連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 6話「ふたたび、遺跡のリカルド」(7)
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6話「ふたたび、遺跡のリカルド」(7)
「ゴナン、傷は大丈夫か? だいぶやり合っていたようだが」
ディルムッドは優しくそう話しかけた。ゴナンはずっと、自分の拳を見つめている。
「どうした? 痛むのか?」
「うん…、手が、痛くて…」
ディルムッドはゴナンの手の様子を見てみるが、ケガをしている様子はない。物理的な痛さではないようだ。ディルムッドは頬に当てるようにと、布で包んだ氷嚢をゴナンに手渡す。
「…あんな風に人を殴るのは、初めてだったのか?」
「うん…」
「しかし、ゴナンは兄が4人もいるのだろう。取っ組み合いのケンカなんて日常茶飯事だっただろう?」
「…ううん。俺、兄ちゃん達とはケンカしたことない…」
双子達から一方的に苛められることはあったが、流石にひどい暴力になることはなかったし、ゴナンもいつもやられっぱなしで、取っ組み合いなどしたことはなかった。その返答にディルムッドは少し驚く。

「そうなのか…? まあ、上の兄達とは年齢が離れていると言っていたな。だからかな?」
「…」
頬に氷嚢を当てたまま、落ち込んだ表情のゴナン。ディルムッドは大きな手で、ぐしゃっと頭をなでた。
「確かにケンカ慣れしていないケンカの仕方だったな。力の加減ができていなかった」
小さく頷くゴナン。
「…なんか、頭に血が上っちゃって…。でもあんなに強く、エドに当てちゃうなんて…」
「……」
この1週間余りのディルによる鍛錬で、ゴナンは少しずつではあるが体の動かし方の理屈を理解しつつあった。それが悪い場面で発揮されてしまったようだ。自分が乱暴なことをしてしまったこと自体に、ショックを受けている。
「一体何があったんだ? お前がそんな風に頭に血を上らせるなんて、珍しい」
「…」
ゴナンはじっとうつむいたままだ。
「…エドと話してたんだけど…。あいつ、ナイフちゃんのこと、変だ、気持ち悪いって言って…」
「……」
「それで、リカルドのことも、なんかうさん臭くて鬱陶しいんじゃないかって、嫌な感じに言ってきて、それで…」
「頭にきて、掴みかかってしまったのか?」
「うん…」
身近な人のことを悪く言われて、というのがゴナンらしいと言えばらしいが、それにしても…。
「でも、掴みかかる前に、何か反論はしなかったのか?」
「……言いたいことは、たくさんあったけど。…でも、頭に来て、何か、上手くしゃべれなくて…。それでエドに、『何も反論できないなら、俺の言うとおりだろ』って言われて、それで…」
「……」
そこまで話してゴナンは、さらに落ち込んでうなだれる。ディルムッドはポンポン、とゴナンの頭を優しくなでた。
「…でも、ゴナンは自分の何が悪かったか、分かってるんだな? それで今、反省しているんだろう?」
「…うん…」
「ならば、それをきちんと解決すれば良い。人間誰だって、こういうことはあるものだ。本当は子どもの頃から小さな揉め事を繰り返して、解決する方法を学びながら大きくなるものなんだ。私だって、3つ年上の兄から理不尽な言い分をやられて、何度、取っ組み合いになったことか…。ふふっ」
「うん…」
「…ゴナンにはそのチャンスが今、来たと言うことだ」
「……」
そう励まされても、ゴナンの表情は冴えない。
「…ただ、まあ、互いに頭を冷やした方がよいだろうから、仲直りはまた後日かな。エドワードも随分興奮していたようだし。あちらもジョージ殿が話を聞いてくれているだろう」
「うん…」
「さあ、屋敷に戻ろう。お茶でも飲んで、ひとまず気分を落ち着かせるんだ」
そう言って、ゴナンを伴い屋敷へと戻るディルムッド。玄関では、ちょうどエドワードが帰るところだった。
「あ…」
「……」
何か声を掛けてこようとしたエドワードだったが、ゴナンはそれを拒むようにうつむいた。エドワードもそれを見てぷい、と顔を背け去って行く。他の少年達は両者を心配そうに見ながら、「じゃあ、またな、ゴナン」と声を掛けエドワードに着いていった。
「やあ、ゴナン。エドが申し訳ないことをしたな」
屋敷ではジョージが話しかけてくる。
「あの子はこの街の中しか知らない上に、勉強も嫌いだから世間知らずで視野も狭い。この前までずっと一人っ子だったから甘えん坊で、物言いもなってないんだ。その上、お前さんともっと仲良くなりたい一心で、思ったことを何でも話してしまったようだな」
「…いえ…、俺、が、頭に血が上っちゃって…」
「まあ、ほとぼりが冷めれば仲直りできるさ。ひとまず頭を冷やすといい」
そう笑って書斎へと戻っていくジョージ。ゴナンはペコリと頭を下げた。
「ミリア様も心配されていた。顔を出してくれないか?」
「うん、わかった…」
自分のみっともない所を見られたようで、少し気が進まなかったが、ディルムッドにそう促されてゴナンはミリアの個室に向かった。
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「ミリア、心配掛けてゴメン」
ノックして、そう声を掛けながら個室に入っていくゴナン。しかし、部屋のどこにもミリアの姿が見えない。歩みを進めると、足元でざり、と何か踏んだ感覚。見ると床に陶器の欠片が散らばっている。
「…? あれ? ミリア、どこ?」
「…ミリア様…!?」
室内の異変にディルムッドが気づき、窓ぎわに駆けつけた。ミリアの姿は目線の下、床にあった。椅子から転げ落ちた様子で、倒れ伏している。周辺に散らばっているのは、茶器が割れた欠片のようだ。
「ミリア様…!」
「ミリア! どうした?」
「…う…うぅ…」
喉を押さえひどく苦しんでいる。呼吸が浅くなっており、顔面蒼白、全身が痙攣を起こしている。危険だ。
(これは…!)
ディルムッドは即座に、部屋の隅に置いてある水差しの水をミリアに飲ませると、背後から抱えてみぞおち付近に拳を当てた。
「ミリア様、さあ、吐いてください…! ゴナン、マリアーナ殿を呼んで来てくれ!」
「う…うん…」
「マリアーナ殿に、ミリア様が毒を盛られたと伝えてくれ!」
「…!」
ゴナンは急いで、部屋を駆け出した。
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