みんな高田純次に憧れているよね?
私もそうだ。
あの適当に生きている感じがよい。
適当なことを言って、場を笑わせて、
責任を背負っていないような顔で生きている。
あの感じに、たぶん憧れている。
本人はこう言っている。
「よく『テキトー』なんて言われますが、
僕自身はそう思ってやってきたことはないんですよ」
テキトーというキャラクターは、
周りが勝手に作った像だ。
本人は別の何かをやっている。
高田純次が自分に課しているルールがあるそうだ。
年をとってからやってはいけないこと、三つ。
「説教」「昔話」「自慢話」。
年をとると、無意識にこれをやってしまう。
私も例外ではない。
正しいことを言わない。
正しそうな顔をしない。
それでも場を壊さない。
こうでないと。
みんな、いつも疲れていると思う。
会社、学校、地域、それこそnoteの中でも。
出世。学歴。見栄。肩書き。副業での成功。
フォロワー数。スキの数。バズったか?
そんなものは気にしていない、
という顔をしながら、かなり気にしている。
数字が伸びれば嬉しいし、反応が薄ければ落ち込む。
それ自体は、別に悪いことではない。
周りからの評価はみんなほしい。
逃げられない。
みんな、どこかで、こんな承認競争から
降りたいと思っている。
でも、降りたところで自分が立っていられる
自信がない。
だから、今日も肩ひじを張る。
その反対側に、高田純次がいるように見える。
勝ち負けの外側にいるように見える。
偉そうにしない。正しそうにしない。
深刻そうにしない。
でも、場を壊さない。
唯一無二の境地の存在。
あの軽さは、
何かものすごく計算して
作り上げたものではないのだろう。
でも、肩ひじ張らないように、
何かを意識的に捨てることで
得られたものかもしれない。
少なくとも、
説教、昔話、自慢話は捨ててる。
捨てた結果、残ったのがエロ話だった、
と本人は笑いながら言っている。
私はしくみノートを書いている。
本業では、プロの顔をして肩ひじを張っている。
役割がある。責任がある。
正しいことを言わなければならない場面がある。
書けないことも、たくさんある。
とても肩がこる。
しくみノートは、
そこからちょっと自由になりたくて
始めたところがある。
題材は自由だ。何を書いてもいい。
ただ、しくみにはこだわっている。
自分でも知りたいからだ。
そして、せっかくなら、
知ってもらいたいという気持ちもある。
しくみにこだわるという点では、
完全には降りていない。
しくみを考えているときには、
それなりに肩ひじ張っている。
正解は出さないようにしているが、
やりきれてはいないようだ。
しくみノートでは、
高田純次が捨てたものと同じものを、
捨てようとはしている。
説教、昔話、自慢話。
高田純次はエロ話が残ったといっている。
私には、しくみが残った、
ということになろうが、
どこかのタイミングで、
エロ話が残る話もするつもりである。
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