連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 12話「心を放つ」(3)
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12話 「心を放つ」(3)
「というわけで、僕らは彼らに追われているようなんだ」
宿の食堂。ひとしきり食事を終えたところで、リカルドはゲオルクに切り出した。
「しかし、どうして僕らがこの街にいることが、彼らにわかったのかな…」
「あの者達はツマルタで、貴殿等の行き先を耳にしたといっていたぞ。何でも乗合馬車の乗客らが、ツマルタに来る道中にならず者を成敗している妙な一団のことを噂していたとかで」
「ああ、あのとき、連絡をお願いした馬車か…」
相変わらず、妙なところで悪知恵が働く連中だ。悪運も強いようだ。ゲオルクは不思議そうに尋ねる。
「奴等は、貴殿らの命か財産か何かを狙っているのか?」
「いや…。そもそもは彼らは、巨大鳥の卵を探しているらしい」
「卵…?」
ゲオルクは首をひねる。
「あの、手に入れると幸せになるというおとぎ話の、あれか? そんな、馬鹿馬鹿しい…」
「うん、僕もそう思うんだけどね。でも、彼らはそうとうに強硬な手段を取ってくるよ。さっきみたいに店を荒らしたり、人を傷つけたり殺すのさえ厭わないくらいに」
「そ。私のお店も、それで営業停止に追い込まれちゃったのよ。女装バーを営んでいるんだけど」
「なんという…」
ナイフが付け加え、ゲオルクは少し唖然とする。
「さきほど彼らを詰問したが、巨大鳥の卵のことは一言も口にしなかったが…」
「そもそも、帝国人が鳥と卵のおとぎ話を真剣に信じるというのは、ちょっと馴染まないよね」
「ああ、そうだな…」
何度も帝国に旅したことがあるリカルドの指摘に、ゲオルクも頷く。無骨で実務的な国民性を持つエルラン帝国では、この類のおとぎ話は、単に人に教訓を伝える物語として言い伝えられており、真剣に信じているような人は少ない。
(でも…、そういえばロベリアさんも卵のことを盲信していた。もしかしたら、『田舎』だという奴等の駐屯地の地域性、ということもあり得るかもしれないな…)
リカルドは脳内でそう分析し、さらに尋ねる。
「その…、そちらの皇帝だとかお偉い人の命で、何かア王国で密かに謀を、ということではないのかな?」
「それはない」
リカルドの問いを、ゲオルクはきっぱりと否定する。
「なぜ否定できる? あなたはもう長いこと軍を離れているのだろう? その間に何かの状況が変わったようなこともありえるのでは?」
「理由は2つ。もし陛下や中央のお偉方が命じられるのならば、あのような田舎兵にはまず任せない。もっと精鋭を派遣し、あんな無駄に目立つような粗忽な行いはせず、隠密に行動し確実に成し遂げるよう努めるだろう。そしてもう1つは、陛下はそのような物語の対局にいらっしゃる方だ。隣国でおとぎ話の卵を探せなんて命、冗談でもおっしゃらない。そちらの優しげな王太子ならまた、違うだろうがな」
そのゲオルクの言葉に、ディルムッドははたと気付く。
「…貴殿は、アーロン殿下と面識があるのか?」
「面識という程ではない。こちらの王子殿下が使節団として訪問した際に、護衛の一人としてアステール城へ参って顔姿を拝見しているだけだ。しかし、そちらの王太子殿の朗らかさは、我が国でも有名だからな」
「そうか…」
やはり、ミリアをゲオルクの前にさらすべきではないかもしれないと、ディルムッドは改めて考える。この兄妹はあまりにも見目が似ているからだ。
「…話が逸れたな。それで、卵を追っているとして、なぜ彼らは貴殿等を追うのだ?」
「…共に旅をしている女の子がいるんだけど、彼女が偶然、大きな卵の形のバッグを背負っていたのを見て勘違いして、『卵の在処を知っているはずだ』としつこく追いかけられているんだ」
リカルドは慎重に言葉を選びながら、こちらの状況を伝える。あの帝国男共がゲオルクに詳細を話していないらしいのは幸いだった。
「……何なのだ、その安直な行いは」
