連載小説「オボステルラ」 第六章「彼方に見る」 1話「冬のシャールメールにて」(1)
第六章「彼方に見る」
1話「冬のシャールメールにて」(1)
ア王国、第二の都市・シャールメール。
都市としての歴史は王都アステールよりも古い。もう随分と遠い昔、小さな国が林立していた時代に、シャールメール王国の首都であった場所だ。街の人間の中には「ア王国の発祥の地はシャールメールだ」という思想を持つ者も少なくない。第二都市でありながら、古都としてのひなびた景色も随所で存在感を放っている。加えて、スラムや裏街や花街など、昔からの薄暗い部分も色濃く持つ大都市である。
そんな街中の通りを、マントからブーツまで全身真っ黒の装いに身を包んだ男性が歩いている。色白の肌で、ボサボサの髪もその下に見え隠れする瞳も真っ黒だ。長身だが視線を落とし背を屈めて歩いているため、ひどく縮んで見える。びゅう、と寒風が吹き、黒マントの中でさらに体を縮める。そしてふう、とため息をつきながら、寒空の下、古都の石畳の道をゆっくり踏みしめていた。

やがて、5階建ての大きな石造の建物に入っていく。シャールメールで一番大きな病院である。中では看護師が忙しそうに歩き回っている。それを避けながら、その男、リカルド・シーランスは、病棟の中で一等良い部屋の扉をノックした。煖炉がある部屋のため、中は温かい。
「ゴナン、戻ったよ」
リカルドはぐっと背を伸ばし、極力笑顔を貼り付けながら、その部屋に入った。しかし、その中にいる人物の惨状を見ると、また辛い表情が奥からにじみ出て来る。
「…リカルド…。ゴホッ、ゴホッ…」
「ゴナン、起きなくていいから。ゆっくりして、ね」
ベッドの中で体を起こそうとして咳き込むゴナンに、リカルドは努めて穏やかに声をかけた。ゴナンの咳はひどく激しくなり、そのまま発作のようにゼイゼイ息になる。銀に近い金髪を揺らし、淡い琥珀色の瞳に苦しそうな光を宿すゴナンの背中を、たださすることしかできないリカルド。乱れた病衣の中には、痛々しい蕁麻疹が見える。
* * *
湖畔の街・ローゼンフォードでの『お散歩』騒動から戻ったゴナンとミリアは、それぞれ少し元気を取り戻していた。ゴナンも北の村に帰りたがるような素振りは見せなくなり、ミリアがいい具合に説得してくれたのかとほっと胸をなで下ろしたリカルド。
しかしその翌日に、ゴナンはまた発熱してしまった。高熱だったのでもう2日街に滞在したが、ゴナンが「自分が足止めになっているのが嫌だ」と主張し、ツマルタからの移動の時と同じように、幌馬車に寝たまま運ばれる形でシャールメールへと出発した。移動の5日間のうちに、ゴナンの熱は下がって治っていたのだが…。
(シャールメールの『空気』が、こんなにもゴナンに障るなんて…)
ご飯を全く食べられず、また痩せてしまったゴナンの背中をさすりながら、リカルドは考える。シャールメールに着き、リカルドが借りているアパルトマンの部屋に一緒に入っていたのだが、到着2日後にはまた熱発した。加えて咳がこれまでで一番ひどく、ゼイゼイ息がずっと続く。マリアーナに処方してもらった薬を飲ませて様子を見ていたが、その翌日には全身のあちこちに蕁麻疹ができて、それも痛そうにしていた。熱も驚くほど高い。あまりにも症状がひどいのでリカルドはいても立ってもいられず、病院に入院させたのだ。
例によって大枚をはたき、貴族の子女が使うような最上級個室の病室をとったリカルド。外はすっかり寒いが、煖炉が備えられているため部屋の中は温かい。それでもゴナンは、寒気がすると訴えている。
「失礼、入りますね」
と、ドアの方から声がして、医師がもう1人を伴って入ってきた。
「先生。ゴナンは…」
「ゴナンくんの前に、リカルドさん、あなた、ちゃんと寝ていますか? この部屋は24時間看護つきだから、別にあなたがついていなくても大丈夫なのに」
