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毎日不幸とかウケる。ウズベキスタン珍道中【第10話】~ガチで飛行機乗り遅れて草すら生えない~

※本作品は全10話の連載エッセイです。ぜひ第1話からお楽しみください。
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韓国で選択肢をことごとく間違える

出発まですったもんだあった今回のフライト。
帰りの便は【タシケント空港→韓国・仁川空港】、途中韓国で鉄道を使った空港間移動を挟み【韓国・金浦空港→羽田空港】で帰国するルートを組んでいた。

韓国でのトランジットは7時間半の予定だ。せっかくなので韓国観光でもしようか、と街歩きプランもいくつか考えていた。
しかし先述の理由で、仁川空港への到着は昼近くになってしまっていた。もう韓国観光をしている時間は無いだろう。

しかも今回は空港間移動があるため、一度韓国に入国しなければならない。そこから空港鉄道を使って金浦空港に向かう訳だが、細かいところで言うとSES登録やWOWPASSの手続きなど、仁川空港ではやることがたくさん控えていた。そんなことに頭を巡らせていると、豚山が飛行機を降りてすぐに「トイレに行きたい」と言い出した。「え?今!?」と思ったが、生理現象なので仕方ない。
すぐに終わるだろうとトイレ前で待つも、豚山はなかなか出て来なかった。同じ飛行機に乗っていた人たちは全員降りたらしく、私の前を通る乗客はもう1人もいなくなっていた。
今思い返せば、このあたりから運命の歯車は狂い始めていたのだ。


数分後、スッキリした顔で出てきた豚山。急いで入国審査のエリアへと向かう。
ここで本来の予定通り、SES登録センターへ行くべきだった。SES登録とは韓国の自動出入国システムのことで、これに登録すると専用の自動ゲートからスムーズに入国可能となる、めちゃくちゃ便利な制度だ。
しかしざっと見渡した限り、SESの文字はどこにも見当たらない。目の前では入国審査の外国人レーンに既に長蛇の列が出来ていた。同じ飛行機に乗っていた人もその列に並んでおり、出遅れていた私たちは焦ってその列に並んでしまったのだ。

そこから待てど暮らせど列は進まず…。この辺りでもう一度SES登録センターを探す努力をすれば良かったのだろう。だが途中で列を出ることに気が引け、結局1時間も並び続けてしまったのだ。
そうしてようやく韓国入国。大急ぎで空港鉄道A’REXへと向かった。


狂人豚山

本来の予定では韓国で観光するはずだったため、日本にいる時に、韓国版suicaのような位置付けの”WOWPASSカード”を予約していた。カード発行料は既に支払い済みなので、WOWPASSカードの受け取りだけしようと空港内のコンビニCUへと立ち寄ることに。
下調べした記憶では、到着ロビーを出て左にあるCU2号店で受け取れるはずだ。右には同じ系列のCU3号店があるが、そちらは違う。

するとあろうことか、豚山が右方向へ曲がろうとしているではないか。
「そっちじゃなくて左のほうの2号店じゃないと受け取れないよ!」
慌てて叫ぶ。しかし豚山は「コンビニなんて全部一緒でしょ~」とそのまま右の3号店へと行ってしまった。
しばらくすると「お店の人に違うって言われた~」と戻って来た。だからさっきからそう伝えているではないか。
「受け取りは2号店じゃないと確かダメなんだよ。とりあえずカードだけ貰って、そのあとの設定はもう時間が無いから無理。移動は1回券を使おう」と言った。そう、私は言ったのだ

ところが豚山は2号店でWOWPASSカードを受け取るや否や、破るように袋を開封し、そのまま設定を始めようとするではないか。いやなんで?今話したこと聞いてた?
WOWPASSに夢中の豚山を止めようとするも「嫌だ、やりたい」の一点張り。どうしてもWOWPASSを使って電車に乗りたいと主張するのだ。こうなるともうお手上げだ。何を言っても聞かない。

仕方なく私も袋を開封し、設定を開始した。そうは言っても急げばまだなんとかなるだろう。その時の私はそう思っていた。
だが、ここで事故が起きる。スマホでの設定画面に気を取られている間に、2人のWOWPASSカードが入れ替わってしまったのだ。割り振られた番号と設定しようとしている番号が交錯し、スマホの画面にエラーの表示が出る。
さすがにもうだめだ。
「WOWPASSは諦めよう?ね?1回券にしよう?」と言う私を置いて、豚山は再びCUへと走り出した。1回券で電車に乗る選択肢は無いらしい。

WOWPASSの機械が併設されたCU3号店には、専属のスタッフが常駐していた。大学生くらいの男の子で、驚くほど日本語が流暢な人だった。
私があとから追いかけると、豚山がお兄さんを捕まえて思い切り日本語で状況を説明している。こんな頭がおかしい人を相手に、お兄さんは親切丁寧に問題を解決してくれた。本当に感謝しかない。

