連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 10話「雨のウキにて」(4)
10話 「雨のウキにて」(4)
買い物を済ませた一行は、念のため宿屋にルチカらしき人物が泊まっていないか尋ねに赴いた。しかし、「そんな男性はいねえな」と宿屋の主人。ジョージは残念そうにしている。と…。
「おうい、ショーン殿」
と声をかけて来た人物がいた。元帝国軍人の旅人、ゲオルクだ。ディルムッドは頭を下げる。
「シュナイダー殿」
「なんだ、ようやく酒に誘いに来てくれたのか? 待ち遠しかったぞ」
「あ…、いや…」
ゲオルクの件をすっかり失念していたディルムッド。チラリと皆の方を見る。
「…いいんじゃない? どうせ今日は雨で身動きも取れないのだし、明日も出かけられるか怪しいじゃない」
そう言うナイフに、ゲオルクが声をかける。
「あなたが構わないなら、ミラニアの戦士とも飲みたいものだが。彼の地はまだ行ったことがなく、大変興味深い。いかがかな?」
「私はよいけど、そちらのお国の人は私のような者が一緒では不快なのではない?」
ナイフは肩をすくめて応える。比較的、多様性に寛容なア王国に比べて、エルラン帝国は保守的なお国柄でマイノリティの人々に対してかなり厳しい態度を取ることも多い。しかし、ゲオルクは笑顔を返す。
「私は人が好きでね。だから民俗学なんぞにも興味を持っているわけだが…。世の中にはいろんな人間がいるものだ。前にも言ったが、あなたもとても素敵だと思うよ。残念ながら母国でこのような考え方は多数派では無いが」
「そういうことなら…。流石にまだ時間が早いから、また夜に改めて来てもよいかしら」
「ああ…。…ん?」
と、ゲオルクは、自分に向けられた視線に気付いた。ゴナンがじっと、少し睨むような目線で見つめている。
「おや? 少年、私の顔に何か?」
「…あ、いえ…」
やはり帝国人に対して少し抵抗があるのだろう。リカルドは優しく微笑んで、ゴナンの肩に手を置いた。
「ほら、ゴナン。とりあえず、改めて自己紹介でもしてみたら?」
「あ…、うん…」
ゴナンはゲオルクをじっと見たまま、自己紹介をする。
「…ゴナンです…。ディル…ムッドと一緒に旅をしています。よろしくお願いします」
「ゲオルク・シュナイダーだ。よろしく。この前も共にいたな。この子が貴殿が護衛している貴人か? ショーン殿」
「ん? いや、違うが…。そう見えたか?」
ディルムッドは不思議そうに尋ねる。
「ああ…。いや、まあ、いかにも素朴な村の少年という感じだが、顔立ちに品があるし、金髪と琥珀の淡い瞳の色が美しかったのでな。それに…」
そう、耽美的にゴナンの印象を伝え、ゲオルクは腕を組んでゴナンをじっと観察する。
「…随分と鍛錬に励んでいるようだな。剣術にここまでしっかり取り組むのは、もしや貴族の子息ではないかと予想したまでだ」
「…!」
ゴナンの立ち姿を見ただけでそう見抜くゲオルク。やはり、精鋭の武人であるとディルムッドとナイフは感心する。当のゴナンは、無表情ながら少し瞳を輝かせる。

「体作りはまだまだこれからのようだが。貴殿が稽古をつけているのか?」
「ああ、そうだ。ゴナンは中々、見込みがある」
「なるほどね…」
ニコリとゴナンに笑顔を見せるゲオルク。
「励めよ、少年。とはいえ、あまりに力をつけすぎて、我が国を攻められてはたまらないがな」
そう言ってわははと笑うゲオルク。
「…はい…。ありがとう、ございます」
ペコリと頭を下げるゴナン。ディルムッドとナイフ、ゲオルクは待ち合わせの場所などを打ち合わせて、それではと一旦、宿を後にした。
* * *
帰りの幌馬車。「たまにはデート気分もいいものだな」と、ジョージとマリアーナが並んで御者台に座っている。仲の良い、微笑ましい夫婦だ。そして幌の中でゴナンはじっと、ディルムッドを見ていた。
「…どうした? ゴナン」
「ゲオルクさんは、いい人かな?」
「どうだろうな? 夜に、例の卵探しの輩と繋がりがないかを探ろうとは思っているが、個人的には現時点では悪い印象は持っていない」
「ミリアを攫ったりはしないかな?」
やはりまだ、不安げにしているゴナン。ディルムッドはゴナンを安心させるように微笑む。
「そういう雰囲気は感じないな。まあ、念のため、ミリア様の姿をお見せしたくはないが…。あのまま、ゴナンを貴族の子息と言うことにしておけばよかったかな?」
「それは、ちょっと無理があるよ」
「そんなことないよ、ゴナンが品のある顔立ちって言うのは、僕も同感だよ、ね」
リカルドがなぜか嬉しそうだ。ゴナンは戸惑った表情でリカルドを見ると、またディルムッドに尋ねた。
「…でも…。その、戦乱中は戦った敵なんでしょ? 攻め合ったり、…殺し合ったり」
「…ああ、そうだな…」
「それで、今、仲良くできるの?」
そう尋ねるゴナンに、ディルムッドは少し驚いた表情をして、ナイフのほうを見る。ナイフはゴナンに諭すように話した。
「戦乱中は戦うしかない状況だから仕方が無いのだけどね、今は幸い、話し合うことができる状況でしょ。だったら話す方がいいじゃない?」
「…」
「それに、それを言い出したら、私なんか、誰とも仲良くなれなくなっちゃうわ」
「?」
ゴナンはナイフが言う意味が分からず、リカルドを見る。
「…ナイフちゃんはミラニアという地域の生まれだそうなんだけどね、ミラニアは、遠い昔は小さな国だったんだよ。でも、帝国と王国に挟まれていて、帝国に統治されたり、王国に奪われたり、また帝国が取り返したり…、そういうことが何度も繰り返されてきた場所なんだ」
「そ。だから、私は帝国人として生まれたんだけど、子どもの頃はア王国人で、ちょっと大きくなったらエルラン帝国人として徴兵されてア王国を攻めて、その後ア王国に統合されたら王国兵として帝国を攻めて…、みたいな感じで、まあ大変だったの。住んでる場所はずーっと同じだったのにね」
「…」
そのナイフの話を聞いて、ゴナンはまた皆に質問を投げた。
「俺…、その、戦乱のこと、全然知らないんだけど。ア王国とエルラン帝国が戦争をしてたんだよね。どっちが勝ったの?」
「…」
その問いに、大人3 人は顔を見合わせ、答えに窮した。
↓次の話↓
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