恐ろしく顔色が悪いリカルドを見て、医師が呆れたように言及する。これも例によって、リカルドは心配の余りゴナンの側を離れられず、昼夜ゴナンにつきっきりなのだ。リカルドは冷たい微笑みを浮かべる。
「僕は多少無理したって大丈夫です。それよりゴナンのことは何か分かりましたか? 何か重篤な病気に罹っていたり…」
「症状を見た結果をもとに、いろいろと検討してみたけどね…。既存の流行病に該当する症状ではなさそうだし、やはり、体力が弱っているか、もしくはあなたから聞いた『街の空気』のせいというのが、一番しっくりくるんですよねえ…。論文や今、調べられる限りの症例を見てもみたけど、ここまでひどい症例は出てこなかったけどね」
「…そうですか…」
その医師の説明を聞き、リカルドは落ち込むように答える。と、医師と一緒に入ってきた男性が、薬をリカルドに渡した。
「ひとまず、マリアーナ先生のレシピ通りにゼイゼイ息の薬と解熱薬を作ってみた。これで多少は楽になると思うよ」
「ありがとうござます」
リカルドが頭を下げたその男性は、マリアーナの研究室時代の弟子に当たる薬師のルシアンだ。この病院に彼が勤めていることが分かって、ゴナンの入院先をここに決めたのだ。
「いえいえ、孤高の存在だと思っていた、あの氷のリカルドくんが、まさかこんな風に少年を連れてやってくるなんて、驚いたよ」
「……」
少し困ったように微笑むリカルド。王都の王立大学に所属していたルシアンはリカルドより4歳年上で、小等部~大学時代のリカルドの様子も知っている。リカルドは飛び級で大学に上がっているので、学生時代は同級生でもあった。
「ああ、悪いね、リカルドくん。戯れ言を…」
「いえ、確かに、つい去年まではずっと1人でしたから…」
「ああ、それと、これは気休め程度ですが、蕁麻疹用の軟膏です。リカルドくんが塗りますか?」
「はい、お預かりします。ありがとうございます」
リカルドは礼を述べ薬を受け取ると、すぐにゴナンの様子に目をやる。無意識に蕁麻疹の場所を掻いてしまうようで、リカルドはそっとその手を取って塞ぐ。そのようなリカルドの甲斐甲斐しい様子や心配そうな表情に、やはり驚きが隠せない様子のルシアン。

「リカルドくん、もし蕁麻疹の痛みが強そうだったら、この痛み止めを。眠気の副作用は強く出るが、良く効くと評判で、ここ数年、一気に出回っている薬なんだ」
「…ああ、ルーベル草ですね、知っています。確か、珍しい銀色の葉の…」
「そうだよ。よく知っているね、マリアーナ先生の所にあったかな?」
「いえ、先生はこの葉をあまり好んでいないようで…。僕は植物学も多少は修めているので、それで」
「ふうん…? まあ、あの先生は調合マニアだからね。1つの薬草単体でこれだけの効果が出る薬なんか、面白くもなんともないんだろうな、ふふっ」
ルシアンはルーベル薬も渡すと、ポンポン、とリカルドの肩に軽く手を添えた。
「看病したいってなら止めはしないが、それで君まで倒れてしまうのは、ことだぞ。ご自愛をね」
「はい…、ありがとうございます…」
恐ろしく顔色が悪いリカルドを心配そうに見ながら、ルシアンは医師と共に部屋をでた。大学ではそこまで交流があったわけではないが、マリアーナと共にたまに面倒を見てくれた先輩だ。相変わらずいい人だな、と思いつつ、ゴナンに話しかける。
「ゴナン、蕁麻疹用の軟膏を塗るから、うつ伏せになって」
「うん…、ゴホッ、ゴホッ」
ゴナンの病衣を一旦脱がせて、うつ伏せに寝てもらう。背中にも何ヵ所か蕁麻疹が出ている。痩せて筋肉の下のあばら骨が浮き出ている背中に、丁寧に薬を塗るリカルド。
「痛み止めも飲む? すごく眠くなる薬のようだけど」
「いや、大丈夫…。最初の時ほど痛くないから…。ゴホッ」
「……」
ずっとゼイゼイ息で辛そうだ。薬を塗り終わり服を着たら、今処方されたゼイゼイ息用の薬を飲んで、またベッドに収まるゴナン。
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