連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 10話「雨のウキにて」(3)
10話 「雨のウキにて」(3)
翌日。
雨は降り続き、一行は屋敷に滞在していた。が、午後になると雨が緩んできた。
「ゴナン。街中の方まで馬車で買い出しに行こうかと思うんだけど、どうする? 食材なんかも買い足しておきたいから」
今日も鍛錬後は書斎に籠もっていたゴナンに、リカルドが声をかけて来た。
「行く」
ゴナンはすぐに立ち上がり、いそいそと準備をする。部屋に戻り、読書中は着けていなかったバンダナをキュッと締めるゴナン。投網を探すためディルムッドとナイフ、そしてせっかく馬車を出すならばとクラウスマン夫妻も一緒に行くことになった。
「ミリアは行かないの? まだ体調悪い?」
見送りに来たミリアに、ゴナンが心配げに尋ねる。しかしミリアは、笑顔で答えた。
「いいえ、体調はもう大丈夫よ。でも、今、佳境で離れられないの」
「?」
恋愛小説『あなたの瞳はユラリアの花の色』、略して『あなユラ』のことだろう。寝込んでいる間は読めていなかったが、ようやく14巻まで読み進んでいるようだ。ディルムッドは駆け落ちカップルと山の王との対決の結末やその後の展開が少しだけ気になったが、とはいえそこまで興味を持っているわけではなかったので特に何も尋ねず、ミリアの脇に立つエレーネに声をかける。
「…私も残ろうか?」
「…大丈夫よ。ミリアには私がついているから。しっかり買い物を楽しんできて」
微笑みそう返すエレーネに、ディルムッドは少しだけ警戒の視線を遣る。「王女様の拾い食い事件」以来、ディルムッドはエレーネのことを警戒はしているが、露骨に表に出すほどではない。他ならぬミリアが、変わらずエレーネに全幅の信頼を寄せているからだ。
「…この前の件も疑いは晴れているんでしょ? 心配のしすぎじゃないの? まあ、それがあなたの仕事なんでしょうけど」
馬車へと向かいながら、ナイフが小声でディルムッドに声を掛ける。ディルムッドは自嘲気味に微笑んだ。
「…こればかりは職業病だ。気にしないでくれ。皆に不快な思いをさせないようには務める」
「常時それだけの目配り気配り警戒と仕事をして、胃袋に穴の一つも空かないのが不思議だわ」
「…そうかな? これが私の日常だ。心配しないでくれ」
そうさらりと言ってのけるディルムッドに、「ほんと、ご立派な騎士の鑑ね」とナイフは大きくため息をついた。
* * *
一行は街中心部のマーケットに着いた。
幌馬車を近くに駐めて歩いているうちに、雨は止んできた。件の宿屋から程近いエリアに、雑貨店や食材店、農具店、薬屋などが20店舗ほど軒を連ねている。皆、雨が緩むのを待っていたのか、そこそこの賑わいだ。
「あ、ゴナン。あの肉の串、美味しそうだよ。焼いてあるからすぐ食べられそうだよ。買ってあげようか?」
「リカルド、今日は食べ歩きに来たんじゃないよ。あとでちゃんと晩ごはんを食べるんだから、もったいないよ」
ゴナンとリカルドがいつものやり取りをしている。「あらあら、ゴナンさんは倹約家なのね。うちの夫にも見習わせたいわ」とマリアーナが微笑み、ジョージは苦笑いをしていた。
と…。
「きゃっ」
突然、マリアーナが小さく声を上げた。見ると、急に腕を引っ張られたようだ。ディルムッドが即座に反応し、マリアーナの腕を引く人物の肩をガッと押さえた、が…。
「…ん? ルチカ?」
「…」
マリアーナを引っ張っていたのは、ルチカだった。ルチカはマリアーナの腰まで伸びた長い黒髪をじっと見、顔をまじまじと見て、そして尋ねた。

「…あの…、あなたは?」
「? 私はマリアーナ・クラウスマンよ」
「ルチカ! 『あなたは?』はマリアーナさんの台詞だと思うけれど…」
ナイフが呆れたように声を掛け、そしてマリアーナの腕を握る手を離させた。
「…申し訳、ない…。後ろ姿が知り合いに似ていたので…。あなた達の連れだったなんてね」
素直に謝罪するルチカ。ただ、知り合いを呼び止めた、というにはあまりにも勢いが強かった気がするが。
「ルチカ…。一体どういうつもりだ。今度はマリアーナ殿を攫う気か?」
「ディルさん。そう何でもかんでもつっかかって来ないでよ。ゴメンて言ってるじゃん」
『銃』の件のわだかまりは解けているはずだが、どうにもルチカへの当たりが強いディルムッド。ただ、これは王城での護衛騎士時代からのようだ。そんなディルムッドに守られていたマリアーナは、「あらあら」とルチカに駆け寄り、頬に触れた。
「あなた、ケガをしているのではない? 大丈夫? ああ、よく見るとお顔にも傷が付いているわ」
