連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 6話「ふたたび、遺跡のリカルド」(6)
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6話「ふたたび、遺跡のリカルド」(6)
クラウスマン邸のミリア・エレーネの個室。
窓ぎわにあるチェアに座って、ミリアは『あなユラ』の10巻目を読んでいる。まだまだ続刊があり、ようやく半分まで来たところだ。ディルムッドは城でそうしていたように、個室のドアの前に直立不動で立ち警護している。窓からは、庭でゴナンやエドワードら少年達がわいわいと遊んでいる様子も見える。
ミリアはふと顔を上げ、ドアの前に立つディルムッドを見遣った。
「…ミリア様、何か?」
「…ディル、あなた、座ったら?」
「いえ、いつもこうですので、お気になさらず。城でそうされていたように、私は居ない者としていただいて大丈夫ですので…」
そう言って直立不動を崩さないディルムッド。しかしまたじっと見るミリア。
「…お城ではそうでしょうけど、わたくしはいま影武者の普通のミリアで、あなたはその旅の仲間よ。このような感じは、やはりおかしいわ」
「…いや、しかし…」
「ひとまず座って、ここへ」
王女にそう言われるとディルムッドは逆らえない。少し申し訳なさそうに、ミリアの対面の椅子に座る。
「エレーネがお茶を淹れてくれているのよ、これを飲んで。少しぬるくなってしまったけど」
「は、いただきます」
ディルムッドはキビキビと礼をし、そしてお茶をゴクリと飲む。一口が大きいため、一気に飲み干してしまった。
「エレーネはわたくしに、できる限りお茶を淹れるなというのよ。確かにわたくしが淹れると、どうしてもちょっとだけ濃く仕上がってしまうけれど、練習しないと上手にならないのに」
その言葉で、エレーネがミリアにお茶を淹れさせない理由を何となく把握したディルムッド。
「それは…。あのエレーネがそこまで言うのですから、やめたほうがよいでしょう」
「まあ、あなたまで」
そう憮然とした顔をして、ミリアはまた本に目を落とした。座るディルムッドは手持ち無沙汰でソワソワとしている。
「? ディル?」
「…ミリア様…。こうしているとどうにも落ち着かないため、先ほどの体勢に戻りたいのですが…」
「ダメよ。慣れなさい」
その王女の命に、ディルムッドはそのまま動けない。持て余し、またミリアに話しかける。
「…ミリア様、素朴な疑問なのですが…」
「なあに? ディル」
「…その『あなユラ』は、王女と騎士の駆け落ちから始まる恋愛小説と聞きましたが、果たして、その内容で10巻も保つものなのかと…」
「ええ、そこからいろいろあるのよ、この作品は。今、2人は辺境のジャングルで力を合わせて山の王と戦っている所よ」
「えっ?」
そう、ディルムッドに軽くネタバレした後、また本に視線を落とすミリア。甘くるしい恋愛小説だとばかり思っていたが、何がどうなるとそうなるのか、考えが及ばずディルムッドは首を傾げる。そして、さらに尋ねる。
「…ミリア様…。あなたは、その本と同じように、キールと…」
「…………え、何?」
「……いえ、何でもございません。これ以上、お邪魔はしませんので…」

よく聞こえなかった様子のミリアに、ディルムッドは続きを述べるのを止めた。元・兄の影武者であった、ディルムッドの弟、キール。王女がかの騎士に抱いていたほのかな想いは、そういったことに疎いディルムッドでさえ気付いていた公然の秘密ではあったが、今さらそのことを口にしても仕方が無い。彼はもうこの世にはいないのだから。
そのまま、静かな時間が流れる…。
「…?」
数十分が経った頃、ディルムッドは外の騒ぎに気がついた。すぐにミリアも窓の外に顔を向ける。そこでは、少年達がわあわあと何かを叫んでいる。先ほどまでの遊んでいた様子とはまた違って…。
「…あら、ケンカかしら」
「そのようですね。元気のよいことだ」
年頃の少年同士のケンカなど珍しいことではない。ディルムッドは少し、自身の少年時代を懐かしむように笑った。
「私も兄とよく取っ組み合いのケンカをしていましたが、一度も勝てませんでした」
「まあ、そうなの? レイナルトはあなたより体も小さいし、意外だわ」
「そうですね…。私の方が体が大きく、力も強くなっても、どうしても兄には勝てないのです。そういうものなのですよ、ふふ」
そう話しながら少年達の方を見遣る2人。と、ミリアがあることに気付く。
「…ディル…。ケンカしているの、ゴナンじゃないかしら?」
「え? まさか…!」
よくよく見ると、殴り合いのケンカをしているのは、ゴナンとエドワードだ。周りの少年達は止めようとしているが、それでも2人とも収まらない。
「…大丈夫かしら…」
「まあ、あの年頃ですから、ああいうことはよくあるものです」
「でも、あのゴナンよ?」
「…」
確かに…、とディルムッドは思案する。彼に気の荒さを感じたこともないし、どちらかといえば殴られてもそのまま我慢するタイプだ。
それでも何となく窓から見守っていると、ゴナンの拳がエドワードの腹にキレイに入るのが見えた。苦しさにうめくエドワード。しかしゴナンはそんなエドワードに、さらに殴りかかっていく。
「…おっと。ゴナン、制御が全くできていないな…。ミリア様、ちょっと行ってきます。危ないので、あなたは部屋から出ないよう」
「ええ、お願い」
ディルムッドは急ぎ庭へと駆け出し、絡み合う2人を引き剥がした。
「ゴナン、やり過ぎだぞ。それくらいにするんだ!」
「…あ…」
ディルムッドにそう声を掛けられ、ゴナンははっと我に返ったようだった。ディルムッドは、エドワードを押さえる他の少年達に話を聞いた。
「何があったんだ?」
「いや…、2人で何か話をしていて、でも、なんかどんどん雰囲気が悪くなって、ゴナンがエドワードの胸ぐらを掴んだんです」
「で、エドワードはそれを離そうとしたんだけど、その時に拳がゴナンの顔に当たって、それで、そのまま殴り合いのケンカに…」
「……」
ディルムッドは自分の横でうつむくゴナンの様子を観察する。よほど興奮していたようで息を荒げたまま、自分の拳をじっと見つめている。エドワードの方は怒りが収まらない表情で、何かを言いたげにゴナンをじっとにらみ付けていた。
(このゴナンが、自分からつかみかかっていくとは…)
感情のままに行動することが珍しく感じる。と、騒ぎを聞きつけて、ジョージとマリアーナも庭へと出てきた。
「おやおや、派手にやったなあ。まずは治療だな。私はエドの方を見るから、マリアーナ、ゴナンの方へ」
「さあ、ゴナンさん、傷を見せて」
マリアーナがゴナンを座らせ、優しく声をかける。唇の端が切れているようで、少し出血していた。
「あらあら、頬も少し腫れているわね。薬を塗って、少し冷やさなきゃね。他に痛いところはない?」
「……大丈夫です…」
ゴナンは呆然とした表情で、小さく頷く。その後、ひとまず2人それぞれから話を聞くべく、ジョージがエドワードを屋敷へ連れて行った。
「ディルさん、そちらは頼むよ」
「ああ、心得た」
マリアーナからの治療を受け、庭の木の下でボンヤリと座っているゴナン。ディルムッドはマリアーナから氷嚢を受け取ると、ふう、と息をついて眉を下げ微笑み、彼の隣へと座った。
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