連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 16話「祭の夜」(1)
16話「祭の夜」(1)
櫓の周りでは、日が暮れてもダンスタイムが続いている。
「…あら、手をどうしたの? ミリア」
リカルドとナイフが2人の方へとやってきた。ナイフは運動後のように汗をかいている。ルチカとの遭遇のあと、ナイフはリカルドを引っ張り出してひとしきり踊っていたのだ。といってもリカルドは脇で体を揺らすだけで、ほぼナイフの独壇場であった。場をしこたま盛り上げたナイフは、達成感に満ちた満足げな表情だ。
「ナイフちゃん。すごく激しい踊りだったわね。見惚れてしまったわ」
「ふふ、ありがとう。久々に張り切っちゃった。それで、その手は…?」
「ミリアが、左手がまだしびれが残っているって言うから」
ゴナンが、優しくさする手は止めないまま答える。
「そうなの? ミリア、もう治ったって言ってたじゃない。無理しちゃって」
心配そうにミリアに声をかけるナイフ。リカルドはゴナンの動作を不思議そうに見る。
「そうやると、治るの?」
「わかんないけど、村で長老のおじいさんの足のしびれにも、こうやって手当てをやってあげてたから…」
「ふうん? ミリア、どう?」
「ええ…。なんだか、温かくなってきた気がするわ」
伏し目がちに応えるミリア。リカルドはにっこり笑う。
「じゃあ、もう少しそうしてなよ。たぶん、もうすぐランタンを飛ばす時間のはずだから、僕らはちょっと聞いてくるよ」
そう言って2人の元を離れるリカルドとナイフ。が、ナイフは立ち止まり、少し物考えな顔でゴナンとミリアの方を振り返った。
「どうしたの? ナイフちゃん」
「ええ、あの2人…」
「ああ…。本当に、ゴナンはミリアに妹のミィちゃんを見ているんだね。甲斐甲斐しいなあ」
「……ええ、そうなんだけどね」
微笑みながら2人を見遣るリカルドに、ナイフは少し怪訝な顔をする。
「?」
「…いえ、あなたって、察しが良いように見えて、実は人の心の機微に疎いのよね、そういえば」
「…? 何のこと?」
キョトンとするリカルド。ナイフは再び2人の方を見て、「何でもないわよ」と答えた。
* * *
「ゴナン、ミリア。ランタンを飛ばす場所は、少し向こうの方だって」
すっかり空も暗くなり、彼方星もその赤い光を瞬かせ始めた。リカルドとナイフ、そしてエレーネとディルムッドも、2人の元へと合流してきた。
「あっちの水場がある広場で飛ばすみたいだよ。火を扱うからね。みんな移動し始めてる。行こう」
「うん」
ゴナンは頷き、さする手を止めて立ち上がった。そしてミリアに手を出す。
「ほら、ミリア。行こう」
「ええ、ありがとう」
ミリアはゴナンの手を取って立ち上がる。その様子を微笑ましく見るディルムッド。
「おや、ゴナンに私の役割を取られてしまっていたな」
「ディルはダンスパートナーに引く手あまたで大忙しだったものね」
「ああ、皆、亡くなったご主人に私が似ているそうだ。この街は体格がよい男性が育つのだろうか? まだご夫君が健在の方もいたようだが…」
主に、一定の年齢以上のマダム達が入れ替わり立ち替わり、巨躯で逞しく優しげなディルムッドとのダンスを希望していたようだ。ごく真面目に受け止めているディルムッドに、含み笑いの大人達。そのまま、祭のハイライトとなる『火飛ばし』の会場へと進んだ。
「ゴナン! お前のランタンも取っておいたぜ!」
そこらを全力で走り回って何らかのエネルギーを発散させてきたらしいエドワードが、ゴナンに話しかけてきた。
「エド、ありがとう。みんなのもあるかな?」
「おう、あっちだ」
そう元気に返事し、しかしエレーネを見ると顔を真っ赤にして少し大人しくなり、「持って来…、ます…」と小声で呟いて走り去るエドワード。ゴナンも「俺も行くよ」と付いていく。
