連載小説「オボステルラ」 番外編3「お怒りのミリアさん」(1)
番外編3「お怒りのミリアさん」(1)
「ひどいわ! ゴナン」
ミリアはそう叫んで、プンプンと頬を膨らませながらクラウスマン邸へと入ってきた。
ウキの街にある気象学者ジョージ・クラウスマンの館に、一行はお世話になっている。巨大鳥がこの地域に来ると思われるときまで、まだ少し日にちがある。その間、一行は思い思いの時間を過ごしていたのだが…。どうやら、王女様が大層お怒りの様子である。
「ご、ごめん、ミリア…」
「…」
申し訳なさそうに後を追って入ってくるゴナンの謝罪を、しかし、ミリアは受け入れない。お怒りの表情のまま、自室へとぷいと戻ってしまった。
そのあまりもの剣幕に驚いたリカルドとナイフ、ディルムッド。
「えっ? どうしたの、ミリアがあんなに怒るなんて初めて見たよ。しかもゴナンに怒ってる?」
リカルドは廊下で落ち込んだ表情のゴナンに話しかけるが、ふと、その左手にあるものに気付いた。
「…え? 子ネコ?」
ゴナンは左手で子ネコを持っていた。しかも、首根っこをむんずと手荒に掴んでいる。ナイフが慌てて駆け寄り、猫なで声をかけた。
「まあ、かわいい! 真っ白な子ネコちゃん。お目々もキレイな色ね。ゴナン、そんなに雑に持っちゃって…」
そう言ってゴナンから子ネコを受け取り、両手のひらで包むように持った。ネコは警戒しているようで、フーッと言いながら毛を逆立てナイフの手に爪を立てる。
「あ、ナイフちゃん、大丈夫?」
「大丈夫、怖がっているだけよ。この子、庭にいたの? 野良ネコかしら。随分怯えているわね?」
子ネコを目線の高さに持ち上げて子ネコを愛でるナイフ。と、ジョージが書斎から出てきた。
「ああ、この付近は野良ネコが多いんだ。ちょっと前にお腹の大きなネコがウロチョロしていたから、そのネコが出産したかな? 母ネコからはぐれたのかもしれねえな」
「…ねこ…」
と、ゴナンが不思議そうな表情で、その生き物を見ている。リカルドは不思議そうに尋ねた。
「どうしたの、ゴナン? ネコを初めて見たような顔をして」
「……」
戸惑った表情でリカルドを見上げるゴナン。
「……えっ、まさか。本当に初めて?」
「…うん…。見たことない…」
「そうかあ…。ストネでもツマルタでも見なかったかな…?」
どちらの街にもネコがいないということはないだろうが、たまたま、見かけていなかっただけかもしれない。

「それで、ミリアのあの怒りと、この子ネコちゃんが関係あるの?」
ナイフが優しくゴナンに尋ねる。と、マリアーナが、柔らかい布を敷いたカゴを持ってきた。
「あらあら、ナイフちゃん、ひとまずここに入れて。書斎でお話を聞いたら?」
「ありがとう、マリアーナ先生。この子、お水は飲むかしら。まだミルクかしらね? 柔らかい食べ物をつくってみましょっか?」
かわいい子ネコにキャッキャとはしゃぐ女子達。ゴナンは少し落ち込みつつも、そんな2人の様子を不思議そうに見ていた。
* * *
「…子ネコを、食べようとした…?」
書斎でゴナンから話を聞く一同。リカルドは驚いて、つい、大きな声で聞き返してしまった。
「うん…。初めて見た獲物で、簡単に捕まえられたし…」
「…獲物…」
「俺が捕まえたのを見てミリアが喜んでいたから、てっきり、こいつの肉が美味しいのかと思って」
「……」
「持った感じがふにゃふにゃだから、肉も柔らそうだったし。それにこういう生き物って、成体の肉より子どもの肉の方が柔らかいから、贅沢なお肉なのかもしれないって…。ご馳走がとれて喜んでくれたと思ったんだけど…」
「……」
リカルドはナイフを目を見合わせた。そして、脇に置いたカゴの中にいる子ネコを見る。自分達はこれを食べるなんて発想はまったく抱かないが…。
「……ミリアに美味しいお肉を食べさせたくて、ねこが逃げ出さないうちに急いでその場でナイフを出してしめようとしたら、ミリアがひどく叫んで、怒られた」
「その場…。ミリアの目の前で子ネコを…」
いつもならミリアの前ではしめる現場を見せないように努めているゴナンだが、よほど急いでいたのだろう。落ち込むゴナンに、リカルドは優しく教える。
