連載小説「オボステルラ」 【第七章 「西へ、東へ」】 16話「東へ」(5)
16話「東へ」(5)
「川……?」
眼前に広がる景色を観て、ゴナンは思わず疑問を口にせざるを得なかった。
国境ゲート近くまで来た一行は、もちろんゲートをくぐることはせず、「国渡りの橋」を望むことができる展望所まで来ている。
「まあ、これが川なの? まるで、トミノの街やロス島で見た海のようだわ」
ミリアもゴナンと同じ驚きを口にした。対岸はかすんではっきりとは見えず、水面も流れが分からない程に悠々と穏やかに佇んでいる。水は少し濁った青緑色だ。
リカルドが二人に説明する。
「この場所だと、対岸まで1キロメートルくらいあるそうだよ。陸にある国境ゲート同士を繋ぐ『国渡りの橋』はもう少し長くて、1.2キロメートルくらいの長さだね。下流に行くと川幅はもっと広がるようだけど」
「へえ……」
ゴナンは川から、『国渡りの橋』へと視線を移す。石積み作りの堅牢な橋で、川底から立っているであろう柱はアーチ状に連なっている。
「こんなに大きな橋、どうやって作ったんだろう……」
「この橋が出来たのは100年くらい前だね。それまでは木製の橋だったけど、大雨がある度に何度も流されては作り直していたから大変だったそうだよ。それで、衆国の石造りの技術と王国の建築設計技術を組み合わせて、この流されにくい石の橋がつくられたんだ。完成までに1年以上かかったそうだよ」
「へえ……」
展望所には橋の歴史や現在の設計のポイントが書かれた盤が掲げられており、それを熱心に読むゴナン。ルチカもその設計の説明書きをさらっと読む。
「なかなかいい造りだけど、たぶんこの100年、たいした水難がなかったから保ってるんじゃないかな。この川の規模だとちょっとひどい増水が起こったら大変なエネルギーになるから、もうちょっと橋の高さを上げた方がいいし、橋脚の間も開けた方がよさそうだけどな。中の柱は木材? 鉄を柱の中心に骨みたいに出来れば強度は上がりそうだけど、この規模じゃそれだけの鉄を準備するのも大変か。錆びちゃうしね。でも塗装材の工夫で錆を防げれば……」
そう早口でつらつらと話し始めるルチカに、リカルドが瞳を輝かせて「すごいね」「それで、橋桁はどうするんだろう?」などと聴き入っている。ナイフはそんな二人のいつもの様子を含み笑いで見守る。
ミリアは神妙な顔で、橋と国境の川を見つめていた。
(……いよいよ、わたくし、国の外へ出るのね……)
本来は城からも出られない身だ。改めて、自身が遠くに来てしまったことをじっくりと感じている。と、ここでゴナンが荷物から地図を取りだした。
「? どうしたの? ゴナン」
「あ、うん……。場所、見たくて」
そうして、地図を広げてア王国を眺める。王国の西端の上部に北の村。そこから少し下ったところにストネがある。北の村からストネまで一人で歩いた道のりが、ゴナンにとって一番の大冒険だったのに、地図では指先ふたつで測れる程度の距離だ。
(その何倍も何倍も旅して、こんなに、東に来ちゃった……。それで、もっと遠くに行く……)
北の村の生活では『国』というものを意識していなかったため、ぼんやりとであるが、それでも『国境を超える』ということに心が高揚している。ワクワク感と、ほんの少し寂しい気持ちと。
(別に、戻って来れないわけじゃないのに、変だな……)
そう感じてしまうゴナン。この旅程の中で、ア王国が『故国』であるという意識を、少しずつだが持ち始めている証でもあった。
「ゴナン?」
地図をみて黙りこくってしまったゴナンに、ミリアが心配そうに声をかける。ゴナンは地図から目を話さないまま、ぼそりと答えた。
「うん、なんか、すごく遠くまで来たなって、思って……。ア王国って大きいんだな」
「ええ、そうね」
「……ミリアは、こんなに大きな国の……、王女様なんだな。すごいな……」
「……」
そのゴナンの呟きに、ミリアは何も答えたくなかった。
ミリアは言葉を継げず、じっとゴナンの手元の地図を見つめる。
そんなミリアの様子に気づかず、ゴナンは地図から顔を上げ、2人の様子を見守っていたナイフに尋ねた。
「ナイフちゃん。国境を渡るときって、何するの?」
「ええと、国境の検査官?みたいな人がいるのよ。多分、王国軍の軍人だと思うけど。それでいくつか質問に答えて、出国がオッケーだったら、帳簿に記録されて、出国できますよっていう紙をもらうわね」
「へえ……」
「それで橋を渡ったら、こんどは衆国の検査官とまた話して、同じように記録されて、そして紙に入国OKの印を押してもらうの。それで入国完了ね」
「ふうん」
「ここは国で一番大きな国境だけど、あと何ヵ所か同じように橋でつながっている国境があるのよ」
これまで争いがなかった国同士のため、国の境を越えるのもそこまで難しくはない。これが戦時中の帝国との国境だったら、ほぼ渡るのは不可能なため、密入国を図らないといけなかったのだが……。
「でも、犯罪歴があったり、何かのブラックリストに載ってたり、手配がかかっているような人はどちらかの検査官のところで引っかかって出国や入国ができなくなるんだよ」
と、リカルドが横から付け加えてくる。ルチカとの橋談義が終わったようだ。
「だから、ディルは国境警備の人に、怪しい帝国人やゴンベの仲間の可能性がありそうな人物は通さないように依頼をかけるつもりだと言っていたよ。まあ、怪しい奴等が素直に本物の身分証を持っているとは限らないし、流石に黒ずくめで国境を越えようとするとも思えないけどね」
「でも、それだったらわざわざ検査がある橋を渡らなくっても、川を泳いだりしてどこでも渡れるんじゃないの?」
その疑問に、リカルドは笑顔で応じる。
「まあ、とてもうまくやればそうなんだけどね。この川は流れが厄介で、意外に人が渡れるような場所は少ないんだよ。船で渡ると目立つし、人が渡りやすそうな場所は、両国ともきちんと兵が監視している。それでも完璧ではないかもしれないけどね」
「へえ……」
「許可無く国境を越えようとすることは、それだけで罪になってしまうんだ。そもそも、やましいことがなければ、国境ゲートを越えることを厭う必要もないからね」
この国で生まれ育った者にとってはあまりにも常識的な知識だが、それでもリカルドは丁寧に教える。そのリカルドの説明をキラキラとした瞳で聞くゴナン。そして少し緊張した面持ちになった。
「……あ、でも、だったら、俺、大丈夫かな……」
自身が身上を偽っていることを気にしているようだ。リカルドは安心させるように微笑んだ。
「君の身分証は本物なんだから、大丈夫だよ。どちらかというとミリアが気をつけないといけないけどね。国境を渡るときだけは、下僕でも少年剣士でもない『普通のミリア』だからね」
「ええ、そうね。わたくしにかかっているわね」
そのリカルドの忠告に、ミリアはふんと息を吐いた。
↓次の話↓
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