連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 12話「声」(3)
12話「声」(3)
その2日後。
朝、他の面々は外で朝練や朝食の準備をしていたが、ミリアとエレーネがなかなか遺跡から出てこない。不思議に思っていると、エレーネが神妙な表情で出てきた。
「エレーネ。どうしたの? お寝坊? ミリアの寝癖のお直し中?」
「ナイフ。ミリアがちょっと体調が悪そうで…、その……」
「……、ああ……」
月に一度の「月のもの」の日のようだ。
「…いつもはそんなに重くないようだし、今までも特に体調不良もなかったのだけど、今回は腹痛がとてもきつそうなの」
「そう…。やっぱり、疲れが溜まっていたり身体が冷えてしまったりで、ストレスがかかってしまっているのかしら……。ひとまず、痛み止めを飲んで…。それか一度、街で休んだら? 宿を取って、ベッドで身体を温めた方がよいわよね?」
ナイフのその提案に、エレーネも頷く。
そうして、幌馬車の寝台にミリアを寝せた状態で、ディルムッド、エレーネと共にエルダーリンドへと移動することにした。こういうときに、幌馬車の重装備はかなり役に立つ。
腹痛に苦しむミリアの様子に、心配が隠せないゴナン。
「ミリア……。しっかり……」
「まあ、ゴナン。ありがとう。すぐに治まるものだから、心配しないで」
「う、うん……」
男兄弟の中で育ち、ミィはまだ小さかったので、この辺りがよくわからず必要以上に狼狽えてしまうゴナン。街へと向かう馬車を心配そうに見つめていた。
「ゴナン。病気ではないから大丈夫よ。辛そうだけどね。女の子は大変ね」
ナイフがゴナンに言い聞かせる。
「心配なら、ゴナンも街に看病に行く?」
「……ううん…。大丈夫…。ディルも、エレーネさんもいるし……。俺は、鳥を探す…」
「そうだね。僕らは巨大鳥探しだね。手分けをしよう」
そうして、1人が荷物番、2人が巨大鳥探索で交代で回ったが、この日は巨大鳥を捉えることはできなかった。
そのまま夕方を迎え、遺跡に戻る3人。
「ふふっ。3人だと少し寂しく感じるわね」
焚き火を囲み夕食の時間。例によってゴナンが贅沢にこしらえた野営食だが、少し寂しい。ゴナンはこくりと頷く。
「いつもの感じで、ちょっとたくさん作り過ぎちゃった」
「僕がいっぱい食べるよ。ゴナンが獲ってきたものは、何でも美味しいから」
そう、ニコニコと食を進めるリカルド。相変わらず頑なに、遠くに見える巨大樹には背を向けたままである。その様子を見て、ゴナンははっと思いつきナイフに耳打ちした。
「…ナイフちゃん…。俺、巨大樹の葉を拾って、本に挟んで乾燥させているのを持ってるんだけど…」
「あら、そうなの?」
「……その、例えば……。それをリカルドに食べさせたり、お茶にして飲んでみてもらったりしたら、何か、効き目はないかな…」
「……!」
巨大樹の葉のお茶はお土産でも売られているほどなので、身体に害はないだろうし、そもそもリカルドは毒でも飲ませたって大丈夫な身体だ。ナイフは頷く。
「そうね…。でも、ゴナン。最初は巨大樹の葉だって知らせずに飲ませてみて。わかってたら口にしない可能性もあるから」
ナイフのその助言に頷くゴナン。2人のコソコソ話が気になっている様子のリカルドをよそ目に、葉を持ってきて砕き、お湯に入れてお茶を作った。
「リカルド、これ、とっておきの、野草茶…」
「ゴナンのとっておき? へえ? 美味しそうだなあ」
ゴナン以外の者が差し出したら、「とっておきって、何のお茶?」、「葉の名は? 何がすごいんだろう?」などと訊ねるであろうリカルドだが、ゴナンが差し出すとっておきは無条件で受け入れる。そのままワクワクと口にした。その様子を神妙に見守るゴナンとナイフ。
「……どう?」
「うん、とっても美味しいよ。少し青っぽい風味があって、爽やかで……」
「そう…?」
そのままゴクゴクと美味しそうに飲むリカルド。すぐにお代わりを所望し、もう1杯飲んでいる。そして、自分をじっと見つめる2人の目線に気付いた。
「……ん? どうしたの?」
「…なんだか、身体にパワーが溢れる健康茶らしいわよ。体調に変化はない?」
ナイフがそう、ごまかしながら尋ねる。首を傾げるリカルド。
「ナイフちゃん、お茶の効能って言うのは、即効性はほとんどないものなんだよ。長く愛飲し続けないとね。もちろん、特に何の変化もないけど」
「そう……」
ナイフはゴナンと目を見合わせる。そして、少し様子を見ることにした。リカルドがお茶を飲み、他愛もない話をしながら、数十分が経つ。特にリカルドに変化はないようだ。また、じっと自分を見てくる2人に戸惑うリカルド。
「……だから、どうしたの?」
「体調に変化はない?」
今度はゴナンが尋ねてくる。
「え? また、それ?」
リカルドはうーん、と考える。
「……そ、そうだな……。ああ、何か、ちょっと、変化が……、あるような……?」
「……!」
ゴナンがハッとした表情になる。
「……なんだろう…。なんだか、身体にパワーが溢れてきたような……、気がする、ような?」
「……」
ゴナンに気を遣ってそう答えたようだ。「私に対する答えと随分違うじゃない」と苛立たしい表情になるナイフ。
「……いや、そんなに効果を気にするなんて…。そもそも、僕は毒も薬も効かないんだよ? 薬草茶の効果なんて出るはずないじゃないか。まさか、僕に試しに何か一服、盛ったわけじゃないよね?」
「違うけど…」
ゴナンはナイフを見て頷き、答える。
「それ、巨大樹の葉のお茶なんだけど…。何か、リカルドに変化がないかなと思って……」
「……!」
そう耳にした瞬間、リカルドの顔面が一気に蒼白になった。
「……うっ……!」
リカルドは慌てて立ち上がり、その場を離れる。そして咳き込み、嘔吐した。
「……リカルド…?」
「ちょ、ちょっと! 大丈夫……?」
ゴナンとナイフが駆け寄り、リカルドの背中をさする。激しくえづき、何度吐いても嘔吐が止まらない。まるで、身体の中のもの全てを吐き出そうとしているかのようだ。

「うっ……、うぅ…! ゲホッ、ゲホッ」
「リカルド、リカルド、ごめん……!」
ゴナンが謝りながら、必死にリカルドの背中をさする。リカルドは激しく嘔吐しながらも、泣きそうな表情のゴナンに優しく微笑みかけた。
「……ゴナン…、大丈夫…、だから……。ありがと……う……、うっ、ゲホッ……」
「……」
ひととき、リカルドの嘔吐は続いた。リカルドを介抱しながら、ナイフははっと周囲に意識を巡らせる。
(……また、何か、気配が…?)
しかし、また一瞬だった。それでも用心深く、ナイフは周囲を警戒し続けた。
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