やがて、ランタンを配る屋台へと着いた。細い木材で作られた土台小さなロウソクがはめ込まれ、高さ30cm程度の卵型の紙風船を被せてあるランタンを渡される。
「これをどうするの?」
仕組みがよく分からず、エドワードに尋ねるゴナン。
「ああ、ロウソクに火をつけるとな、なんか、浮くんだよ」
「へえ、どうして?」
「……?」
訊かれてエドワードは首を傾げる。
「こら、エド。前に授業で教えたはずだぞ」
と、背後からジョージが声をかけて来た。横にはマリアーナもいる。夫妻で仲良く祭を楽しんでいる様子だ。少し気まずそうな顔をするエドワードに、ジョージはニカッと笑って、ゴナンの手にあるランタンを受け取る。
「まったく、仕方ねえなあ。ゴナン、ここに火をつけるとな、この風船の中の空気が暖かくなるだろう? すると…?」
「…あ…。空気が、軽くなって、上昇する…。…雨の降る仕組みの所で、習ったのと同じ、だ…」
「おう、そうだ。上昇気流のところで教えたな。よく覚えていたな」
ジョージに褒められ、無表情ながら瞳に少し嬉しそうな光を宿すゴナン。その僅かな変化に、ジョージとマリアーナも気付き、にこやかに見守る。

「でも、ちょっと軽くなるだけだと思ってた。ものを浮かせられるくらい、軽くなるん…、ですか?」
「そうだな。まあ、本体をとても軽い紙で作ったりと、いろいろ工夫はしているんだがな」
「じゃあ、もっと大きいのを作れば、人も乗って飛べるんじゃ…?」
「ふふっ。そういう実験をしている機械士もいるようだが。この風船部分の強度が難しいのと、かなり強く火を焚かないと大きいのは浮かないようだ。薪をたくさん燃料として乗せても、その分重くなっちまうからな。薪よりも高火力で長時間保つ燃料があれば、あるいは、な」
「へえ…」
ゴナンは興味深げに、ジョージの手にあるランタンを見る。ゴナンの好奇心の目線にジョージは嬉しそうにしながら、ランタンをゴナンの手へと返した。
「…ま、詳しい授業はまた、今度だ。今日は祭を楽しむ日だ。さあ、行ってきな」
「…はい…」
ゴナンはペコリと頭を下げ、エドワードと共に皆のランタンを抱えて、一行のもとへと戻っていく。途中、エドワードがゴナンに尋ねた。
「…また今度、って言ってたけど、ゴナン、お前、いつまでウキにいるんだ?」
「あ…」
そうだった、とゴナンはハッとした。数日間、姿が見えなかった鳥の姿を今日見たから、まだこの地域にはいるのかもしれないが、とはいえ、恐らくこの街で過ごす残りの時間は長くはない。ゴナンは少し寂しそうな眼でエドワードを見る。
「…多分、長くても、あと1週間か、それより早いかもしれない…」
「…そうか…」
エドワードも寂しそうな表情になる。こればかりは仕方が無い。ゴナンは旅をしていて、この街の人間ではないのだから。ケンカをして会わなかった日々を、互いに悔やんでしまう。
そうこうしている内に一行の元へと戻ってきた2人。皆にランタンを配り終わって、エドワードはぐっとゴナンと肩を組んだ。
「…ゴナンがこの街を旅立っても忘れないように、今日は最後まで、いい思い出、作ろうぜ! ゴナンがまだウキに居る間は、俺も屋敷に遊びに行くよ! 普段は出かけても、夕方には屋敷に戻るんだよな?」
「…うん…」
かがり火に照らされるゴナンの表情は、少し寂しげだ。リカルドは少し離れた位置から見ている。
(…ゴナン、大丈夫だよ。これから君はこの街で、君が羨んでいた『普通の暮らし』を送るんだ。そして、思い切り学んだり遊んだりしながら、その栄えある人生を明るく進めていくんだから…)
エドワードと楽しそうにおしゃべりをしているゴナン。表情はいつものように変わらないが、やはり楽しそうな光が瞳に宿っている。
(でも、まずはきちんと段取りを踏んでからだ…)
リカルドの瞳が暗く光った。
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