連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 14話「そこはかとない、高揚感の中で」(1)
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14話 「そこはかとない、高揚感の中で」(1)
翌朝。
「ゴナン、できたわ!」
ディルムッドとの朝練を終えて屋敷に戻ってきたゴナンの元に、ミリアが嬉しそうに駆けてきた。その声に、今日は朝食当番でキッチンにいたリカルドもやってくる。
「え、もう? 早いね。ちゃんと寝た?」
「ええ。でも、少しだけ夜更かしをしてしまったわ。縫い物で夜更かしをしたの、わたくし」
心配するゴナンに対し、ミリアは嬉しそうに、なぜか夜更かしの件を2回伝えてくる。城ではよほど規則正しい生活をしていたのだろう、「夜更かし」はミリアにとって、なんとも言えない冒険のようだ。そして、繕い直したゴナンの上衣を、自慢気に渡した。
「ただ繕い合わせるだけでは何だから、刺繍を入れてみたの。袖のポイントになるように。久しぶりだったから、何度か指を刺してしまって」
「え? 大丈夫?」
心配気なゴナンに、しかしミリアは名誉の負傷のような面持ちを見せる。
「ええ。針だもの、痛かったけれど、大丈夫よ。きちんと薬草で消毒もしたわ。それで、少し時間がかかってしまったけど、思いのほか上手にできたわ」
「へえ、すごいね」
リカルドはそう言いながら、彼女の手にある“作品”を覗き込む。そして、二の腕の辺りに入っている刺繍を見て、ん?、と一瞬固まった。
(…これは…、何だ…?)
袖の切れた部分は糸で強固に縫い合わされているが、かなり強固に何重にも繕って縫い合わされているため、縫い糸の存在感がかなり大きい。むしろ、縫い糸で盛り上がっている。それだけ糸を使っているのだろうか。そして刺繍“らしき”部分…。
「…へ、へえ…。これは、あれかな、前衛的な、幾何学模様、かな? うん。新しいデザインだね。独特というか、個性的な…。縫い合わせも、とても、丈夫そうだし…」
「まあ、リカルド、何をおっしゃってるの? これは、わたくしがお城で習ってきた、伝統的な刺繍よ。ア王国では植物の伝統刺繍があって、淑女の嗜みなのよ。ご存じではないかしら?」
「えっ?」
そう聞き、リカルドはまた、まじまじと刺繍“らしき”部分を見る。もちろん、ア王国の伝統刺繍のことは知っているが、それと“これ”とが結びつかない。と、それを見たゴナンがサラリと口にする。

「そうだよ、リカルド。これは植物の刺繍だよね。ユラリアの花? 今、ミリアが読んでいる小説のタイトルに出てくる…」
「ええ、そうよ。ユラリアの刺繍よ」
「えっ、ゴナン。どうやってわかった…?」
おそらく伝統刺繍の柄は知らないだろうが、なぜか植物の種類まで言い当てるゴナン。目が良いからなのか、とリカルドはまじまじと刺繍らしきものを見るが、やはりよくわからない。リカルドは、屋敷に遅れて戻ってきたディルムッドを引き留め、尋ねる。
「…ディル。王子様は、ミリアの刺繍を褒めていたんだよね?」
「ああ、いつも褒めていらっしゃった」
「ディルはどのように見ていた?」
「…?」
ディルムッドは汗を拭く手を止めて腕を組み、少し思い出すように考える。
「…私は刺繍のことはよく分からないので、見たところで、なんとも…。アーロン殿下が褒めてらっしゃったので、それが全てだ」
「あ…。ああ、そう…」
「ただ、ミリア様が何の植物を刺繍されているのかを言い当てられるのは、アーロン殿下だけであったと記憶している」
「…」
ディルはその情報をリカルドに与えて、そして汗を流しに奥へと行った。リカルドはゴナンとミリアの様子に目を遣る。ゴナンはゴナンでなんだか嬉しそうにはしており、「早速、今日、着るよ」などとミリアに伝えている。
(……まあ、ゴナンがいいなら、それでいいか…)
朝の思いがけない事件であった。
* * *
今日も4手に分かれての探索だが、お昼時に一旦、集合の狼煙を上げたリカルド。
「…巨大鳥の姿がまったく見えなくなったと思わない?」
リカルドの問いに、エレーネも頷く。
「ええ…。飛んでいる姿も見ないわね。わりと近づけていた感触だったのに」
「やはり、あのとき矢を射ってしまったことが影響しているのだろうか」
ディルムッドは、巨体を小さくして錆色の目を伏せ、自分の行いを反省する。ナイフはええと…、と日にちを数えた。
「というよりも、このエリアで鳥を見かけて1週間以上経っているわよね? 雨の日をカウントすべきかは分からないけど…。もう、次のエリアに行ったということではないかしら」
「そうだね…」
これまでよりも巨大鳥に近づけていた分、すこし悔しい気持ちもあるリカルド。地図を取りだし、これまで巨大鳥を見かけたポイントのメモをじっと見た。
「…でも、どうだろうな…。これは僕の勘なんだけど、もうちょっと、この地域に滞在するようなきなするんだよね…。これ、見て」
と地図を皆に示す。
「…最初にナイフちゃんが見かけたこの場所からこう、こうと動いているでしょ。何となく、この辺りの水も飲むんじゃないかと思うんだよなあ…。ミリアが鳥に乗っていたときのルートを鑑みると、その地域の同じ水脈の水を、あまねく回っているような印象を持っていたから。ツマルタ界隈でも、わりと滞在期間が長かったよね?」
そういって指したのは、例の遺跡がある周辺の地域だ。
「…まあ、感覚的な予想で、何か根拠があるわけではないけど…」
「いや、しかしこういうことには感覚が最も大事なように思う。この地域に絞って数日探索しながら、次の目的地も検討し始めるのはどうだろうか?」
ディルムッドの提案に、頷くリカルド。「次の目的地」という言葉を聞いたゴナンが少し寂しそうな顔をしている。
(…ゴナン…。君とはこの街でお別れになる…。その日にちが、近づいてくるということだな…)
リカルドは一瞬、辛い面持ちになったが、すぐにまた、薄い微笑を浮かべた。
「ゴナン。明後日は収穫祭だよ。昼間から楽しみなよ。ミリアも楽しみたいかな?」
「…ええ! お祭。本で読んだことはあるけれど、本物を見るのは初めてよ。楽しみだわ」
「明日も鳥の姿を見つけられなかったら、ひとまず明後日はお休みでいいんじゃないかしら?」
ナイフが少しワクワクした顔で、そう提案する。なんだかんだ言って大人達も祭が楽しみなのだ。リカルドは微笑む。
「…そうだね。なかなか、祭の日にいられる機会も貴重だから、それもいいかもね」
「しかし、リカルド…」
ディルムッドが、少し心配げな様子でミリアを見た。
「…ああ、そうか…。ちょっと対策を講じないと、いけないね」
「…?」
ミリアは首を傾げる。
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