【第三章 了】連載小説「オボステルラ」 18話「彼方星の向こうから」(6)
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18話 「彼方星の向こうから」(6)
リカルドは一旦、自分の考えをまとめるかのように目を閉じたのち、またゆっくり話し始めた。
「……もし仮に、君が何もできなくても、だから君に何の価値もないなんてことはない。君がいてくれるだけで、僕は救われているんだよ。支えられてる。それだけで大きな価値なんだよ。君は、ここに居ていい。ここに居てほしい」
「……」
「僕を支えたいって、そう、思ってくれていたんだね…」
リカルドは少し目を伏せる。
「……僕はね、その、誰かを大切に思うってことが人生で初めてで、その気持ちをどう上手に表現していいかが、いまいち分からない。ずっと君と一緒にいたいし、君に何でも食べさせてあげたいし、君がひどく傷つけられたときは、本当にどうしていいのか分からなくて体が動かなかった…。一番いいものを何だって買ってあげたいんだけど、でも、それをゴナンが嫌がるのも、なぜだかよく分からなくて…」
「…嫌がってるわけじゃないけど…。でも、リカルドに負担をかけたくないんだよ、俺は」
「……」
リカルドは少し頭を抱えて、そしてまたゴナンの方を見た。琥珀の瞳に黒曜石の瞳を合わせる。
「負担なんかじゃないよ、なんていうのかな。無償の愛、みたいな言い方だと大げさかもしれないけど…」
「……」
「……たとえば、ミィちゃん…」
「……」
故郷で死んでしまった、ゴナンの妹の名前。
「ゴナンはミィちゃんの面倒をとてもよく見て、可愛がってあげていたけど、別にゴナンはそれを負担に思ってなかっただろう? 村ではあんなに飢えていたのに、それでも自分の食べ物をミィちゃんにあげてたじゃないか」
「……うん」
「…たぶん、それと、おんなじ感じなんだよ。いや、君を弟にしたいとかではないんだけど…」
「……うん。大丈夫。わかる……」
ゴナンはじっと、リカルドの表情の動きを見ている。
「ミリアとストネで会ったときだって、君はミィちゃんのことを思い出して、躊躇わずあの高価なマルルの実を買ってあげたんでしょ。多分、多分だけど、僕の気持ちは、その感じと、一緒だから…」
「……」
「…君がこれを持ってくれるだけで、僕は嬉しいし、僕の心の支えになる。ゴナンはこれで、スヤスヤとぐっすり眠ってるんだろうなって思ったりしてね。心がほっとなるんだ」
「……うん」
ゴナンは小さく頷いた。そして、まだ少し手を迷わせつつも、寝袋を受け取った。
「……ありがとう。大切に使うよ」
ようやく受け取ってもらえて、リカルドは嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「手入れの仕方も教えておくよ。ちゃんと風を通さないと、カビが生えたりすることもあるから。ゴナンは物持ちが良いから、何十年もこれを使うかもね」
「いいものだから長くずっと使えるよ。リカルドだって……」
そこまで口にして、ゴナンははっと言葉を止めた。定められた寿命で必ず死ぬ、リカルドのユーの呪い。リカルドに残された時間がわずか4年と少しであることはゴナンは知らないが、それでも短命であるということは聞かされている。
リカルドはゴナンの戸惑いを感じて、優しく微笑んだ。
「……僕がいなくなっても、この寝袋を使う度に僕のことを思い出してほしいな。僕はそれが嬉しいよ」
「……うん」
「なんだろう、僕が君を包み込んでいる、みたいな?」
「……そこまでになると、ちょっと暑苦しいな」
「ははっ。そうだね」
チビーのソテーが焦げそうだ。リカルドは互いの皿に肉や野菜をとりながら、少し寂しそうに笑った。ゴナンは皿に目線を落としたまま、呟く。
「……でも、今日のこのご飯のことを、寝袋と一緒に思い出す気がする」
「そう? 特に何をしたってわけでもないのに」
「……」
ゴナンはチビーのソテーをパクリと食べる。そして、少し憮然とした表情をリカルドに向けた。
