連載小説「オボステルラ」 【第三章】13話「1年前、そして」(4)
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13話 「1年前、そして」(4)
悪漢に襲われた王太子が運び込まれてくる。王城内の医局は騒然となった。
「お兄様……!」
医師の元に来たアーロンの変わり果てた姿に、ミリアは寝間着姿のまま、愕然と立ち尽くす。すでにミリアの熱はほとんど引いてしまっていた。王太子の護衛についていた兵士が、医師に報告する。
「殿下は遠隔から機械によって何かを打ち込まれた模様。ショーン卿がかばいましたが、彼の体を、貫通してしまい…っ! ……ショーン卿は即死でした」
「…キール…。そんな……」
ミリアの体が震える。つい数時間前、あの優しい笑顔を見たばかりなのに。即死という言葉の意味は理解できても、それでも、本当に起こったことだと脳が受け付けない。
(……うそ、うそよ……。キール、キール……!)
兵士はそのまま、医師にすがりつくように続ける。
「殿下は息がございます。血を多く失われていますが。医師よ、何とぞ…」
その報を受け、医師がアーロンの服を裂いて胸元の傷を露わにする。その弾みで、ミリアが贈った刺繍の小袋が床に落ちた。ミリアは震える手で、それを拾う。僅かな小銭が残るだけのその小袋は、アーロンの血で真っ赤に染まっている。
アーロンの胸には小さな点のような傷が、2箇所。こんな僅かな傷で、王太子は命の危機に瀕しているのか。
「お兄様、お兄様……!」
「アーロン!」
国王、フィンレイも医局へと飛び込んできた。その後に、サリーも続いて入ってくる。
「お父様、お兄様が……」
「…アーロン!」
「……う…」
と、アーロンがわずかに声を上げた。
「お兄様!しっかり!」
「アーロン!」
「『お兄様』!」
ミリアがすがりつき、フィンレイ王とサリーも大声でアーロンを呼ぶ。死の淵から、少しでも引き戻せるように。
「…目が、見えない…、僕は、どうなった…」
「お兄様…!」
「ああ、ミリア…。泣いている?」
「泣いておりません! お兄様」
「ふ、ふ…」
アーロンが唇を震わせる。少し笑おうと、しているようだった。

「…父上、ミリア…。これは、僕の、失態です…。誰のせいでも、ありません…。キール、は……?」
「!」
一瞬、ミリアは口籠った。
「…キールは無事です。お兄様を心配しています」
「…そう…か…」
嘘だと、ばれただろうか。
「…彼を、責めないでくれ…、彼のせいでは、ない…。ミリア…、これは、誰のせいでも、ないよ。僕が…」
「お兄様、しっかり!」
「…ああ…、父上……。ふがいなく…、申し訳……な……」
そこでアーロンの意識は途絶えた。
「お兄様!」
「蘇生措置を行います。陛下、殿下方、室外にお出になってください」
医師たちがアーロンの周りで、慌ただしく動き始める。治療室を出ながら、王と王女達は、その様子をただ眺めることしかできなかった。
「お兄様…。どうか…」
サリーに支えられながら、何かに祈るミリア。しかし、その願いが届く先は、此方にはどこにもない。間もなく、アーロンの死が、医師の口から告げられた。
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「なぜ、このようなことに…」
城内の一角にある軍本部に運び込まれた、キールの亡骸。ディルムッドは呆然と、その前に立ち尽くしていた。アーロンの死を見届けたフィンレイ王とミリア、そしてサリーが、殉職した兵達の元を訪れている。
「……キール……。あなたまで…」
「キール、キール……」
サリーはキールの遺体にすがりつき号泣している。ミリアはガクリと力を失い、涙をこぼしながらその場に座り込んでしまった。
この日、命を失った護衛兵はキールを含めて4名。キールの横で撃たれた兵のほかに、馬車を守っていた兵の遺体が近くに隠されていたのが見つかった。戦った跡はなく、やはり銃により突然、命を奪われた様子だった。
王女達の慟哭を、哀しみの景色を目の当たりにしながら、ディルムッドは唇を震わせ、兵に尋ねる。
「なぜ、市場近くの停車場へ…? あそこは一見、見通しが良いように見えるが、潜伏しやすい物陰が多く、注意を払う必要がある場所なのだ…」
「……殿下が、果物を買うために市場に立ち寄りたいと望まれ、急遽、予定を変更し…」
「……!」
ミリアの体がひときわ大きく震える。先ほど拾った、あの小袋。あれに果物を買うための小銭を入れていた。
「…わたくしに、果物を、買うために…。わたくしの、贈り物を身に付けていたから…。いえ、二人がわたくしに、会いに来たから…。わたくしの、不運の星が…、二人を殺した……」
「ミリア…!」
サリーが、震えるミリアを支える。
「サ…、『ミリア』…。わたくしがお兄様を…。だって、この前ハンカチを贈った日も、直後にあの時計の鳥の仕掛けが壊れてしまっていた。そうよ、予兆はあったのに……」
「…そんなの関係ないわ。『お兄様』も、誰のせいでもないとおっしゃってた! 悪いのは悪漢よ! ねえ、『お父様』」
サリーはフィンレイ王に尋ねるが、王は無言で兵達の亡骸を見つめるばかりだ。
「……?」
「……違います。王女殿下。これは、私のせいです…」
代わりにディルムッドが、真っ青な顔でそう、口にする。生まれて初めてかかった病が、なぜ、よりにもよって今日だったのか。無念が刻み込まれたキールの死に顔。自分への怒りで、体中が煮えたぎりそうだ。
「ディルムッド、あなたには何の責も…」
「いいえ、『ミリア』殿下…。私の弱さと油断のせいで病を得てしまったことが、原因です…」
「そんなこと……」
否定しようとするサリーにディルムッドはたたみかける。
「……もし今日、護衛が私であれば、王太子殿下は躊躇うことなく私を捨て置いて城へ逃げ延び、私は誰を巻き込むこともなく王太子殿下の盾となることができたはずです。しかし、キールだったから…」
「……」
「…キールは、影武者時代から、王太子殿下の親友でした…。だから、殿下は見捨てることができず、戻って、しまったのだ…。私であれば、私であれば…、死ぬのは私だけで済んだ……!」
そう吐き出すディルムッドは、体を大きくふらつかせた。周りの兵士3名でようやくその体を支えたが、体の熱さに驚く。堅牢な巨体を内側からむしばむ高熱は、まだ全く治まっていなかった。ミリアはそんなディルムッドの様子を見る。
(…でも、キールに交代する原因となったディルムッドの病も、恐らくわたくしが…)
ミリアはガタガタと震え、顔面蒼白になる。その様子に気づき、サリーはそっと肩を抱きしめた。そんな二人に、フィンレイ王は、乾いた口調で声を掛けた。
「…ミリア、『ミリア』……。しっかりしなさい。お前は、次の女王となるのだ……」
「……『お父様』!」
サリーがフィンレイ王をぐっと見上げる。なぜ、こんな時に。ミリアを慰めてくれないのか、そんな思いで。しかし、二人を見下ろす王の瞳に力はない。空虚な視線が落とされている。
「…ミリア…。もう、お前だけなのだ……」
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