連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 12話「心を放つ」(7)
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12話 「心を放つ」(7)
「…ゴナン」
クラウスマン邸の庭の大樹の下、リカルドは神妙な顔でゴナンを見つめている。
「?」
「…その、今日、昼間、ディルに怒っていたね」
「うん…」
「…でも、ディルがしっかり話を聞いてくれたから、ゴナンも何で怒っていたかをきちんと説明できて。もう元通りだ。そしてディルは、ゴナンが自分の弓で人を射ることをとても嫌がるってことに気付いた」
「…うん…」
素直に返事するゴナンに、リカルドは優しく微笑みかける。
「…その、僕は子どもの頃は友達という友達がいなかったから、もしかしたら的外れなことを言うかもしれないけど」
「?」
「…エドワードくんになかなか話ができないのは、まだ心の中に、何か言葉にできない『しこり』が残っているからじゃないのかな?」
「……」
そうリカルドに言われて、ゴナンは目線を地面に落とす。
「しこり…」
「…ゴナン、北の村で井戸掘りを妨害されたり、この前、巨大鳥と女の子が目の前に来たときなんかは、怒って、すぐに凄い剣幕で叫んでたじゃない? 君にしては珍しい光景だったけどね」
「…うん…」
ゴナンは少し恥ずかしそうな横顔だ。
「でも、今日だってディルに怒っていたけど、でも、何かが引っかかって、うまく自分の言葉が出せない感じだった。いろんなことを考えてしまっていた感じかな?」
「…うん…」
「同じように、エドワードくんに対しても、何か胸の中で整理できていない思いがあって、それが重しになって、ゴナンの口を閉じさせてしまってるんじゃないかと思ったんだ」
「……」
「そして、きっとエドワードくんも同じように、何かが残っていて、それが、お互いに話をするのを邪魔しているんじゃないかなと、今日、思ってね」
「……」
「ねえ。もし、何か思うところがあるのなら、まずは僕に話してほしいな」
「…うん」
ゴナンはそう答えたが、しかし、そのあと、なかなか言葉が続かない。
「ああ、ゆっくりいいよ。考えをきちんとまとめて。…いや、まとまってなくったってもいい。何か、言葉にできそうだったら」
「…」
ゴナンは彼方星を見上げた。そして、赤い光に目で話しかけるかのように、少し沈黙の時間を使う。
「…その、ナイフちゃんとかリカルドのことを悪く言われたのは、最後のきっかけで…」
「…うん…」
「それまでの会話でも、ちょっともやもやしてて…」
「もやもや?」
そう尋ねられて、ゴナンはまた少し考える。とても嫌な気持ちになった、それがどういうことだったのか…。
「…なんか、エドは、多分、お父さんとお母さんに普通に可愛がられてて、それが当たり前だって思ってる。この前、妹も生まれたって言ってた」
「うん…」
「…でも、俺は父さんの名前も思い出せなかったし、顔も覚えてないし、名前だって適当につけられてて、可愛がってくれたのはアドルフ兄だけだし、…ミィは、死んじゃったし…。俺、家で、空気みたいなもんだったし…」
(……あれ?)
そういえば、とリカルドは気付いた。上3人の兄がゴナンにはあまり関わっていないのには気付いていたが、そういえば母であるユーイもゴナンに対しては割と淡泊だった気がする。まあ、末っ子にあんなかわいい女の子がいて、そのすぐ上は無愛想で無口な五男となると、そういうものかもしれないが…。
「それで、俺はそうなのに、なんか、エドがそういう『普通』なのを当たり前に思ってる感じなのが、ちょっと、ずるいっていうか…」
「…うらやましく感じた?」
「…うん…。そうだと、思う…」
素直に頷くゴナン。
「それで俺、自分のこと、知ってほしかったけど、でも、自分のこと話しても、ちょっと引かれそうだなって思って。俺のみっともないことを話したくもなかったし」
「うん…」
「なんか、全然違いすぎて、俺、自分がみじめに思えて…。エドも俺のこと、かわいそうって思ってるように思えて」
「……その上で、身近な人を悪く言われたから、頭にきちゃった?」
「……、うん…」
「……」
リカルドは夜空を見上げる。ギラリと赤く光ってくる彼方星から目をそらし、月へと視線を移した。あと数日で満月のようだ。この街では、月もことさらに目映く大きく見える。
「…これは僕の予想だから、本人に聞いてみないと分からないけど。エドワードくんは、決してゴナンに同情しているわけではないと思うよ。どちらかと言えば、憧れの目で見ていたように思う。…その、『普通じゃない』ことを…」
「……」
「ここの街の子は、ほとんどウキを出ることなく、農家を継いで一生を過ごすんだよ。そんな彼らにとって、妙な集団を引き連れて旅してきた同い年の男の子は、とても不思議で特別で、羨望の的なんじゃないかと思うんだけど。少なくともエドワードくんは、ゴナンととても仲良くしたがっていたように見えたし」
「……」
「お互いに自分の物差しでしか言葉を交わせなかったから、不運にも行き違ってしまっただけじゃないかな? ゴナンだって、もっと自分をよく見せたい、見栄張りたい、なんて気持ちもあったんだろう? 大好きな友達のエドくんに、すごいって思われたいから」
「うん…」
ゴナンは素直に頷きながら、リカルドをじっと見て、続きの言葉を待つ。
「どっちが正しい、正しくない、っていう話じゃないんだ。2人はあまりにも生まれや育ちが違う。それで、まったく同じ価値観を持つってことはあり得ないよ。だから、自分のことはちゃんと伝えて、相手の物差しをきちんと知って、違うってことを受け入れて、そしてそのズレをすりあわせていくしかないように、僕は思うけど…」
「……」
ゴナンはまたうつむく。また、説教臭くなっちゃったな、とリカルドは反省したが、ゴナンはしっかりと自分の話を聞いてくれたようだった。そしてひととき、無言の時間が流れる。ゴナンはじっと考えている。彼方星ではなく、ぐっと握った自分の拳を見つめて。あの日、ケガをしたわけではないのに、とても痛かった、この拳。

沈黙はしばし続いた。一緒にかぶっているブランケットの中でゴナンの温もりに包まれ、リカルドがウトウトと眠くなってきた、そのとき。
「…リカルド…。明日、俺、巨大鳥探し、休んでいい?」
「……! うん、そうだね。思い立ったがなんとやらだよ」
視線を上げたゴナンに、リカルドは優しく微笑んだ。
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