【生き方】 人生には、二つのコンパスがある
「やりたいことは何ですか。」
昔から、この手の質問が苦手だった。
将来の夢も、なりたい職業も、特になかった。好きなことを仕事にしよう。夢を持とう。そんな話を聞くたびに、「そういうものを持っている人もいるんだな」と思っていた。自分には、どうもピンとこなかった。
夢とか職業の目標をすぐ言える人を見ると、自分はなんとなく無気力で何かが欠けているのかもしれないなと思っていた。
仕事は何度か変えている。でも、それは理想の仕事を探し続けた結果ではない。「積極的に、もっと面白い仕事がしたい」と思ったというわけでもない。
むしろ、「ここでは長く生きられない。」と考えて、移動を続けてきた結果という方がしっくりくる。
振り返ってみると、目標といったものはいつもぼんやりしていたが、「ここにはずっといられない」といった感覚だけは、いつも驚くほどはっきりしていた。
そこにいても、自分の努力が何も変えられない。工夫しても前に進んでいる実感がない。自分が成長しているとも思えない。そんな場所にいると、どうしても苦しくなった。だから離れた。
もちろん、いやなところから離れるのは簡単ではない。新しい場所で通用するには、そのつど新しい力が要る。逃げるために、勉強し直したことも、一からやり直したこともある。逃げることは、楽をすることではなかった。
私は「やりたいこと」のために努力した記憶より、「ここでは生きられない」と思った場所を離れるために努力した記憶の方がずっと多い。
最近まで、それを消極的な生き方だと思っていた。本当は夢を持つべきなのに、自分にはそれがない。理想を追いかけられない自分は、なにか大事なところが欠損しているというべきなのかもしれない。
でも、今は少し違う見方をしている。
人生には、二つのコンパスがあるのではないか。
一つは、「あちらへ行きたい」というコンパスだ。夢や憧れ、理想が、人を前へ進ませる。
もう一つは、「ここにはいたくない」というコンパスである。違和感や息苦しさが、人を別の場所へ向かわせる。
世の中では、前者ばかりが語られる。けれど、私のように、後者のコンパスを頼りに歩いてきた人も、きっと少なくないのではなかろうか。
理想を知っていたから前に進めたのではない。自分に合わない場所を、一つずつ知ったから前に進めた。私にとっては、その方が真実に近い。
もし今、「やりたいことが分からない」と悩んでいる人がいるなら、その理想の問いに対して無理に答えを探さなくてもいいのかもしれない。
逆に、いま見えている「私は、今の場所で長く生きていけるのだろうか?」という問いに答えてみてもいいのではなかろうか。
理想は、最初から見えているとは限らない。「これは違う。」その小さな違和感を積み重ねた先で、振り返って初めて、自分がどこへ向かって歩いていたのかが分かることもある。
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