【日本自動車博物館】小松でスーパー成金セダンを見た話
わが国には自動車博物館が複数あるが、その中でも特筆した所蔵台数を誇るのが石川県小松市にある日本自動車博物館だ。
常時500台の車両を展示しており、その規模は他の自動車博物館と隔絶している。
車両台数の豊富さだけではなく極めて希少価値の高い車両もあり、車好きにとってはまさに天国のような場所と言っていいと思う。
国道8号小松バイパスの二ツ梨ICからすぐの場所にあり、体験型の観光施設であるゆのくにの森から車で数分の位置でもある。ゆのくにの森は「HASUNOSORA FANTASY」のスタンプラリーにおけるエクストラスポットなので、あわせて訪れるのがオススメだ。
(スタンプラリーは終了したため修正)

実は昨年(令和6年5月)小松を訪れた際、時間が足りなかったことを理由に日本自動車博物館への訪問を見送っていたのだが、その判断は正解だったと思っている。
なぜなら、この博物館は半日居ても時間が足りないほど見応えがある場所だったからだ。
私は正午から午後4時ごろまで居たが、夕方近くになると車の横に置かれた解説文をさらっと読み飛ばしていかないと時間が足りなかった。
今回は数多ある展示車両の中でも、特に印象に残っている「おもしろい車」や「貴重な車」について私なりの感想を付して紹介していこうと思う。

建物そのものは古風な洋館のような形状をしていた。
自動車博物館というだけあって車で訪れることを前提としており、建物の正面に広い駐車場が用意されていた。
駐車スペースに困ることはないだろう。



構造としては三階建てだが、それぞれに中二階のような階層があるため、実質的には6階分に近い展示スペースが設けられている。






(歳がバレそう)

二輪車と同じバーハンドルのものから円形ハンドルのものまで幅広く展示されており、奥に行くほど新しい。


日本軍の軍用車両も展示されていた。
左端のものは戦前に日本軍で使用されたフォードのトラック。

日産レパードには赤灯が装備されていた。
せっかくなら車体は金色にして欲しかったが、その色は手に入らなかったのだろう。
共産圏の自働車

大半が日本車と欧州車だが、なんと共産圏の自動車も一部展示されていた。


くろがね四起

この博物館で最大の目玉は、何と言ってもこのくろがね四起だろう。
本車両は世界にたった四台しか現存していない。
これはその中の1台なのだ。
くろがね四起の正式名称は九五式小型乗用車といい、帝国陸軍の軍用自動車として開発された。
要するにジープのような車両なのだが、なんと本家である米軍のウィリスジープよりも早く実用化されている。

しかし、悲しいかな。
くろがね四起の生産台数はウィリスジープの足元にも及ばなかった。
ウィリスジープは合計で約60万台も生産されたのに対し、くろがね四起の生産台数はわずか4800台程度に過ぎない。
実に100分の1以下だ。
これでは勝てるわけがない。



九四式六輪自動貨車(いすゞ自動車)

こちらも上述した「くろがね四起」と同様に帝国陸軍が使用した軍用自動車の一つで、本邦で保存展示しているのはここだけだ。
民間で使用されていた車両であり、後部の四輪が二輪へと改造されている。
本来の仕様である六輪へとレストアしないのだろうか。


タイムマシン

もはや説明不要の外車だろう。
映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でタイムマシンとして改造され、後に空を飛んだりしていたあの車、DMCデロリアンだ。
みんなが思う空飛ぶクルマというのは、ああいうのを言うんだよ。
決して大型有人ドローンのことではない。



S500とS600

「エスロク」の異名で知られる小型スポーツカー・ホンダS600の存在は有名だ。
もちろん私も知っていたが、その先代としてS500が存在していたことは知らなかった。
両者の外観上の違いはフロントグリルとフロントバンパーの形状のみであり、はっきり言って間違い探しのようなものだった。
遠目で見たら区別などつかないだろう。
とはいえ、S500はわずか500台程度しか生産されなかったそうなので、世に出ている車両の大半はS600の方なのだろう。



バブルカー(ミニカー)
第二次世界大戦後に作られた超小型自動車なのだが、どの車も珍妙な形状をしているため印象深い。
その特徴はやたら小さいことと、その多くがまともなドアを持たないことだ。

戦闘機のような形状をしたこの車は、まさにその戦闘機メーカーだったメッサーシュミットが開発したバブルカーだ。
「ドア」なんていう文明の利器は当然ついておらず、キャノピーを開閉して乗降するという戦闘機そのもののような仕様をしている。
乗員については大人2名と子供1名の合計3名という核家族仕様だ。
昭和30年代から昭和40年代に開発された車のくせに、ベビーブームを通り越して少子化を見越したような設計をしている。
そんなバブルカーたちは少子化の時代を迎える前に終焉を迎えてしまった。


