連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 5話「凪の日に想う」(1)
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5話 「凪の日に想う」(1)
クラウスマン邸へと戻り、マリアーナが振る舞ってくれた昼食に舌鼓を打った一行。ふと、ナイフがリカルドに尋ねた。
「そういえば、リカルドは大学ではマリアーナさんにはお世話になっていないの? 薬草だったら、あなたの分野の範疇のように思えるけど」
「ああ、もちろん、学生時代はマリアーナ先生の授業も取っていたよ」
そう答えるリカルドに、マリアーナが付け加える。
「普通に優秀な学生ではあったわよ。でも、研究という面では難しかったわね。この子はほら、毒も薬も効かないから、なかなか学問が実践に結びつかなかったみたいで」
「毒も薬も…?」
エレーネがそう尋ね、ミリアとディルムッドも首を傾げている。ゴナンとナイフは神妙な表情。マリアーナは「あっ」と口を押さえ、ジョージはため息をついている。
リカルドは薄い微笑みを浮かべた。
「…その、特異体質でね、生まれつき、効きにくくて。その分、体は丈夫なんだ」
「特異体質…」
「マリアーナ先生の研究室は人体実験をすることで有名だったから、僕じゃお役に立てなくて」
「まあ、『臨床実験が豊富』の間違いよ。失礼ね」
マリアーナがふくれ面をみせ、ジョージとリカルドが笑う。なんとも可愛らしい女性だ。
と、その時。
「お邪魔しまーす!」
と玄関の方から元気な声が聞こえてきた。
「先生、ゴナンと遊びに来ました! あれっ? どこですか?」
そう言ってダイニングの扉をバタンと開けたのは、昨日、ゴナンに話しかけてきたクリクリ瞳の15歳の少年、エドワードだ。ジョージはエドワードを咎める。
「こら、皆さんはまだお食事中だよ。行儀が悪いぞ、エド」
「…あっ、ごめんなさい…」
「『申し訳ございません』だと、なお良いな」
「…申し訳ございません…、でした…」
先生に叱られて素直に謝るエドワード。ナイフがふふっと笑って、話しかける。
「もう、皆、食べ終わった頃だから大丈夫よ。ゴナンと遊ぶって?」
そう言って席を立ち近づいて来たナイフを、エドワードはジロジロと見上げる。そして、片付けを始める他の面々もキョロキョロと見渡した。
「…あ、はい…。昨日、遊ぼうって約束をして」
「へえ、ゴナンと遊んでくれるんだ。何をして遊ぶの?」
リカルドも少し嬉しそうに、エドワードに近づいて話しかける。
「…あ、今から、考えます…。外にもみんな来てて…」
珍しい外からの訪問客と遊びたくて、子ども達が集まってきているようだ。しかし、鉱山のおしゃべり男のことをまた思い出してしまったゴナンは、あまり気が進まない表情をしている。リカルドはゴナンの腕を引いた。
「ほら、ゴナン。せっかく迎えに来てくれたんだから。行ったら?」
「…うん…」
ゴナンは頷くも、どう振る舞っていいか分からない様子だ。リカルドは不思議に思ってゴナンに尋ねた。
「村では、友達とどういうことをして遊んでいたの? 同年代の子もいるんだよね?」
「…」
ゴナンは少しうつむく。
「同い年くらいの子もいるにはいたけど…、友達じゃ、ないし…、遊んだこと、ない…。畑仕事を一緒にやることはあったけど…」
「えっ? そうなの?」
「ミィとか、アドルフ兄としか、遊んだことない」
「……」
リカルドは驚いてナイフと顔を見合わせた。そして、ゴナンの肩をポンポンと叩き、エドワードに微笑みかける。
「エドワードくん、ゴナンはすごく遠くにある村から来て、そこではあんまり友達と遊んだことがないんだ。どういう遊びがあるか、から教えてくれるかな?」
「あっ…、はい。もちろんです…!」
エドワードは元気よく返事をする。とても明るい少年のようだ。そして目を輝かせて、ゴナンに話しかけた。
「…ゴナン。この人達と旅してるの? なんか凄いな。お姫様とか、剣士とか、格闘家とか、魔法使いとかいて、もしかしてお前、勇者? 魔王を倒すのか?」
「…?」
エドワードが言う内容の意味が分からず、目線でリカルドに助けを求めるゴナン。僕が魔法使い役かな、と思いつつ、リカルドは微笑んでエドワードに答える。
「いや、それは何というか、世界線、いや、世界観が違うというか…」
「世界観?」
「まあ、ともかく、そういう空想のお話のようなものではない、普通の旅人だよ。さ、ゴナン。身支度をして行っておいでよ」
「…うん…」
まだ渋々、という表情をしているが、リカルドに背中を押されてゴナンはエドワードの方に進む。エドワードは「行こうぜ! みんなもいるんだ!」とゴナンの腕を引っ張り、ダイニングを後にした。
「それにしても、同じ年頃の子と遊んだことがないなんて、ゴナンの故郷はそんなに貧しい村だったの?」
賑やかしく出ていった2人を見送りながら、ナイフはリカルドに尋ねた。
「うーん…、僕は干ばつ後しか見たことがないから分からないけど、その前はまあ、貧しくはあってもそれなりに暮らしは営んでいた村のはずだけどね。人口も30〜40世帯はあったように思うし」
「ふーん…」
ナイフは腕を組んで少し思案した。その脇でミリアが「ごちそうさま」と足早に個室へと戻っていく。おそらく、『あなユラ』の続きを読むのだろう。エレーネもその様子に微笑みながら後を追い、ディルムッドも条件反射的に2人に付き従ってダイニングを出た。自身もダイニングを出ようとしたナイフは、立ち止まったままのリカルドの暗い表情に気付く。
「…リカルド、どうしたの? そんな顔をして。ゴナンが離れていって寂しいとか言わないでよね? 近所に遊びに行っただけよ」
「それもなくはないんだけど…。ナイフちゃん」
リカルドの顔面がみるみる蒼白になっていく。そして、ナイフの肩につかまった。ぐっと肩を握る手の力が、とても強い。
「…ごめん、今度こそ、例のやつが、来そう…」
「……!」
ナイフはハッとしてリカルドの体を支える。事態を感づき、ジョージとマリアーナも動いた。

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