ゲオルクは頭を抱える。
「…同国人の情など持たずに、彼らを逃がさず捕らえてもらうべきだったかな。お灸を据えてもらった方が良いかもしれない」
「いや、この街に軍はいないし、自警団だけで警察組織も薄いから、扱いに困っただろう。良かったと思う」
ディルムッドのその言に頭を下げたゲオルク。そしてはたと、ゴナンの方を見る。
「…ああ、ゴナンくん。もしかして君は、前にも彼らに嫌な目に遭わされたのかな?」
「……」
「最初、どうにも睨まれているような気がして、嫌われてしまったのかと哀しかったんだぞ、おじさんは」
そう、笑顔でゴナンに話しかける。ゴナンは小さく頷いた。
「俺、帝国の人に会うの、あの人達が初めてだったから…」
「そうか…。それは仕方が無いな。でも安心してくれ、私はずっと紳士的な人間だし、帝国人のほとんどがそうだよ」
「うん…、今は、イヤな人じゃないと、思う…。思ってます…」
そのゴナンの素直な反応に、ゲオルクは少しいじわるな笑顔を浮かべる。
「…ただなあ。もしまた、帝国と王国が戦となったら、戦場で出会うには私はわりとイヤな方の人だと思うぞ。あの抜けた連中相手だったら、『お、弱そうな相手だ、いい人と遭遇できてラッキー』と喜ぶはずだ」
その冗談にナイフはふふっと笑う。
「まあ、そうなると、こちらにとって最も『イヤな人』は、このショーン騎士だということになるが…」
「…私はもう騎士ではない。でも、本家だけでも私の兄や…弟がいるから、盤石ではあるがな」
そう口にするディルムッド。弟・キールの死もいまだ公になっていないから、このような言い方をせざるをえない。
「全くだ。お宅の騎士団たちは本当に厄介だったよ」
「お互い様だな」
そういって笑い合う、元軍人の2人。ゴナンはそんなゲオルクの様子をじっと見ていた。

* * *
クラウスマン邸への帰り道。話をしながら歩くため、馬を引いている4人。
「…結局、ゲオルクは卵連中とは関係はなさそうね。何も知らない感じだった。彼の言葉をそのまま鵜呑みにすれば、だけど」
ナイフはふう、と息をつきながらそう口にした。
「私の『人を見る目』も、面目が保てたようね」
「それにしてもますます、奴等の強硬な姿勢が不思議だけどね。目的も不明だし」
リカルドはそう言って、ふと思い出した。
「そうだ、ナイフちゃん。ロベリアさんがお店に来る前、帝国のどこにいたのか聞いてる? 奴等の駐屯地で事務員として働いていたはずだよね」
「ああ! そうだったわね…!」
ナイフはポン、と手を打った。
「…けど、何も聞いてないわね。過去のことは詮索してないから」
「ああ…、そうだよね。…まあ、手紙ででも尋ねてみるかな?」
「ツマルタで拘束している者から何か聞き出せているかもしれないから、私もそちらに手紙で当たってみよう」
苦笑いするリカルドに、ディルムッドも提案した。そして、何やらもの考え中らしいゴナンを気に掛ける。
「どうした? ゴナン。ゲオルクは『イヤな奴』ではなかったのだろう?」
「うん…。でも、ちょっと怖い人だな、ていうのは、やっぱり思ってる…」
「ふうん…?」
ゲオルクの笑顔の裏に、何か底知れぬ凄みを感じてしまっているゴナン。その「怖さ」の正体は、ゴナンの人生の経験値ではまだ計ることはできないが、ディルムッドはゴナンのそんな感覚を理解する。
「…でも、やっぱり話さないと、分からないね。話せば分かることって、多いな」
「そうだね。いままでの所業からは想像もつかないけど、僕らを襲ってきた連中だって、一人ひとり話してみれば、実は良い奴もいたりするかもしれないしね」
とはいえ、さすがにそれは勘弁かな、とリカルドは笑う。ゴナンは頷いた。
「…エドが、さっき、俺たちのこと見てた」
「エドワードくん? そうだった?」
「でも、目が合ったら、どこかにいっちゃった…」
「……」
ゴナンはそのまま、エドワードのことを語るのは止めた。彼と『話す』には、まだ何かが、至らないようだ。
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