こちらの車はドア自体は付いている。
ただし、ドアが付けられているのは車体正面という素人目に見ても危険そうな仕様だった。
正面にドアが付いている車は他にもあり、BMWイセッタなどが有名だ。
フジキャビン

以前から現物を見たかった国産バブルカーが、このフジキャビンだ。
正面に一灯だけのヘッドライトと流線型の形状がとてもかわいらしい車で、ひと目見たら忘れられないだろう。
実用性はかけらも感じられないが。
なお、フロントガラスのワイパーはなんと手動式だという。
見た目通りの実用性の無さに笑うしかない。

YouTubeでフジキャビンの走行動画を見つけたので、リンクを貼っておく。
消防車

消防車についても複数展示されていたが、中でも目を引いたのは戦前の消防車だ。
消防車というと昭和以降のイメージが強いが、戦前にも消防車は存在したようだ。



とりわけ面白いのが、この昭和11年型のクライスラーダッジLC型の消防車だ。
この消防車、なんと大蔵省印刷局の所属だったのだ。
戦前は消防業務は警察の所管だったが、それとは別に大蔵省印刷局は自前で消防組織を有していたらしい。
大蔵省印刷局といえば現在の国立印刷局の前身組織であり、わが国の紙幣や切手などを印刷する重要な組織だ。
有事に外部の消防組織だけに任せておくには不安があったのかもしれない。


なお、現代でも自前で消防組織を保有している組織はある。
たとえば宗教法人の比叡山延暦寺は自前の消防車と消防組織を有している。
広大な敷地を有して山中に数多くの建物がある延暦寺は、火事が発生してから自治体消防に通報しても消防隊の到着に時間がかかってしまうためだ。
信長公に焼き討ちされたことで火事にトラウマがあるとかいうわけではない。


ロールスロイス シルバースパーⅡ

このロールスロイスは駐日英国大使館から譲り受けたものだそうで、なんとダイアナ妃が乗車されたことがある公用車だったそうだ。
特設スペースに展示されており、車内には献花もされていた。
壁面にはダイアナ妃の写真も飾られており、英国や英国王室への敬意を感じた。


太閤も仰天!?金沢の伝統文化の粋を集めたスーパー成金セダン

この博物館でも屈指の見どころである「くろがね四起」とは別の観点で目を引く車が、この純金箔のゴールドカーだろう。
車体全体に1000枚もの純金箔を貼り付けた成金趣味の権化の如きセダンが展示されていたのだ。
本車両は金沢の伝統工芸である金箔を用いてすべて手作業で製作されており、その製作には金沢市のほかに兼六仏壇店という仏壇店が携わったという。
たしかに現代で最も金箔を使いそうなのは仏壇店なので、適任だったのだろう。

車種はマツダのカペラというセダンで、展示車は平成元年6月以降にマイナーチェンジされたものだという。
製作には8年を要したというので、少なくとも平成9年以降に完成したものだろう。
平成元年といえばバブル経済の真っ只中だ。
バブリーな時代に製作が決定したが、完成したころにはバブルは弾け飛んで不景気になっていたというところか。

日本唯一の金箔車だそうだが、そらそうだろう。
こんなスーパー成金セダンを作るような人が他にいるとは思えない。
こんなものを作らせる人がいたとしたら、それはもう太閤秀吉くらいだろう。
そしてこの車の驚くべきところは、金箔の上にコーティングを施しているため洗車にも耐えられるという点だ。
一応、自動車としての整備性も考慮されている。


ツートンカラーの車体下部は黒く塗られ、そこに加賀友禅の水鳥が描かれている。
金箔に加賀友禅という、まさに金沢の伝統文化の粋を集めたと言っても過言ではないだろう。




右側のコメントに笑ってしまった。
いやいや、趣味が悪いなんてとんでもない。
私はこういう面白いことこそ大好きだ。
真面目でつまらない広報事業に無駄金をかけるよりも、
「全面金箔で覆った車作ってみたわwww」
みたいなノリの方が面白いし話題性にも長けている。
当時の金沢市政は優秀だったのかもしれない。
しかし、中身は完全に金沢の文化伝統の塊なのに、当の金沢ではなく小松で展示されているのは不思議だ。
それこそ安江金箔工芸館にでも展示してあっても良さそうな気がする。
とりあえず、金沢市はこんな珠玉の逸品が小松にあることをもっと広報したほうがいいと思う。

おわりに
文字数等の都合で一部の車しか紹介出来なかったが、この博物館にはこれ以外にも往年の名車が山のようにある。
展示車両は時期によっても多少変更があるようなので、是非一度足を運んでみてほしい。