「この生き物はネコといって、ペットとして飼われたり、野良でうろついていてもみんな可愛がったりして、愛玩動物って言うのかな? だから、食べたりすることはほとんどないんだよ。まあ、地域によっては食べる風習がある所もあるかもしれないけど。美味しいかどうかはわからないな」
「ペット…」
「犬とかとおんなじだよ」
「いぬ…」
また、不思議そうにするゴナン。
「あれっ、犬も知らない? お兄さんに野良犬がどうこうって嫌味を…、いや、話をされたことがあるんだけど…」
「?」
ここで言う『お兄さん』は、アドルフではなく、ゴナンの長兄・オズワルドのことだ。しかし、ゴナンが生まれたころからあの村に住み始めたとのことだったから、オズワルドが犬を知っているのは当然と言えば当然か。
「俺、ペットっていうのがよく分からない…。家畜とは違うんだよね?」
「うん、そうだね。家畜は農耕で働いてもらったり、その卵や乳をいただいたり、お肉を食べたりだけど、ペットは家族の一員、というか…。とにかく、一緒に暮らして可愛がるものなんだ。といっても犬は牧羊犬とか門番代わりの番犬とか、人間のために働くこともあるけど、ネコは…、まあ、ネズミを捕ったりすることもあるらしいけど、基本的には働いたりはないかな? 肉は美味しいかどうかは分からないな」
「家族の一員…」
ゴナンはそう呟いて、じっと子ネコを見る。子ネコは逃げ出さないが、まだ人慣れはしていないようだ。働かない生き物を家に迎えるという感覚が、ゴナンにはわからない。
「…それで、ミリアにはちゃんと理由を言ったの? きちんと説明すれば、ミリアは分かってくれると思うけど」
「…いや、でも…。その、女の人にはこういうとき、あんまり言い訳ばっかりすると、逆効果だから…」
「…!」
思わぬゴナンの発言に驚く3人。ゴナンは意外に、故郷では妹のミィや母ユーイに揉まれてきたのかもしれない。
「そういえば、街の女の子達にも懐かれていたし、実はゴナンはあなたより女性の扱いに長けてそうじゃない? リカルド」
ニコリとリカルドに嫌味をいうナイフ。この、人の情緒に鈍感で美醜や色気に興味を持たない黒髪の男は、わりと女性をぞんざいに扱いがちなのだ。リカルドは苦笑いを浮かべる。
「しかし、白ネコ、というのがまた、まずかったかもしれない…」
ディルムッドが子ネコを見ながら、深刻そうに呟く。リカルドは首を傾げた。
「どういうことだろう?」
「…実は、アーロン殿下が成人して間もない頃、城下での公務中に子ネコを拾われ、それを城内で飼われていたのだ。それも美しい白ネコだった。瞳の色もこの子と同じトパーズブルーだったな」
「へえ、王子様が?」
アーロンとは王女ミリアの兄、つまりこの国の王太子だ。約1年前に暴漢の手に遭い悲運の死を遂げたのだが、その事実は未だ公にはされていない。
「…しかも、ミリア様のお名前から取って『ミリー』と名付けて、たいそう可愛がられていた。もちろんミリア様も、『もうお一人』のミリア様も…」
『もうお一人』とは、ミリアの影武者・サリーのことである。
「…アーロン殿下は折に触れ、ミリア様に城外の空気を感じてほしいと仰せだったので、ネコを連れ帰ったのもその一貫だったように思う」
リカルドは「ああ、そうかあ…」と頭を抱える。
「大好きなお兄さんが可愛がっていたのと同じ白ネコを、ゴナンがむんずと掴んで、ナイフを取り出して目の前で調理しようとしたんだから、それはまあ、ショックは受けるかな…」
「……」
そう聞いて、ゴナンはさらに落ち込む。
「…俺がちゃんと、ネコとか犬のことを勉強してれば…」
「いや、それは言っても仕方がないよ。幸い、子ネコは無事だったんだし、ゴナンも『ネコは食べちゃいけない』って学んだんだから、同じことは繰り返さないだろう? それで十分だよ」
そう言って、ゴナンの頭を撫でながら慰めるリカルド。そうして、ナイフの方に目線を送る。
「ナイフちゃん…。ミリアの様子を見てきてもらえるかな?」
「…はいはい、この面子じゃ、私が適任でしょうね…」
ナイフは腕を組み、少し不満そうにしながらも応えた。
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