【第四章 終話】 連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 17話「巨大鳥」(6)
17話「巨大鳥」(6)
【第四章 終話】
「君! ゴナンと一緒に、鳥に乗って逃げろ! 早く! さもないと、捕まって死ぬぞ! ゴナンを頼む!」
リカルドは鳥の少女に向かって、必死に叫んだ。1対6となると、ショーン家歴代最強の騎士かミラニアの戦士でもなければ到底太刀打ちできないが、リカルドは自身が傷を負うことを構わないでよいので、多少は持ち堪えられる。その隙に2人が逃げてくれれば、あとは自身は死んだふりでもしておけば良いのだ。
少女は鳥の方を見た。巨大鳥は、すぐ近くで起こっていることに気も留めず、悠然と水を飲み続けている。そして少女はゴナンを見、流血しながら立ち向かうリカルドを、そして彼にまた攻撃しようと襲いかかる男達を見る。
「……!」
少女は意を決し、リカルドのサポートに戻ろうとしていたゴナンの腕を引っ張ると、そのまま巨大鳥の元へと連れて行く。ミリアと同じくらい小柄で細身な少女だが、力が強い。
「あ、待って。リカルドが…!」
「ゴナン! 僕は大丈夫だから! 鳥に…!」
少女はゴナンをぐいっと鳥の方へと押しやる。そして初めて言葉を発した。
「…急げ! 剣を収めて、そこに、足をかけて。乗ったら、ベルトを腰に」
少しハスキーな、張りのある声。ゴナンは言われるがまま剣を鞘に入れ、鞍へと上る。しかし、鳥は自分が背負う鞍の様子も気に留めず、まだのんびりと水を飲み続けている。
(でも、リカルドが1人になってしまう。荷物は遠くだし…。巨大鳥に泉の向こうまで少し飛んでもらえば、荷物から狼煙を上げられる…。ディルやナイフちゃんさえ来てくれれば、何とかなる…)
ゴナンは少女にそう依頼しようとしたが、はっと思い出した。
(そうだ…! 俺、ミリアが作った赤玉の狼煙を持ってた…!)
お守りにしようとリカルドに提案され、大事に腰袋に入れていた、小さな赤狼煙玉。ゴナンは急いでそれを取り出す。リカルド自慢の『すごい火打ち棒』も、運良くゴナンが持っていた。
(本当に、お守りになった。よかった…!)
ゴナンは、続いて巨大鳥に上ろうとしている少女を止めて、声を掛けた。
「ねえ、ちょっとだけ待って。狼煙を上げるから。これで、仲間が来る」
「?」
そうしてゴナンは、狼煙玉を手に持ったまま火打ち棒で火花を起こす。2度程打つと、ボッと玉に着火した。
(よし…!)
そのままゴナンは燃える狼煙玉を地面に落とした。これで赤煙1本が上がれば、非常事態だと気づき皆が駆けつけてきてくれるはずだ。
が…、その時…。
ボゥン!と大きな音と共に、狼煙玉が激しく爆発した。そして真っ赤な煙がぶわっと吹き出す。その場に居る者が皆、一瞬、赤い煙に包まれた。
「えっ…?」
すると、巨大鳥がその爆発に驚き、「キイィ」と鳴き声を上げた。途端に羽ばたき、すぐに飛び上がる。少女も振り落とし、ゴナン1人だけを乗せて。
リカルドは背後で何が起こったのかを、即座に理解した。
(あれは、ミリアが作った狼煙玉…。なぜ、大爆発…?)
