連載小説「オボステルラ」 【第七章 「西へ、東へ」】 16話「東へ」(4)
16話「東へ」(4)
翌日。
朝に宿を出立し、休憩も交えて馬車を6時間ほど走らせたところで、ついに一行は国境の街へと入った。ちょうど夕刻前である。
「国境を渡るとじきに夜になってしまうから、あちらの街で宿を探すのが大変になるかもしれない。今日はこの街に泊まって、明日朝イチで国境を渡るのがいいかもしれないね」
駐馬場に馬車を駐めたところでリカルドがそう提案してきた。横に馬をつけたナイフが声をかけてくる。
「だったら、日が暮れる前に一度、国境ゲート付近を見に行ってみる? きっと川や橋の広さに驚くわよ」
そのナイフの提案に、馬車の中でゴナンとミリアが瞳を輝かせる。ルチカは「どっちでもいいヨー」と興味があるのかないのかよく分からない素振りだ。ちなみに彼女も衆国のポー族領までは行ったことがあるそうだ。
一旦、宿を押さえて(やはり、貴族の令息っぽいゴナンに相応しい感じの宿を、リカルドが問答無用で選んだ)、せっかくだから街の散策もかねて徒歩で向かう一行。宿から歩いて30分程の距離だという。
国境へ向かうメインロードは道幅が広く、道沿いにさまざまな土産店が賑わっている。ア王国、コビナ衆国、両国民が行き交っているようで、少し多国籍な雰囲気だ。その賑わいにキョロキョロと見回してしまうゴナン。リカルドが楽しそうに声をかけてくる。
「ふふっ。ゴナン、そんなに面白い?」
「うん……。なんか、エルダーリンドと雰囲気が似てるなあって」
「ああ、そうだね。ある意味ここも観光地のようなものだから」
そう答えるリカルドに頷きながら、しかしゴナンは考える。エルダーリンドの賑わいは、まるでハリボテが自分の身体をなるべく大きく見せようとしているような雰囲気だった。
(ここは、いろんな人が『ちゃんと』行き来してて、賑わってる感じがする……)
と、リカルドがふと、正面の方に目を遣った。ナイフも前方を気にしている。
「あら、あちらから『本物』の貴族の一行が歩いてきてるわね」
「あ、うん」
「なんとなく位が高そうな人達だ。僕らは道を譲ろう」
二人が指した方向には、国境ゲートの方向からやってきたらしい一団が歩いてくるのが見える。屈強が護衛が何人も取り囲む中に、豪華な装いをまとった初老の男性。ゴナンの良い目でも、その男性がとんでもなく偉い貴族である雰囲気がすぐに分かった。
ゴナン達はさり気なく道の端の方へと避けながら歩みを進める。道の真ん中を歩く偉そうな貴族の一行。問題なくすれ違えると思ったが……。
「あっ」
と、ここでミリアが小さく声をあげ、つまづいた。ゴナンと同じく街のあまりもの賑わいにキョロキョロを周りを見ながら歩いていたのだ。ととと……、とよろめき、貴族の一団の前に転がり出てしまう。
その瞬間、ゴナンはエルダーリンドで自身に起こった出来事を思い出した。
(あ……、貴族の道を塞いだ……。ミリアが、蹴られる)
「ミリア……、ン!」
「ゴナン!」
リカルドの制止も聞かず、ゴナンは思わずミリアの前に飛び出た。結果的に、ゴナンが貴族の一団の前に立ちはだかる格好になっている。
一団の先頭を歩いていた護衛らしい武装の男が、ゴナンをギロリと睨み降ろした。
「おい、何事だ? なぜ我らの道を阻む?」
「……!」
その迫力に一瞬怯むが、ゴナンは目をそらさず応じる。
「……あの、蹴るなら……、ミリアンではなくて、俺……、私を……。げ、下僕、……家来?、の無礼は……、私の責任、なので……」
そうして護衛が蹴りやすいように、腰から剣を外し帽子も脱いで地面に落として、腕を広げるゴナン。衝撃に耐えるために歯を食いしばり目をギュッと閉じる。そのまま、しばしの時が流れた。
と、ここで豪快な笑い声が響く。
「どこぞのご令息か知らぬが、なかなか良い根性をしているではないか」
その穏やかな声音に、ゴナンはそうっと目を開いた。すると目の前に、団の中央にいた貴族らしき初老の男性の顔がある。体格は厳つく、リカルドと同じくらいの長身のようで、背を屈ませて正面からゴナンの顔をじっと見ていた。距離が近い。ぼうぼうと生やした白混じりの蜂蜜色のヒゲが男らしく、羨ましく感じてしまうゴナン。
「しかし、貴殿の下僕が我らの目の前でこけたくらいで、蹴るわけがないだろう? しかもそんなか弱そうな少年を」
「え……、でも……」
そう、心底不思議そうにするゴナンに、その貴族はふう、と呆れたような息をついた。
「どこかで肝のちいせえ大貴族様にでも当たっちまったかな? 困ったもんだ」
「……」
