連載小説「オボステルラ」 【第七章 「西へ、東へ」】 16話「東へ」(7)
16話「東へ」(7)
と、ここでゴナンがミリアの横に飛び出てきた。その慌て様を見て、ミリアは自身の振る舞いに気づき、そして取り繕った。
「……と、あの、この、ゴナン、様が言って、……おっしゃっていたの……、だぞ」
「ん? 貴殿は先ほどのご令息か。ええと、何だったかな、フェ……、フィ……、なんとか男爵だ。その令息の下僕殿が、随分とご立派な口をきくものだ」
「あ……、『やれやれ、仕方が無いな』」
ゴナンが例の言葉をこまめに挟みながら、ミリアの腕をグッと引いて辺境伯から離し、自身の背後に回らせる。
「先ほど、下僕はちゃんと躾けておけと言っただろう」
「あ、はい……。これから、しつけ、は、します。それで、あの……」
なかなかディルムッドの上から退かないグラン辺境伯を、ゴナンはグッと見据えて言葉を続ける。
「……そ、それ以上ディルがケガをしてしまうと、俺……、私が、困るので、もう、勘弁して、くれたら……」
「ああ? 貴殿に関わりあるのか、このぼんくら男が?」
「はい。あの、私達は、一緒に、衆国に行かないといけない、ので……。ディルを開放してほしい、です」
圧を放ちながらゴナンを睨み上げる辺境伯。しかしゴナンはひるまない。
「あの、まだ、制裁が足りない、なら……。私が、何か、代わりに……」
「……?」
ゴナンの唐突な申し出に、辺境伯は自分の下に敷かれているディルムッドに尋ねた。
「このご令息が今のお主の雇い主ということか?」
「あ、いや、その……」
戸惑うディルムッド。ゴナンが主だと言ってしまえばこの場は収まるのかもしれないが、この乱暴な元・義父は本当にゴナンに制裁を加えてしまうかもしれない。
彼には珍しくなかなか歯切れ良い答えを返さないディルムッドを見、そして自身をじっと見据えてくるゴナンを見て、グラン辺境伯はふん、と息を吐いた。
「……まあ、いい。このフェ……、フォ……、フィッ……ツ?男爵令息の心意気に免じて、この場は収めてやろう」
名前を間違っていることも気にせず、そして収めると言いながらも締めの一発をディルムッドの頬にかまして、ようやくグラン辺境伯はディルムッドの上から降りて立ち上がった。
続いて立ち上がり、気をつけをするディルムッドにゴナンとミリアが駆け寄る。
「ディル、大丈夫? ひどい怪我……」
「大丈夫だ。顔は派手に腫れて見えるだけだよ。気にするな」
「本当に? まるで岩のようなお顔になっているわ」
「ミリア……、ン殿。ご心配なく」
子ども達にまとわりつかれるディルムッドの様子をジロリと観察して、グラン辺境伯は蜂蜜色のぼうぼうのヒゲを撫でながら眉を上げた。
「ふん、天下のショーン兄弟が今やお子様のお守りとは、成り下がったものだな」
「……彼らは『お子様』などではありません。しかし、この身が成り下がったのはその通りです」
つい反論するディルムッド。「んん?」とまた睨んでくる辺境伯に、ディルムッドは再度、ビッと気をつけをする。
「……このような旅の中途であるため、旅程を優先させてしまったのですが、本来ならば私のほうから閣下のもとを訪ね、直接お詫びにうかがうべきところでした」
「おう、その通りだな」
そうしてグラン辺境伯は腕を組む。
「カミラから早馬で便りが届いていたのだ。ディルムッド坊が間もなく、国境街に入ると。もし時間があったら『少しお話でもしてみてはいかが?』と」
「!」
「それで俺は、お前と『お話をする』ために血眼になってお前を捜し回っていたというわけだ」
先ほど辺境伯が国境の方から来ていたのも、ディルムッドが着いていないかを探していたからのようだ。随分と荒々しい『お話』であるが、ディルムッドはそのカミラの意図を察する。グラン辺境伯に無理矢理遭遇させることで、いまだ元義父と直接話ができていなかったディルムッドに、きちんとけじめを付けさせようとしてくれたのだろう。
「……本当に、私にはできすぎた妻でありました」
「全くその通りだ。一生、後悔し続けることだな」
そう吐き捨てると、辺境伯はディルムッドに心配そうに寄り添うゴナンに目を止めた。
「フェ……、フィ……ット?男爵令息よ、心根が優しいのは立派だが、あまり家来を甘やかすではないぞ」
「……え、ディルは、家来なんかじゃ……」
と、ここでゴナンは、自分の振るまいが『貴族らしくない』と咎められたのかと感じ、慌てて続ける。
「……や、やれやれっ、仕方がないな」
「その通りだな。ご令息よ、武官を目指したくなったら、こんな男の下ではなく私を訪ねてくるのだぞ」
そう声をかけて、周りの護衛兵達に帰り支度の指示をするグラン辺境伯。ようやく場が落ち着いたことに、彼らも安堵しているようだ。
ディルムッドはついでのように、辺境伯に小声で尋ねた。
「閣下。『殿下』の件は……」
「殿下? 王太子殿下のことか? 俺は最近は登城どころか辺境領に引きこもりっぱなしだから、近況も何も知らないぞ」
「……」
2年前にカミラと離縁する際、このグラン辺境伯には「ディルムッドが不祥事を起こしショーン家を出る」ことだけが伝えられ、アーロンが殺害されたことまでは知らさられていない(だからこそ、伯のディルムッドへの怒りが大きいままだった)。
ディルムッドはあえて『殿下』と尋ねたが、グラン辺境伯の反応を見るに、アーロンの件もミリア家出の件も何も聞いていない様子だ。
「……いえ、最近のご様子がどうかと気になっただけです。殿下はご健勝に過ごされていることとと思います。それで閣下。我々は衆国へと渡る予定なのですが、もしかしたら無頼の輩が国境を越えようとする可能性があり、その情報の共有をしたいのですが……」
「……詳しく聞こう。国境ゲートで王国軍の連中と一緒に話した方が良さそうだな」
そう応じる辺境伯に頷くディルムッド。そうして辺境伯一団は顔を腫らしたディルムッドを伴って、また国境ゲートへと向かうこととなった。
ようやく騒ぎが収まり、残された一行はしばしぽかんとしていた。リカルドが呟く。
「……まあ、なんとか丸く収まった、ということかな?」
「でもさあ、あのお義父さんに捕まって『国境なんか渡らせるか!』みたいなことにならなくて良かったね。危なかったよね。無事にすんでよかったネ」
「あのぶくぶくに腫れた顔を無事といえるのならね」
ルチカとナイフもそう呟きつつ、なんとなくふう、と安堵の息をついた。
↓次の話↓
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