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連載小説「オボステルラ」 【第三章】12話「1年前」(5)


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第三章の登場人物



12話 「1年前」(5)


 翌朝。

「兄上」

ディルムッドの弟・キールが兄の部屋を訪ねてきた。ディルムッドと同じ茶色の髪は長く伸ばし、後ろでくくっている。兄よりも切れ長な錆色の瞳で、兄の姿を見て、驚いたように声をかけた。

「まさか兄上が病で倒れるなんて」

「…キール…。急遽呼んでしまい、すまない」

ディルムッドは、その大きな体をベッドに横たえている。今朝、起きた途端にディルムッドはめまいでひっくり返ってしまった。とてつもない高熱を出していたのだ。生来、頑強な肉体を持っているディルムッド、実は熱を出すのは生まれて初めてだった。

「…人間、高熱になるとこのような感じなのだな。初めて知ったよ。多少の熱なら動けると思ったが、どうにも難しそうだ」

キールはディルムッドの額に触れる。そしてその熱さに驚いた。

「えっ。人間って、こんな高熱でも生きていられるの? 兄上ほどの超人でも、病には勝てないものなんだね」

「超人…。それは私には相応しくない呼び方だ。これも、心の弱さが故、引き寄せてしまった病だ、情けない」

「またそれを言ってる。誰が弱いって?」

キールは少し呆れたように、横になる兄を見る。いつもの兄の口癖だ。

「そんなに恵まれた体で『自分は弱い』だなんて、何を言っているんですか」

「生まれ持った肉体なんて、ただ天に与えられただけの偶然の産物で、私の力で得たものではない」

そう言ってため息をつくディルムッド。そしてキールを見る。生まれたときから王太子の『影武者』の使命を与えられ、遊び盛りの子どもの時も、いろんな欲が生まれる少年期も、完璧に自律しその使命をやりきった自慢の弟だ。彼の心の強さに、ディルムッドは畏怖の念すら抱いている。

「お前は見た目は優しげでも、父上に似た堅く厳しい鋼の心を鍛え上げている。私はお前のように、もっと心を鍛えないといけない。この高熱は、まだまだ弱いという私への警告だ」

2m近い身長に岩のような筋肉を鍛え上げているディルムッドに比べ、キールは体格で行くと他の兵士と見比べても『普通』の域にある。図らずもアーロンと似た体格に育ったため、彼の影武者である間は都合がよかったのだが…。影武者の任が終わり王都防衛の任に付く今は、少しでも体を強く大きく鍛えたいと望んでいる。

「武人にとってその肉体は何にも勝る才能だし、ただ天から与えられただけではそのような体にはならないよ。まあ、子どもの頃はとても泣き虫だったという話は、レイナルト兄上から聞いているけどね、ふふっ」

「……」

「とにかく、ゆっくり休んで、早く治さないと」

「ああ、明日までには必ず治す。今日だけ、王子殿下の護衛の代役を頼む。普段なら他の護衛の者がいれば問題ないのだが、今日は城下町での公務に出られる日だ。気安い者を1人付けたいとの仰せだったのだ」

キールはキリリとした顔で応える。

「お任せを。久々に殿下とお会いできるので、俺も楽しみだよ。張り切って護衛を努めます」

「申し訳ない、頼んだ」

キールはニコリと笑顔を残して、部屋を去って行く。

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 アーロンとキールが、他の護衛と合流するべく城内を歩いている。後ろからみると背格好もそっくりの2人。この城で一緒に動くのは、かなり久しぶりだ。行き交う女官や兵士達も「懐かしい光景ですね」と微笑ましく感じ、声をかける。

 と、正面から「あれ? キールさん?」と声が聞こえた。そしてシュッと銀髪の小柄な影が現れる。格式高い王城には不似合いの作業着にポンチョを纏った、大荷物のその人物を、アーロンは笑顔で迎えた。

「やあ、ルチカ。今日は午後の約束ではなかったかな?」

「ああ、そうなんだけどね。伝達に来た人から、ついでに城内の発光石の調子が悪いところも見て欲しいって言われててさ、早めに来た」

この子が来城する際、城内では兵士か文官が同行する必要があるはずなのだが、そのような気配はどこにもない。キールは周りを見回し、ふうと息をつく。

「今日も兵をいてきたの? 大したもんだなあ。ただの機械士なのにうちの兵を撒けるなんて、どういうことだろう。訓練を見直さないと…」




「付きっきりで、なんかうっとうしくてさ。いつもだったらここで、ディルさんのお小言を散々聞かされるとこなんだけどね。今日はキールさんでよかったな。どうしたの? 護衛、交代?  ディルさん休暇? クビ?」

「兄上は熱を出して、寝込んでしまっていて」

「へえ、鬼の霍乱かくらんだ」

そう言うルチカに、くすっと笑う2人。まだキールが影武者をしていた頃から、アーロンはよくルチカを呼びつけてはあれこれ機械をオーダーしていた。キールとも勝手知ったる仲なのだ。

「ま、久々に影武者時代を思い出す感じだね。今日、城下に下るんでしょ。仕事忘れて楽しんじゃいなよ。影武者の頃は、2人で城下に下ることなんてできなかったんだから」

「そうしたいところだけど、そういう訳にもいかないよ。でも、楽しみではあるかな」

そう言ってキールの方を見るアーロン。兄弟のような、幼なじみのような縁を持つこの騎士は、どうしても彼にとっては特別な存在であった。

「じゃ、鳥時計の件は午後にね。執務室にお邪魔するから」

「うん、よろしく。先に修理してしまわないでね。修理の様子を見るのも楽しいんだから」

アーロンは子どものようなワクワク顔でルチカに要望する。

「はいはい。でもさあ、言われたから作ったけど、なんで時計で鳥が鳴く必要があるのか、未だにわかんないんだよね。夜とかうるさくないのかな…」

「……ルチカ、君もか。……君を不敬罪に問おうか」

「はあ? 冗談でしょ?! じゃ、また後でね」

そう緩く返事して、ルチカは去って行く。王子に対してこんな態度で接する事ができる人物はそういない。ディルムッドがここに居れば、もう何度も雷を落としていることだろう。キールは楽しげにルチカの後ろ姿を見遣る。

「あの子は相変わらずだね…、ですね。殿下」

「2人だけのときは、君も無理矢理、敬語にしなくてもいいよ、元『アーロン』」

そう言ってふふっと笑い合う2人。

「今日はいつになく楽しいな」

「そんなことを言うと、兄上が悲しむよ」

「そうだね。彼はあんな立派な見た目をしているのに、結構、情に厚くてもろいから…」

「ええ、それを兄上も気にしているし、レイナルト兄上に叩かれている」

「それがディルムッドのいい所なんだけどなあ」

 アーロンは笑顔で呟く。




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