髭の手入れがしやすいキット。この小さなハサミに仕掛けがあって、一定の長さに毛を刈りやすくなっているんだ。長さは三段階調節可能だよ。ほら、僕は髭を伸ばさないから」
「…あ、ああ、助かる。……だが、髭を伸ばさないのになぜ持っているんだ…?」
「と、ミリア、これ。火で温めて髪のクセを直せるスティックだよ。加熱しすぎると髪が傷んだり焦げちゃうから、扱いに注意が必要だけど、野営中は蒸しタオルは準備しづらいからね。僕は手ぐしで直るから」
「ありがとう。……でも、なぜ、自分は手ぐしで直るのに、これを持っているの?」
「と、エレーネ。この櫛は鉱石が練り込まれていて、髪の絡まりも優しくほどいて、ストレートの髪に艶を出してくれるんだ。髪が柔らかそうだから、大変だろう? 僕はこのとおりくせ毛だから使わないし」
「……え、ええ……。なぜ、自分はくせ毛なのにこれを持っているの…?」
嬉しそうにガラクタ部屋から掘り出してきた『宝物』を皆に配るリカルド。本当にリカルドの衝動買いの衝動は、かなり深刻なようだ…。
ここで、ナイフが苛ついたような表情で、リカルドに迫る。
「……ちょっと…。私には何もないの?」
「えっ? でも、ナイフちゃん、使う道具には意外にこだわりが強そうだし、毛は一通り脱毛しちゃってて生えないんでしょ? 流石に化粧品関係は持ってないもんなあ…」
「別に毛に関わるものじゃなくてもいいでしょ?」
「脱毛?」
ミリアが興味を持ち、じっとナイフの体を見つめている。ナイフはフフッと微笑んだ。
「ええ、私は彫像のような体を目指しているの。体毛なんて生えたら台無しでしょ? 髭だって、剃るのが大変だし」
そういって上着をはだけてポーズを取るナイフ。エレーネも食いついている。
「え? 髭も、脱毛? でも、どうやって? もう生えないって……」
「そういう薬草があるのよ。リム薬っていうんだけどね、その薬草で作ったペーストを塗って何度か繰り返し脱毛しているうちに、生えなくなるの。『私たちの界隈』では話題なのよ」
「そうなのね、知らなかったわ。そんな便利な物があるなら、もっと広まってもよさそうなのに」
エレーネにしては珍しく、さらに前のめりだ。やはり美意識が高いようだ。ナイフはしかし、肩をすくめる。
「それはそうよ。これは、体質にもよるけど、女性が使うと肌がまけてひどいことになってしまうらしいから。たまに男性でも合わない人もいるわ。ローズちゃんなんかはダメだったみたい」
ナイフの説明に「へえー」と残念がる女性陣。リカルドは苦笑いしながらその話を聞いている。
実はそのリム草という薬草、リカルドの何代も前のユーの民が亡くなった場所に生えてきたものだ。「男性にしか使えない脱毛用の薬草」だなんて、『周囲に幸福を与える』といっても対象があまりにもニッチで、発光石との落差が激しすぎる。
しかしこのリム草に限らず、ユーの民が死んだ場所では、このように新種の薬草や農作物や、鉱石や資源などが発見される場合が多い。だからこそ、ユーの民の謎を解き明かしたいと望んだリカルドは大学で地質学や自然学を専攻した。それも今のところ、何の手がかりもないままだが…。
と、入りづらい話題に困ったディルムッドがオホン、と咳払いをする。
「……その、そろそろ出発した方がよいのではないだろうか?」
「あ、ああ、そうだね。ナイフちゃん。それじゃあダンベルでも持っていく? 僕は体を鍛えないから使わないんだ」
「だから、なんで鍛えない人がそんなものを持っているの。それに、旅で重りを持ち歩くバカがどこにいるのよ?」
「ゴホッ…。ナイフちゃんが使わないなら、俺がダンベル使いたい……」
幌馬車の中からゴナンが訴えてくる。ナイフは「ほら、ゴナンが興味を持っちゃったじゃない」とリカルドを睨みながら、ゴナンに言い聞かせた。
「ゴナン。だから、旅にわざわざ荷物の負荷を増やすのは愚かなことよ。自重トレーニングでも十分鍛えられるから」
「そうだよ、ゴナン。君の分はこの弓矢だよ。鍛えて練習して、鳥を捕れるようになろうね」
リカルドは、職人による逸品の弓矢を馬車に乗せた。ディルムッドも、その弓を興味ありげに見ているようだ。リカルドは、ずっと馬車の外からゴナンを見つめているユカリに微笑みかける。
「じゃあ、ユカリちゃん。そろそろ出発するね」
「……あ、はい……。ゴナンくん、元気でね…。……あ、皆さんも……」
ユカリはペコリと頭を下げ、最後にもう一度、馬車の中のゴナンを覗き込んで会釈をすると、すがりつくようにタイキの背後へと駆けた。その切なさに一行が一瞬身もだえした後、ミリアとエレーネも幌馬車へと乗り込む。
なんだかいろいろあった街だったが、いざ立ち去るとなると少し名残惜しい。それぞれが少しだけ感慨にひたりつつ、タイキとユカリの見送りを受け、灰色の煙立つ街を背に次なる旅路へと歩みを始めた。
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