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連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】  10話「雨のウキにて」(5)


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10話 「雨のウキにて」(5)


 「ア王国とエルラン帝国が戦争をしてたんだよね。どっちが勝ったの?」

「…」

 ゴナンのその問いに、御者席で話を聞いていたジョージが、幌馬車の大人達の代わりに答えた。

「ゴナン、その問いへの答えは、『勝者はいない』だ」

「勝者は、いない…?」

「『敗者はいない』でもあるが、あえて『勝者はいない』と言う方がよいだろう。まあ、つまりは、おあいこだ」

「…」

 その言及に、終戦まで最前線で戦っていたディルムッドは複雑な表情を浮かべる。ジョージは説明を続けた。

「ア王国は、何百年も大昔は帝国の一部だったんだが、戦いを起こし独立を勝ち取った国なんだ。しかしその後もずっと争い続けて来た。勝ったり、負けたり、その繰り返しだ」

「ずっと…?」

「そう、ずっと。もう何百年もだ。戦の原因は、まあ歴史を辿るといろいろあるようだが…。ア王国には資源が多いから、それを狙って帝国が攻めて王国が守る、ってのが、この百年くらいの戦の流れだ」

「へえ…」

「で、直近の戦乱が収まったのは6年前だな。国王陛下と帝国の皇帝との間で不戦条約が締結された。戦況的には王国の方がかなり有利だったのだが、フィンレイ王はあえて、勝者と敗者を定めないような文言を使ったんだ。なぜだか分かるか?」

「勝ってたのに、勝たなかった…?」

 理由が分からず首を傾げ、そして一生懸命考えるゴナン。リカルドは助け舟を出すことはせず見守る。

「…思いやり…?」

「ふふ、まあ、そう言えなくもないがな」

 ジョージはマリアーナに手綱を託してゴナンを見ると、ふっと破顔し、そして厳しい顔になる。

「ケンカなんかでもそうだが、相手を打ちのめすと、『自分が勝った、自分の方が正しい、どうだ』となるだろう? そして負けた側の罪ばかりを責め、自分の言うことを聞かせようとするものだ」

「…はい…」

「そうして、勝った側が負けた側に理不尽を突きつけ、物の道理をねじ曲げたことまで強要したりする…。土地や人や資源を奪ったりもそうだし、文化や宗教や信条を貶めたり、今後逆らえないように軍の人数を減らせ、軍備を解除せよなんて言ってみたり。そういうことが続くと、結局それが新しい争いの火種になる。ずっとその繰り返しなのさ。人と人との争いというのは、愚かなものでな」

「…」

「王国と帝国も、そういうことを互いに繰り返してきた。フィンレイ王はその負の連鎖を止めようと、あえて勝利宣言を出さず、帝国に賠償なども求めなかったんだ。これは、あまりにも異例の決断だ。私はこれは英断であったと思っているし、国内では評価する声もある一方で、反感が多かったのも事実だ。特に戦場に出ていた者なんかからはな。あんたも前線にいたんだろう? ディルさん」

「あ、ああ…。そうだな…。そのような声も、聞いてはいる…」

 問われてディルムッドは、言葉少なに応える。

「帝国からは『怖がりのお人好し』呼ばわりもあったし、過激なところだと、未だ戦は終わっていないと主張する者すらいるらしい。しかし、その後、表面上は平穏を保っている。『対等』で終わらせたおかげだろう。交流も盛んになりつつあるし、相互理解も深まっているだろうしな。まだ、たった6年、だが」

「……」

 ゴナンは、のんびり旅をしているらしいゲオルクのことを思い出し、しかし、自分たちを襲ってきた帝国人達を思い出して、複雑な表情になった。

「…でも、きっと、人によるよね…」

「そうだな。でも、話してみないと分からない。互いに違うのは当たり前なんだ。それを認められなくて戦になってしまうこともあるが、幸い、今はそうしなくても良い時代だ。しっかり会話して、理解しよう、そして違うことを認めようと努めることが大事なんだよ」

 そうゴナンに語って、ジョージは再び前を向きマリアーナから手綱を受け取る。ゴナンはそのまま無言になって、じっと思案の壺に入っていった。

*  *  *

 まもなく、クラウスマン邸に戻った。馬車を降り買い物の荷物を中に搬入しようとしたところで、ミリアとエレーネが廊下で何か慌てている様子に気付いた。

「…? どうしたの? 何かあった?」

「ええ…。さっき、ルチカが…」

「ルチカ? もしや、本当にここにお世話になりにきたの?」

 リカルドが身を乗り出して嬉しそうに尋ねる。マーケットでのいきさつを知らないエレーネは、首をかしげた。

「? いいえ、違うわ。書斎に忍び込んできてて…」

「何?」

 ディルムッドがびっと気を放つ。その横でナイフがふう、とため息をついた。

「ああ、そういえば、誰かさんがご丁寧にこの屋敷の場所を教えていたからね」

「…あ…」

 少し気まずい表情になるリカルド。エレーネは続ける。

「それで、ミリアが『あなユラ』の15巻を書斎に取りに行ったときに鉢合わせて、『巨大鳥の話を聞かせて』って攫われそうになったのだけど」

「なに…!」

「ていうか、その場で聞けばいいじゃない。なんでいちいち攫おうとするのよ、あの子は」

 呆れるナイフの横で、ぎっと殺気を放つディルムッド。ミリアは落ち着かせるようにディルムッドを制する。

「大丈夫よ。エレーネがすぐに異変に感づいてきてくれて、ルチカを追い払ってくれたの。窓から出ていったわ」

「追い払って窓からって、虫みたいに…」

 さらに呆れるナイフ。



「ルチカ、なんだか調子が悪そうだったわ。それで、あっさりミリアを諦めたみたいね」

「ああ…。彼はケガをしている様子だったから…」

 そう言ってリカルドは、ジョージに書斎を見てもらうように依頼した。

「何か、異変はないですか?」

「まあ、いろいろ探られたような形跡はあるが…」

 書斎は多少、散らかってはいるが、ひどく荒らされた様子はない。一体、何をしにきたのだろうか…? 

 と、ジョージは自身のデスクを見て気付いた。

「…あれが盗まれているようだな。考古学者から取り寄せた、遺跡の資料と地図」

「えっ」

 ゴナンとナイフが叫び、顔を見合わせる。

「…あれが何の資料か分かってて盗ったのかな…?」

「…どうかしら? 『巨大鳥』の文字が入ってるそれっぽい資料だったから、ひとまず盗ってみたっていうのもあり得る気もするわ、あの子なら」

「…遺跡の位置は一応、リカルドの地図に書き写してはいるけど…」

「ん?」

 と、ジョージがさらに気付いた。窓の縁に何かの包みが置いてある。

「…これは…。マリアーナ、お前宛だぞ」

「え?」

 マリアーナがその包みを開くと、『薬代』のメモと共にお金が包まれていた。相場よりかなり多めの金額が入っている。

「あらあら、なんだか律儀な方ね」

「いえ、だったら、わざわざ忍び込まなくても、普通に預ければ良いと思うのだけど…」

 ナイフは三度、呆れて、その包みを見ていた。


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