心と言葉の日本語文法(26)日本語文の3つの構造――和・漢・洋(1)
ここからは、新しい章(トピック)です。日本語文のユニークな文構造とその分析をおこないます。
和・漢・洋に対して、それぞれに異なる文法構造を設定する
前の「現代日本語三脚論」の項において私は、現代日本語が和・漢・洋の3本の脚に支えられた言語であることを説明した。
そして、そのうちの一脚でも欠けてしまうと、現代日本語として成り立たなくなると述べた。
さらには、現代日本語のように三脚によって支えられている複合言語は世界でほかに類をみないと述べた。
現代日本語とは、このように複雑かつユニークな言語である。
それがゆえに、現代日本語の文を考察する場合には、複雑でユニークなアプローチが必要となる。
そのため、「心と言葉のグローバル日本語文法」では、和・漢・洋の3本の脚に対して、それぞれに異なる文法構造を設定している。
こうしたアプローチは言語の研究方法として一般的ではないだろう。
だが実践という観点からみると非常に役に立つものである。
そして実際に役に立つ理論こそが良い理論である。
以下では、和・漢・洋のそれぞれの文の構造について説明する。
1. 「和」の文構造
日本人の心のふるさと
「和」の日本語は、日本人の心のふるさとである。
私たちにとって、それは「漢」の日本語の「洋」の日本語のように頭で理解するのではなく、心で感じとることのできる言葉である。
心で感じとることのできる日本語の代表例として、以下に和歌をいくつか挙げておく。
東の 野にかぎろひの 立つ見えて
かへり見すれば 月かたぶきぬ
(柿本人麻呂/万葉集)
いはばしる たるみの上の さわらびの
もえ出づる春に なりにけるかも
(志貴皇子/万葉集)
難波津(なにわづ)に 咲くやこの花 冬ごもり
今は春べと 咲くやこの花
(古今集仮名序)
ひさかたの 光のどけき 春の日に
しず心なく 花の散るらん
(紀友則/古今和歌集)
「もえ出づる春に なりにけるかも」「今は春べと 咲くやこの花」。
こうした表現に心をうたれない日本人はいないのではないだろうか。
「心をうたれる」といっても、漢語でいう「感動」とは違う。
それは、私たちの心に静かに沁みいってくる何かである。
「和」の日本語の世界を通じて、私たちは1500年前の私たちの先祖とほぼ同じ心情を共有することができる。
このようなことができる民族は、世界でもきわめて稀だ。
「和」の日本語は、日本人にとってかけがえのない宝だといってよい。
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