連載小説「オボステルラ」 【第三章】12話「1年前」(6)
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12話 「1年前」(6)
と、アーロンはふと、思い立った。
「ああ、そうだ、キール。まだ少し時間に余裕があるし、せっかく城に来たんだ。ミリアを見舞ってあげてよ。ミリアも風邪を引いて寝込んでいるんだ」
「それはいいけど…。私がお見舞いに行っても仕方がないのでは?」
「いや、ミリアは喜ぶよ。何せ、元・兄だしね」
アーロンは意味ありげに微笑む。3年前、成人してキールが影武者の任を降りる際、自身の護衛をキールに代えてほしいとミリアは駄々をこねたのだ。王女には珍しいワガママだった。さすがに直前まで兄の影武者であったキールが護衛に付くことは叶わなかったが、ミリアのその想いを、アーロンは兄として複雑な気持ちで見守っている。
(いくら侯爵家の子息とはいえ、三男だと王女の嫁ぎ先としては難しいか…。キールにどこか養子に出てもらえばもしくは…。それか、何か爵位をつくってしまうか…。いや、でも、そもそも、ミリアは誰の手にも渡したくない…)
アーロンが脳内でそんな策謀を巡らせている内に、ミリアの寝室へと着く。
「ミリア」
声を掛けながら寝室に入った二人。ミリアは寝ていたが、兄の声に目を開けた。
「お兄様、キールも…!」
「ああ、寝たままでいいよ、ミリア。城下に下る前に、ちょっと顔を見に来ただけだから。外着のままで申し訳ないね」
そう言ってアーロンは、キールを自分の脇に立たせる。優しく微笑むキール。
「ミリア殿下。風邪だそうですね。ゆっくり養生されてください」
「まあ、キール。殿下なんてやめて。以前のように、気さくに話してほしいわ」
「そうはいきませんよ、立場というものがございます」
キールは困ったような笑顔を見せる。ミリアの個室とは言え、室内には女官が数人控えている。他人の目がある前では、さすがに敬語を外すわけにはいかない。
「それにしても、どうしてキールがお城に?」
「今朝、兄上が高熱で倒れてしまったんです。なんでも、生まれて初めて熱発したそうですよ。鬼の霍乱というやつです。で、今日は私は兄上の代わり」
「まあ、そうなの…」
そのキールの言を聞いて、ミリアの表情は暗くなる。アーロンはその変化に気づき、ミリアの頭を優しくなでた。
「…ディルムッドは自身の鍛錬不足だと反省していたそうだよ。まあ、彼はいつも人の3倍くらい働いているから、疲れでも出たんだろう。症状がまったく異なるからミリアの風邪とも別物だ。誰のせいでないよ、ね」
「……」
この兄はいつも、ミリアの「不運の星」を強く否定してくれる。自身は驚くほどの「幸運の星」で周囲を笑顔にしているというのに。アーロンのその言葉にミリアは小さく頷き、そして少し残念そうな表情をした。
「せっかくキールがお城に来たのに、寝込んでしまっていてはもったいないわ」
「おや、私はアーロン殿下の護衛として来たはずなのですが。一緒におままごとでもしたかったですか? 昔のように」
「まあ、わたくしを何歳だと思っているの? もう立派な淑女よ」
からかい口調のキールに、ミリアは少しふくれ面を見せつつも楽しそうに笑う。アーロンはミリアの素直な反応を、やはり兄として少し複雑な心境で見ている。
「……さ、ミリア。もう少し休んだ方がいいかな? また公務が終わったら来るよ。昨日の約束をきちんと果たすから」
アーロンはにこりと笑って、胸元から昨日ミリアに贈られた刺繍の袋を見せた。中には小銭がぎっしり詰まっている。ミリアは少し嬉しそうな表情をこぼした。
「お二人とも、お気を付けて」
「ミリア殿下、お元気で。快復をお祈りしております」

キールも笑顔を見せた後、ミリアに向かって一礼をし、部屋を退出する。アーロンは小難しい顔をしている。
(……キールの養子先はどこがいいだろうか。王女との婚姻に相応しい家…。公爵家は流石に難しいし、侯爵家でどこか…。いっそダークウッド家に入れて、ついでに内側から牽制してもらうか。いや、そもそもキールにその気があるのかも問題だ、いや、キールがどうであれ僕が婚姻を結ぶよう指示すれば済む話だ。しかしそれでミリアは納得するか、いや、やはりミリアを手元から離したくない、いや、しかし……)
「殿下?」
「……ああ、失礼。ちょっとだけ考え事。未来に向けた有益な、ね」
「?」
と、他の護衛達との合流場所に到着した。キールは、それまでの『アーロンの友人』の顔から護衛の顔になり、他の兵と共にキッと立礼をする。
「では、殿下、出発しましょう」
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