「……ていうか、卵を手に入れて願いが叶ったら、そんなこと考えなくてもよくなるよ。寝袋だって、リカルドがおじいさんになるまで持てるし、くたくたになるまで使い倒せるし」
「!」
はっとした表情になるリカルド。なぜか、卵のことなどまったく頭の中になかった。
「……ふふっ。そうだったね。僕はそのために、旅をしているんだった」
リカルドは少しだけ目を閉じ、口元に微笑みを浮かべる。
「……まあ、僕は使い倒す前に、タイキさんの新作寝袋を何個も買ってしまうと思うけどね」
そうしてリカルドは楽しそうに笑った。ゴナンも少し笑顔を見せる。そして「そういえば」と、今日ユカリにもらった袋を取り出した。何となく持ってきてしまっていた。
「…これ、何の袋だろうと思ったら、巻いた寝袋にピッタリだ」
「ああ…、なるほどね…。さすが、タイキさんの娘だなあ…。贈り物も気が利いてるね」
今日の出来事を思い出してリカルドはクスリと笑い、そして考えにふける。
(ゴナンはどんな大人になって、どんな人と結婚して、どんな家庭を築いていくんだろうな…)
まだ日が暮れきっていない紅い空、南の方に目を向けるリカルド。
(でも、僕がそれを見ることができるのは、死んでしまった後、彼方星の向こう側からだ…)
彼方星の向こうに彼方の世界があるなんておとぎ話、リカルドは信じてはいない。そして、今、ゴナンに向けているような情こそ、リカルドがその胸に抱くことをずっと避けてきたものだった。でも…。
(…大切だと思える人に情を持つことは、此方への執着や未練なんかの苦しみをもたらすだけでは、ないんだな…)
いざ『その時』が来ても、なるべく苦しみたくない、その一念で、心を冷やし続けながら生きてきたリカルド。
(……彼方の世界にいる自分を想像し、そして大切な人の未来に思いを馳せることが、こんなにも僕の心を穏やかにしてくれるなんて…。『その時』が来ても、たぶん大丈夫。そんな気が、する)
それは、神への祈りにも、託すという想いにも、似ていた。
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その時であった。
まだ日が暮れきらない空、2人の頭上にシルエットが現れた。2つ。
「……あっ!」
2人は思わず立ち上がる。東から西へと飛んで行く影。少し距離があるので、大きさがハッキリとは分からないが……。追おうかとリカルドは立ち上がるが、もうすぐ夕闇、足を止める。
「…巨大鳥かな? 2羽いる?」
「……うん、巨大鳥っぽい、けど……」
ゴナンは目がいい。そのまま、夕日の方角へと飛び去っていくシルエットを、じっと見ている。
「……ゴナン?」
「…あれ…?」
ゴナンは、眉をひそめた。
「…前を飛んでいたのは、巨大鳥だったと思う。俺が最初に村で見た、茶色の髪の女の子も乗ってた」
「そこまで見えるのか、すごいね…」
「けど、後ろの方は…。あれは、あれは何だ…?」
「え?」
ゴナンは、遠のく影を目を凝らしてみている。しかし、夕日の逆光になり見えなくなった。
「ゴナン。『何』って、どういうこと?」
「うん…。なんか、空に揚げる凧のような、機械の翼のような、そんなやつだった。生き物じゃない。それで、ルチカが乗ってた」
「えっ? ルチカ…?」
予想外の名前に驚くリカルド。
「なんか、機械を操って、飛んでるみたいだった。それで、巨大鳥を追いかけてた」
「……」
リカルドは呆然として、2羽、いや、1羽と1機が飛んでいった方角を見つめた。しかし夕日が地平線へと近づきいよいよまぶしく、目を狭める。
「…機械で空を飛んで…。ストネや草原で見かけた2羽目も彼だったのか? ……ああ、そうか。それで、『気流』……」
腑に落ちるリカルド。そのまま、もう姿も見えなくなった空をそのまま眺める。
「…ルチカは、彼は、翼を持っていて、空を飛べるのか…。空の世界は、どんな場所なんだろうな…」
そう口にしたところで、リカルドの意識はすっとゴナンに移った。ゴナンもまた、輝く瞳で、羨みと好奇心の光を宿して、巨大鳥とルチカが飛び去った後をずっと見つめていた。

【第三章 了】
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