その男性をよく観察すると、ダークウッド侯爵やフランクのような、いかにも貴族階級然とした雰囲気ではなく、豪快な出で立ちだ。高貴な身分には違いなさそうだが、どちらかというとギャングの親玉みたいだな、とゴナンは思ってしまった(ルチカとの二人旅の騒動で、本物のギャングの親玉も見たことがある)。
無言で動かないゴナンに、その豪快な貴族は屈めていた背を伸ばして見下ろしながら訪ねる。
「貴殿は、どこの家のご子息かな?」
「あ……」
答えていいのか悩むも、この場をやり過ごすために頑張って嘘をつくゴナン。
「あの……、フィッシャー男爵家、です……」
「ほお、フィッシャー」
そう聞き、腕を組む豪快貴族。もしや知り合いなのかと、ゴナンは不安げに顔を見上げるが……。
「……まあ、知らんな」
「あ……」
「私は他家とあまり交流を持たぬ人見知りなのだ、気にしないでくれ」
「人見知り……? あ、はい……」
ひとまず蹴られずに済みそうだと思い、ゴナンは背後で尻餅をついたままのミリアに手を差し伸べて立たせ、お尻についた土埃をパンパンとはたき落とす。少し恥ずかしそうにするミリア。ここでゴナンは、ようやく思い出す。
「……『やれやれ、仕方がないな』……」
とかくゴナンが口にすると、魔法のように品格が備わるから不思議だ。その様子をみた豪快貴族はまたがははと笑った。
「本当に仕方のない下僕だ。しっかり躾けておけよ。まあ、例え我らがちびっ子を足蹴にするような狭量な貴族だったとしても、この強そうなミラニアの戦士にずっと睨みを利かせられては、震え上がって何もできないがな」
そう、目線をナイフの方に流す豪快貴族。ナイフは万が一にでも二人が蹴られるなど危害が加えられないように、すぐ飛び出せる体勢を取りながらずっと横で殺気を放っていたのだ。フッと微笑んで警戒を解くナイフ。豪快貴族はニカッと笑った。
「フィッシャー男爵令息よ、もし武官となるに興味があるのなら、面倒を見てやってもよいぞ」
「あ、いえ……。そういうのは……」
「そうか、残念だな」
そうまた笑って立ち去ろうとする豪快貴族。ゴナンは慌てて正礼をした。豪快貴族は軽く右手をあげ、護衛達と共に去って行く。
「なんだか、嵐のようだったな」
そう、一団の後ろ姿を見送りながら呟くリカルド。ナイフは不思議そうに尋ねた。
「リカルド、あなた、よくゴナンを助けに飛び出さなかったわね」
「え? だって、ナイフちゃんが飛び出さなかったから、大丈夫なのかなと思って」
「まあ、そうだけどね」
あの一団を一目見て、道を阻む平民を蹴るような人物には見えなかったため、一先ず様子を見ていたナイフ。リカルドも同じ思いかもしれないが、ゴナンがどう対処するのかを見守りたかったのだ。そんな2人の元へ、ゴナンとミリアが駆け寄ってくる。ミリアは落ち込んだ表情だ。
「ごめんなさい。わたくしが転んでしまったから」
「もう、あんまりキョロキョロしちゃだめよ、ミリア」
ミリアのおでこを指でちょんと小突くナイフ。そしてゴナンに向いた。
「ゴナン、立派な振る舞いだったわよ。まるで本当に、どこかの貴族の跡取りのようだったわ」
「……でも、俺、忘れちゃってて……」
そう言って、シュンとしているミリアの方を見るゴナン。そして口にする。
「『やれやれ、仕方がないな』」
「ふふっ、ほんとね。でも、あなたの“素”の行動も立派だったわよ」
そう微笑み、そしてナイフははっと気づく。
「……そういえば、ルチカの姿がいつの間にか見えないけれど……」
「えっ、また妙なことに口出してるんじゃあ……」
この騒動の隙にまた姿を消したようだ。リカルドも慌てて周辺を探そうとするが、ゴナンがそれを一旦止めた。そして耳を澄ませる。
「……」
「ゴナン?」
「……大体、騒ぎが起こっているところにルチカはいるから……。あ、あっちだ」
2人旅のときの教訓だろう、良い耳で何かしらの騒ぎを聞きつけたゴナン。「よし、行こう」と駆け出し、皆も着いていく。
「あらあら、うちの貴族のご令息っぽい子は、ずいぶん頼もしいわね」
ゴナンに着いていきながら、ナイフはリカルドに声をかける。リカルドは嬉しそうな、少し寂しそうな微笑みだけを返した。
そうして、店の商品にいちゃもんを付けている親父と店員との間を取り持つうちになんだかんだで一触即発の雰囲気になっていたルチカを無事回収し(リカルドがうさんくさい立ち回りでなだめようとしたが逆に火に油を注ぎそうになりつつそれをナイフが納めて)、そのまま国境ゲートの方へと歩みを進めた。
↓次の話↓
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