連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 15話「祭」(6)
15話「祭」(6)
長かった1曲目が終わり、エレーネとのダンスを終えたエドワードは「うおー!」と奇声をあげながらどこかに全力で走り去っていってしまった。
一方でゴナンとミリアはその後も数曲踊り、疲れたところで、ふう、と芝生に座り休憩する。ミリアが座るところにゴナンが自分のハンカチを出して敷く甲斐甲斐しさである。
「ああ、楽しかった。たくさん踊ったわね」
息を切らし、頬を紅潮させて無邪気に笑うミリア。ミリアに寂しい思いをさせずに済んでホッとしたゴナンだったが、少し心配げな表情を見せた。
「ミリア、お前、手、どうかした? 左手がずっと震えてたけど…」
「あ…」
言われて、ミリアは左手を自身の右手で押さえる。
「実は、あの『拾い食い』の後に、左手だけしびれが取れていないの。それで、ずっと震えも出ていて」
「えっ…!」
ゴナンはハッとして、ミリアの左手を取る。
「大丈夫? 感覚はあるの? 痛くはない?」
「ええ、大丈夫よ。動くのはちゃんと動かせるし、力も入れられるわ。縫い物だって問題なかったし。しびれも日々、弱くなってきているから」
「そう…?」
そう聞いても、不安げな表情が消えないゴナン。そのまま、じっとミリアの左手を見ていたが、やがて両手で包んで優しくさすり始めた。
「…えっ、ゴナン?」
「…村に、長老のおじいさんがいたんだけど、片足しびれて歩けなくなっちゃったことがあって、でもこうやって毎日さすって手当てしてあげてたら、少しラクになるって言ってたから」
「…」
(その長老も、干ばつで死んじゃったけど…)
その言葉は飲み込み、無言でミリアの左手をなで続けるゴナン。ひんやりと冷たい小さな手は、ゴナンの手の中にすっぽり収まってしまう。ゴナンの施術で、少し温もりを帯びてきたようだ。ミリアはそのゴナンの手を見つめる。

「…ゴナンの手、角張ってて、大きいのね」
「え? そんなことないよ。兄ちゃん達とか、リカルドとかナイフちゃんに比べたら小さいし。ディルくらい大きな手になりたいな」
「まあ、あそこまで大きくなる必要はないわ」
そう言って笑うミリア。
「…あ、でも、剣を買った武器屋で、身長の割には手が大きいって言われた。背が伸びるかもって。ディルくらい背が伸びないかな」
「だから、あそこまで大きくなると、なんだか、ちょっと邪魔だわ」
そう言ってまた笑うミリア。遠くでディルムッドが巨体を揺らしくしゃみをしているとかいないとか。ゴナンは一生懸命、ミリアの手をさする。
「…でも、ゴナンだって、大きいじゃない」
「そんなことないよ。俺が大きいっていうより、ミリアが小っちゃいんだよ。まあ、でも、ミィよりは大きいけど」
「妹さん? でも、5歳も年下だったのでしょう?」
「うん…。あと5年生きてたら、どれくらい背が伸びてたかな…。母さんも女の人にしては、背が高めだから…。だから兄ちゃん達もみんな大きいんだろうな。父さんの背は、覚えてないけど…」
そう答えて、また無言で手をなで続けるゴナンを、ミリアは深緑の瞳でじっと見る。いつも自身を小さい小さいと嘆いているゴナンだが、ミリアにとっては、手も、足も、背も大きい。骨張っていて、力強い。ツマルタで自分を守ってくれた時の背中も広かった。そして、なんだか包み込まれるような大らかさを感じる。
「……」
「? どうしたの? ミリア」
自分の顔を見る目線に気付いて、ゴナンはミリアを見返す。淡い琥珀の瞳と目が合って、ミリアは少し目を伏せた。
「…いえ…。妹さんのこと、思い出させてしまって…」
「…大丈夫だよ。エドとこの前話してたんだ。たまに思い出話をして、ミィのことを忘れないようにしなきゃって」
「…そう…」
(ミリアも、お兄さんのことを…)
そう口にしようとして、ゴナンはしかし、声にはしなかった。ミリアがツマルタで、兄の命を奪ったものに似た武器を見ただけで、激しく心乱した様子を思い出したからだ。自身では「兄の死は乗り越えたこと」と言っていたが、実際どうかは分からない。
「……」
「……」
ゴナンはミリアの手をさすり続ける。そのまま2人は、無言で櫓の周りで踊る人々をボンヤリと眺め続けていた。少しずつ日が傾き、櫓の周りに火が焚かれ始める。じきに日が暮れ、暖色の焔火が、2人をふんわりと包んだ。
↓次の話↓
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