言われてみれば、顔や首などに生傷がいくつか見える。リカルドも心配そうに声をかける。
「本当だ…。腕も痛そうだね。姿勢が悪いけど、足なんかもケガしているんじゃないだろうか? 大丈夫?」
「…ご心配ありがとう。でも、あなた達に心配される義理はな…」
「ねえ、あなた、ルチカさんだったかしら? 熱もあるようだわ。ちょっとお待ちになってて」
マリアーナがそうルチカに強く言い、マーケットの薬屋へと駆けて行く。その圧の強さに、ルチカはつい言うとおりに、その場に待ってしまう。
「一体どうしたの? あなたがそんな傷を負うなんて」
マリアーナが戻ってくるのを待っている間、心配そうにナイフがルチカに尋ねた。ルチカはその問いに素直に答える。
「…昨日、雨宿り中の巨大鳥を探して回ってたんだけど、ちょっと油断してて、途中で吹き矢でやられて、毒で一晩動けなかったの。雨降る中でも吹き矢を当てられるって、相当だよね。流石に参った」
「え?」
「…吹き矢で動けなくするだけならまだしも、念押しか知らないけど、ご丁寧に数発蹴り入れられちゃって、このザマというわけ。殺されなかっただけましだけど。でもたぶん、雨宿りの場所に近づけてたってことだろうな」
そう、状況を伝えてきたルチカに驚く一行。やはり、卵男と毒吹き矢は、巨大鳥の仲間のようだ。
「それで一晩中、雨に打たれてたの? 本当に大丈夫? というか、雨の日に鳥を探し回るなんて…」
「…学者さんは呑気者だね。相手は鳥だよ? 空を飛び回るのを追いかけるより、雨宿りでとどまっているのを探す方が、捕まえやすいに決まってるじゃん」
「…ああ、なるほど…」
心配そうにするリカルドを煙たがりながら、呆れたように答えるルチカ。ゴナンもじっとルチカの様子を見るが、確かにいつもより覇気がないように見える。と、マリアーナが駆け足で戻ってきた。
「はい、ルチカさん。これが解熱剤、これが切り傷用の軟膏。傷が残らないように、きちんと塗り込めてね。打撲にはこの薬草をペースト状にして湿布して。方法はこの紙に書いてあるから」
テキパキとルチカに薬を手渡すマリアーナ。ルチカは少し呆気にとられつつも、勢いに圧されて受け取る。
「あ…、ありがとう…」
「ああ、私の自宅にはもっとよい薬があるのだけど…。私は薬師なの。少し距離があるのだけど、丘の上の家まで来られないかしら?」
「あの畑の合間の道を上った先にある、クラウスマン邸だよ。僕らはそこにお世話になっているんだ。先生の薬はとてもよく効くから、甘えた方がいいのではないかな? 僕らは馬車で来ているから、一緒に行けばすぐだよ」
リカルドも横から付け加える。しかしルチカは戸惑いながらも、首を横に振った。
「あ、いや…。これで十分…。お代を払うよ」
「まあ、いいのよ。皆さんのお友達なのでしょう?」
「お友達…」
ナイフがぶっと吹き出す。ルチカはその様子を横目で睨みながらも、マリアーナにペコリと頭を下げた。
「…助かります…。ありがとう」
「ねえ、ルチカ。クラウスマン邸には広い部屋があるから、雨でも機械を広げて手入れがゆっくりできるよ。せっかくだからお世話になって、機械を調整してみてはどうだろう? 体も休められるしね。機械も休める必要があるのではないかな? 僕も機械の整備の様子を見守ってあげるよ。なにか道具が揃っているのなら、機械を作ってみるのもいいんじゃないのかな? そして、鳥の件も協力し合って…」
リカルドが、機械見たさの欲を隠しもせず、いつもの微笑みでしつこく勧誘する。ルチカはジロリと睨んだ。
「…人の弱みにつけこもうってんなら、無駄だよ。私は誰ともつるむ気はないし、あなた達は敵。薬は感謝する。それじゃあ」
そう言って踵を返し、足早に去って行くルチカ。やはり、片足を少し引きずっているようだ。それにしても、なんだかんだでいつも、割ときちんと情報を教えてくれている気がする。ルチカ本人にその自覚があるのかは不明だが…。そう感じつつ見送ったリカルドだったが、はっと気付いた。
「あっ、先生。そういえば、彼です。例の、空を飛ぶ…」
「なんだって! おいおい、早く教えてくれよ。そうと分かっていれば、お前さんのうさん臭い勧誘に任せず、私が丁寧にお願いをしたのになあ」
「あら、『彼』って、あの方、男性?」
マリアーナが口に手を当てて、リカルドに尋ねる。
「ええ。あのように見目は美しくて華奢ですが、ああ見えて格闘になると、ディルやナイフちゃんにも対抗できるほどの強さです」
「まあ、強くて美しくて…。あんな男性がいるなんて。私、お顔に触れてしまったわ」
少し頬を赤らめたマリアーナに、ジョージが「おいおい」と渋い顔をした。
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