河川改修工事の奇跡「小松天満宮」をゆく
水害対策には色々なものがあるが、河川改修工事はその中でも規模が大きなものだ。
浚渫※などの小手先の対策では対処しきれない場合は、河川そのものを拡幅するなどの手段を講じなければならない。
なぜなら河川を大きくして河道容量を増大させなければ、河道容量を超過した水が氾濫して水害の原因となる恐れがあるからだ。
そのため、時には人工河川を掘削して流路を切り替え、元の河川を廃川とする大工事をすることもある。
流路を切り替えられた例としては、琵琶湖へと流入する天井川だった草津川や野洲川などが好例だろう。
(↓天井川や草津川については下記の記事で詳しく書いている)
今回紹介する小松天満宮は、そんな河川改修工事によって姿を変えた(あるいは変えなかったとも言える)奇跡の神社だったのだ。
※浚渫とは、川底に堆積した土砂を取り除き川底を深くする工事のこと。
今回のスタートは北陸道小松IC付近にある小松グリーンホテルだ。
私は今回「蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ」のスタンプラリーに参加するために二泊三日で石川県内を訪れており、初日に宿をとったのが小松グリーンホテルだったのだ。
スタンプラリースポットとなっている松葉屋という和菓子店へ行くにあたり、ちょうど道中にある小松天満宮へ参拝へ行っておこうと思ったのがきっかけだった。
地図を見るとこれらの位置関係がわかりやすいだろう。
そして何よりも、この地図を見ただけでこの神社が只者ではないことがわかる。

なんだこれは。

河川の中に川幅の半分を占める大きさの小さな島があり、その中に神社が建っていたのだ。
島の形や大きさなどからして人工的に整備されたような雰囲気はあるが、地図を見ただけでは詳細は分からない。
調べたらすぐに分かることだったかもしれないが、あいにく調べる時間がなかったため事前情報なしで当日を迎えることとなった。

綺麗に整備された道路橋によって神社側へと渡る。
橋や周辺の整備状況から鑑みるに、かなり近年に整備されたのは間違いなかった。


島の対岸も堤防だが、この島の周囲も堤防として設計されているようであり、神社や駐車場がある場所は一段低く作られていた。

二つある石鳥居を抜けたところが角になっており、参道は左へと進路を変えている。

参道を進むと左手には社務所があり、御朱印等の受付をしている。
参道はこの先を突き当たりまで行ったところで再び右折し、神門をくぐり社殿まで続いている。
私も御朱印をいただくために社務所へ立ち寄ると、なぜこの神社が島の中にあるのかという謎についての解説が掲示されていた。
簡単に言うと、この神社は河川改修工事による川幅拡幅のため移築されるはずだったところ、河川内に人工島を造成するという手法によって移築を免れたというものだったのだ。

社務所内にある切り抜き資料を見ると一目瞭然で、梯川に面した神社が陸地から切り離されて川の中に取り残されていることがよく分かる。
厳密に言うと陸地側に分水路という水の通り道を作ることにより、神社の境内のみを浮島としている。

それでは、なぜこのような大掛かりな工事をしてまでこの神社を移転させなかったのか。
その理由は、
小松天満宮の位置が極めて緻密に計算されて選定されたもの
であり、
この位置で造営されたこと自体に重大な意義があった
ためだ。
その理由は、主に次の3つによる。
【理由1】
創建した前田利常公が在城した小松城、金沢城、守山城を一直線に結んでおり、また小松城の鬼門方向かつ金沢城の裏鬼門にもあたるため。※
※鬼門とは北東方向のことをいい、裏鬼門とは南西方向(鬼門とは真逆の方向)のことを指す。
【理由2】
七夕の日の出の際に、日光が東参道から鳥居を通り本殿へと差し込むように設計されているため。
【理由3】
冬至の日の出の際に、日光が神門を通り本殿へと差し込むように設計されているため。
理由1だけなら、これを一直線に結ぶ別の場所へ移転することも不可能ではなかっただろう。
しかし、理由2と3における特定の日における日光の差し込む位置までをも調整することは至難の業だ。
また、境内にある神門や社殿が重要文化財に指定されていることも移築を困難にした理由の一つだった。
なお、北陸新幹線の高架橋がこれらの日光を妨げるのではないかということが危惧されていたそうだが、杞憂に終わったらしい。
さしものJRも神罰が下ることを恐れたのだろうか。
小松天満宮が新幹線の建設にいかなる影響を与えたのかは寡聞にして知らないが、これが守られてよかったと思う。



参道は北斗七星の形状をしている






神門前にある願掛け撫で牛は、願い事をしながら撫でると願いを叶えてくれるご利益があるという。
近くには由緒書があった。







常夜灯と思しき石灯籠が置かれていたが、上部構造物が取り除かれていた。
取り除かれた上部構造物は敷地の端に置かれており、破損していたところをみるに能登半島地震の際などに落下したのではないだろうか。

(追記)
Twitter上で小松天満宮の公式アカウント様からご回答をいただくことが出来た。
やはり石灯籠は能登半島地震の際に倒壊したものであり、復旧しても再度倒壊する虞があることから取り外したままにしているとのことだった。
詳細にまとめて下さり、ありがとうございます。
— 小松天満宮(天神さん) (@komatsutenmangu) November 24, 2025
石灯籠の上部は、昨年の能登半島地震で倒壊した後に復旧してもまた倒壊する虞がある為にそのままにしております🙇 https://t.co/jA8tO7KLWC
※この記事は、ツイートの引用元にある当初の記事を改稿して書いたもの。


先の神門をはじめ拝殿及び本殿などは江戸時代の建造物としていずれも重要文化財に指定されており、建築物としても非常に見応えがある。








いかがだったろうか。
人工島を造成することで移転を免れた神社など、日本全国でもこの小松天満宮ただ一か所のみだ。
非常によく考えられた立地の当神社は紛うことなきパワースポットであり、また文化財としての価値も高いことから、小松でも屈指の観光名所だと言っていいだろう。
小松を訪れた際は、是非とも足を運んで参拝してほしい。