よりにもよって、今、この場でミリアの『引きの悪さ』が発揮されてしまうとは。ゴナンは慌てて、飛び始めた巨大鳥の背を叩く。
「…待って、飛ぶな! ちょっと待って、降りるから。リカルド!」
「ゴナン、僕は大丈夫だから…! ひとまず、逃げて!」
急に飛び上がる巨大鳥へとリカルドは顔を向け、叫んだ。リカルドにとっては、ゴナン1人だけでも逃げられれば、それでよい。卵の在処を聞き出す必要があるから、流石に連中がこの少女を捕らえてもいきなり殺すことはないだろう。そして自分は決して死なない。幸い、爆発した狼煙から赤い煙が上り続けている。自分が粘っている間に、きっとディルムッドやナイフが来てくれる。状況は、幾ばくか良くなったはずだ。
その時…。
「…!」
「あぁっ!」
と少女が声を上げた。もう鳥はかなりの高さまで飛び上がっていたが、ゴナンは目が良い、耳も良い。少女の叫び声の方を見下ろすと…。
「えっ? リカルド…!」
リカルドの胸に、帝国人によって、剣が深々と突き立てられていた。背中まで貫通している。しかしリカルドは斃れず、目の前の光景に怯え叫び声を上げた少女を、男共から未だかばっている。

「リカルド! リカルド…!」
鳥はグングン高度を上げていく。羽ばたく左右のバランスが少し悪いのは、やはり矢傷が影響しているのか。しかしじきに、あの泉のほとりで起こっている騒動の全てが、ゴナンの視力を以てしても見えなくなった。立ち上る赤い煙も、遠ざかるにつれ線となり糸となり、視界から消える。
(リカルド…! 心臓の位置、に、剣が、刺さってた…)
ゴナンは振り落とされないよう鞍の握りをしっかり持ちながら、鳥の背を叩いていた。
「おい、降りろ、さっきの場所に戻れ、おい! 降りろってば!」
しかし、鳥は飛ぶ方向を変えることはない、傷のあるらしい左側を少し傾けるように飛びながらも、グングンと前に、上に、上っていく。
リカルドは寿命までは決して死なないと言っていた。あの強い毒を食らってもすぐに復活していた。「大丈夫」と、いつも言っている。でも、それでも、心臓を刺されても死なないなんてことが、本当にありえるのだろうか?
(リカルド…、大丈夫って、本当に、本当に? あんな…、あんなに、ひどい状態でも?)
自分が少女を守ってしまったから、リカルドが傷を受けてしまった。いや、自分が狼煙玉を持っていることに、もっと早く気付くべきだった。後悔が止まない。ゴナンはぐっと目を閉じ、その念に堪える。そして、あることに気付いた。
(リカルド、まさか、今日が寿命の日…?)
ぐっと、持ち手を握る手の力を強めるゴナン。美しい『火飛ばし』の景色を見て、「彼方星にこの思い出を持っていく」と語っていた、リカルドの表情を思い出した。
(だから、さっき、あんな話を俺にしたの…? ああ、そうだ…。なのに、俺は、自分の気持ちばっかりしゃべって…)
ここで、ぐいぐいと羽ばたいていた鳥の動きが変わった。フッと静かになり、そして羽を広げたままの体勢になる。体の向きが水平に近くなり、揺れもなくなった。
「?」
ゴナンは目を開き、周りを見る。
地面が、とても遠い。眼下には広大な畑が広がっているのが見えるが、それも本当に小さいマス目にしか見えない。ウキの街も見える。家1棟1棟が豆粒のようだ。クラウスマン邸らしき場所も見えたような気がした。
しかし、それも一瞬。
鳥はビュンと、飛ぶスピードを上げる。
目線の高さには空。今日は雲一つない。見下ろす位置に、地平線が見える。大空の中を巨大鳥はものすごい速さで滑空している。
(あ…、これは…)
ゴナンはその時、その鋭い勘で気付いた。巨大鳥が「気流」に乗ったのだと。気流に乗って、次の地域への長距離移動を始めたのだと。
(気流はずっと一つの方向に流れているって習った。一度乗ると一本道…。気流に乗っている限り、戻れない…)
「おい、下りろって、鳥! 俺を降ろせ! そしたら、好きな所に飛んでいっていいから、おい!」
ゴナンはさらに必死に鳥の背を叩くが、鳥は全く動じる様子はなく飛び続ける。もちろん、自分が飛び降りるわけにもいかない。
(…どうしよう…。俺は、どこに行くんだろう…)
ゴナンの「養子」の件で頭がいっぱいだったリカルドは、次に巨大鳥が向かうであろう目的地について、まだ皆と話していなかった。いったいどこに向かっているのか、ゴナンにはまるで分からない。いや、目的地が分かったとて、リカルドが共にいないゴナンにとっては、全てが未開の地なのだ。
もう、ウキの街は遙か遠く、見えなくなってしまった。夢のように楽しかった祭は、まだ昨日のこと。今日の夕方、屋敷に戻ったら先生の授業を受けるはずだった。エドワードが遊びに来てくれるはずだった。ミリアの手をさすってあげないといけないのに。それに、さっきのリカルドとの話。リカルドは何かを言おうとしていた。あれが、リカルドとの最後の会話かもしれないなんて…。
「降ろせよ、降ろせってば…」
声がかれてもなお、ゴナンは鳥の背を叩き続けた。しかし、鳥は止まらない。一面真っ青の青空の中を、気流に乗って、気持ちよさそうに滑空を続けている。羽ばたく必要がなくなり、傷の痛みがないのかもしれない。ゴナンはその背で、無慈悲にも壮大で美しい空が、大地が、流れて行くのを、ただ眺めることしかできなかった。
【第四章 了】
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