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成瀬レクチャーシリーズ「認識・思考・言語」(4)「天」の視点・「人」の視点 

(↑のつづき)

どの言語でも「人」の視点(主観的な視点)と「天」の視点(客観的な視点)の両方を使って世界を認識しています。

しかし言語によって「人」の視点(主観的視点)を強く持つ言語もあれば、「天」の視点(客観的視点)を強く持つ言語もあります。

日本語は「人」の視点から世界を捉える傾向がきわめて強い言語です。

それに対して

英語は「天」の視点」から世界を捉える傾向がきわめて強い言語です。

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「富士山がみえる」と”I see Mt. Fuji.”

レーシングドライバーが運転席からみている図を、もういちどみてみましょう。

むこうに、富士山がみえていますね。

私たちは、それを日本語で「富士山がみえる」と表現します。

「富士山がみえる」

「私は富士山がみえる」
と「私は~」とつけて表現することはまずないでしょう。

日本語の特徴である「人」の視点からみている光景には「私」自身は見えないからです。

「富士山がみえる」にあたる英語は“I (can) see Mt. Fuji.”です。

“I (can) see Mt. Fuji.”

このように英語には日本語の原文の「富士山がみえる」にない「I(私)」が登場します。

これは「天」の視点からコトを捉えているからです。

「天」の視点をもつ書き手は、I(私)とMt. Fuji(富士山)の2つの実体のあいだにひとつの「コト」(see)があるとして、そのようすを「天」の視点をもちいて表現しているのです。

上のそれぞれの捉え方をイメージ構造図であらわすとすると、次のようになります。

まずは日本語です。

これは「人」の視点からみた現実世界の光景です。

視線の出どころは話し手の目です。

発話者の目の前で何かの「コト」が起こっていいます。

何かが「みえて」いるのです。

その「コト」の補足情報として「富士山が」という情報が付け加えられています。

次は、英語の”I see Mt. Fuji.”のイメージ構造図です。

これは、「天」の視点からみた光景です。

視線の出どころは「I」という実体から離れて天へとのぼっています。

その目には、”I“と”Mt. Fuji”という2つの実体と、seeというその実体のあいだの関係性がみえています。

(つづきは↓)

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