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連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】  8話「狼煙を上げる」(5)


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8話 「狼煙を上げる」(5)


 宿のカウンターに現れた一人の男性。リカルドと同じくらいの長身で、年齢は30代後半から40代くらいに見える。耳下あたりまで伸ばした黒髪に、アメジスト色の眼光鋭い瞳。その丹精な顔立ちを見て、ディルムッドは「あれは…」と気付いた。

「ディル、知り合い?」

「…いや…。面識があるわけではないが、見たことはある。帝国の軍人だ」

その言にナイフはピリッと警戒する。しかしディルムッドは目線で、ナイフに殺気を抑えるよう示した。

「…彼は帝国でもかなり名の知れた指揮官だ。確か名は、ゲオルク・シュナイダー…。帝国軍の精鋭で、敵陣に奴の姿があったら重々気をつけるようにと人相書きと共に触れがあったほどだ。若くして大佐を務めている。確か、アーロン殿下の成人のお披露目の折、帝国の特使の護衛で王城にも来ていたはずだ。ただ…」

「…ただ?」

「…ゲオルクがもし卵を追っているとしたら、もっと確実で容赦ない方法をとってくるように思う。話に聞いたストネの連中も、ツマルタで拘束した連中も、随分と詰めの甘いお粗末な襲来だっただろう」

「…ああ、そうだね…」

「どうにも、ゲオルクとは馴染まない…。服装もまったく普段着のようだ。流石に帯剣はしているようだが」

そう口にし、思案するディルムッド。

「…どうする? ディル。宿のご主人に協力してもらって、彼の滞在の目的を探ってみようか?」

「…いや…。こういう場合、ああいう相手には、やたら策を弄するよりも正面突破が肝要だ。行ってくる」

そうリカルドに伝えて立ち上がり、ゲオルクの元へと向かったディルムッド。3人も座ったまま、聞き耳を立てる。

「…失礼。エルラン帝国軍のゲオルク・シュナイダー大佐とお見受けするが…」

「ん? ああ、そうだが…」

 その男、ゲオルクは身を忍ぶ様子もなく、ディルムッドに答えた。そしてじっとディルムッドの姿を見る。

「ああ、名乗りもせず、突然失礼。私は…」

「いや、分かるぞ。王国軍のショーン兄弟の弟君だな。戦乱中は、この兄弟には注意せよと軍内でその特徴が共有されていたのだ。随分と人相書きも覚えさせられたよ。ああ、貴国の王城でもお見かけしたな。ただ、そのときとは、風貌がやや違うようだが…。イメチェンか?」

そう言ってにこやかに笑うゲオルク。声をかけて来たのがディルムッド・ショーンと分かっても、警戒も何もしない。ディルムッドは口元に笑みを浮かべて答える。




「…私は訳あって、今、軍もショーン家も離れている一般人だ。ただ、帝国軍の精鋭がこんな場所にいることが気になり、声を掛けさせていただいた」

「…ふむ、何かのスパイ活動ではないかと? しかし今、両国間に争いはなく、交流は自由であろう。そちらの国民だって大勢、帝国へ旅行に来ている」

「旅行…」

「そう、私も旅行だよ。まあ、ふらりとこの国を歩いているだけでも警戒される身だというのは、重々承知しているがね」

ディルムッドは食堂の席の方にゲオルクを誘った。3人の方にやってくる。

「…おや、ミラニアの戦士までいるじゃないか。君たちには助けられたこともあったが、苦しめられもしたものだ」

ナイフを見て、一瞬で戦士だと見抜くゲオルク。やはりただ者ではないようだ。

「ナイフよ。ナイフちゃんと呼んでね。そちらのお国柄には“そぐわないタイプ”だと思うけど、私は」

「ナイフちゃんね、よろしく。まったく、うちの国は保守的すぎて肩が凝ってしまうよ。君みたいな子も素敵だと、個人的には思うけどな」

そう渋く微笑むゲオルク。帝国人らしからぬ反応に、ナイフは意外そうな表情をする。

「リカルド・シーランス。旅の学者だ、よろしく」

「ゴナンです…。よろしく、お願いします…」

自己紹介を受け、椅子に座るゲオルク。

「…しかし、こんな田舎町に旅行とは?」

「ああ、私はやむなく軍人なんぞになっていたが、本当は民俗学にとても興味があってね。観光地なんかではなく、こういう土地で民の暮らしを見て分析するのが好きなんだ。帝国内は大方回ってしまったし、せっかく戦乱も終わったから、こちらの国を訪問しているというわけだ」

「軍属の身でそんなにのんびり旅行ができるとは…」

「私も軍を離れている。有事に備えて籍だけは一応残してはあるが、階級も返上し、年単位で長期休暇中の扱いだ。戦乱以降、いろんなことに嫌気が差してね。この街では間もなく収穫祭が行われると聞いた。それを見てみたくて、滞在しているんだ」

そう微笑むゲオルク。そしてディルムッドをじっと眺める。

「しかし、まさかこんな場所で、ア王国歴代最強と名高いショーン騎士と会えるとは、運が良かったな」

「元、騎士だ。今は貴人の護衛で身を立てている」

「ほお? 貴殿ほどの騎士がか? まあ、お互い似たようなものだな、どうだ、今宵、一献。戦乱中には叶わなかったことだ。楽しい話ができそうだ」

そう誘われ、ディルムッドは少し思案したが、首を横に振った。

「…ぜひお受けしたいが、あいにく今夜は都合が悪い。祭の日まで滞在すると言うことなら、こちらからまた別日に誘いに来ても良いだろうか?」

「ああ、もちろんだ。のんびりステイの予定だからね」

そうニコッと笑った。まったく警戒の欠片も示さない。



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