空港鉄道の改札に急ぐと、豚山がWOWPASSのスマホ画面を見ながら再び素っ頓狂な声を上げた。
「またおかしくなってる!!」
死んだような顔になる私。おかしいのはあんただよ…
ここでようやくWOWPASSを諦める、という選択は受け入れられた。

1回券を購入し、空港鉄道に乗車。
「いい?降りたら大急ぎで行くよ。マジで時間ヤバいから」
車内で私が事の重大さを伝えるが、豚山は「わかったわかった」と何処吹く風。

そして電車は金浦空港駅に到着。
急いで空港カウンターに向かう。が遠い!!
ようやくの思いで空港カウンターに辿り着くと、窓口のスタッフから悲しい事実が伝えられた。
チェックインは先ほど終わってしまいました


ま?

私は人生でこの言葉を聞いたことが無い。思わず「え?」と聞き返すと、
5分前にこの便のチェックインは終わってしまったんです
ごごご5分。そんなギリギリの戦いだったのか…

私たちの登場で、カウンターのスタッフは明らかに慌ただしくなっていた。強めの韓国語でやり取りする様子を見て不安になり、豚山に「これもう飛行機に乗れないってことなのかな?」と話しかけると「大丈夫でしょ」と返ってきた。
大丈夫…では無さそうなのだが。どう見ても。
「いやでも無理っぽくない?」
「乗れないってことは無いでしょ、お金払ってるんだから」
そうか?そうなのか?私これ乗れないような気がするんだけども。

しばらくすると、スタッフ間のやり取りを終えた窓口のお姉さんが私たちに告げた。
「システムが締め切られてしまったので、やはりご搭乗いただくことは出来ません

おわた。おわたよ。\(^o^)/

するとここで豚山が初めて焦りだした。
え?乗れないんですか?そもそも乗り継ぎの飛行機が遅延していたんですよ?本来であれば間に合っていたはずなのに、最初のフライトが大幅に遅延したから私たちはここに来るのが遅れてしまったんです」

スゲェなこいつ。トイレの話とかWOWPASSの話すっ飛ばして、それだけで勝負する気なのか。
この主張を聞いて、再びスタッフ間のやり取りが始まった。窓口のお姉さんは、深刻な顔をしてどこかに電話を掛けている。
どうしよう…めちゃくちゃ迷惑掛けてる…

待っている間、自分が失敗したすべてのことを思い出していた。
やはりあの時外国人レーンに並ばずにSES登録センターを探すべきだった。
あの時WOWPASSカードを奪い取ってでも1回券で空港鉄道に飛び乗るべきだった。
遅れるとわかった段階ですぐに航空会社に連絡を入れるべきだった。
あの時…あの時…
初めての失態に大混乱していると、隣にいた豚山が信じられない一言を放った。

ま、ゴンチャでも飲む?

私たちの後方に確かにゴンチャの店舗があった。そして私はゴンチャが大好きだ。
でーもー!今じゃないよね?今それおかしいよね?
この時の私は世界一冷たい目をしていたと思う。

毎日のようにちょっとした不幸があった今回の旅。
2日目の「ホテルの予約が取れていない」がトップを飾ったまま終わるかと思われていたが、最終日の「飛行機に乗り遅れる」が鮮やかに塗り替えた。
めちゃくちゃいろんな人に迷惑を掛けてしまっているし、今回は全然笑えない。本当の不幸である。

結局、航空会社の皆さんのご厚意で4時間後の別便に振り替えていただき、無事日本に帰れることとなった。ご迷惑を掛けてしまったお詫びと、振替便を手配していただいたお礼を丁寧に告げ、大迷惑な粗大ゴミ2名はその場を後にした。


「4時間韓国観光出来ちゃうね~!」
隣を歩く豚山から、どの口が言う?というセリフが飛び出す。
同じ外国人レーンに並んでいた人たちは無事乗り継げていることを考えると、やはり最大の原因はWOWPASSのアレだろう。あそこで私たちは40分くらいあーだこーだやっていた。

気分は完全に沈んだままだが、落ち込んでいても仕方がないので気持ちを切り替え、韓国料理を食べたり、ロッテモールに行ったりして束の間の韓国時間を過ごした。なし崩し的にゴンチャも飲んだ。

のんだ

そして20時。私たちを乗せた飛行機は、定刻通りに韓国・金浦空港を出発し、無事羽田空港へと到着した。
家に着いたのは0時を少し回った頃だった。
長い、長い、長い、ウズベキスタン旅がようやく幕を閉じた。
9日間の旅程であったが、不幸のオンパレードのせいか体感的には20日間くらい旅していたような、そんな濃厚な日々であった。

私は豚山とのこの豊満な日々を「ウズベキスタン珍道中」と名付けた。


◇ ◇ ◇


あとがき

こうして9日間を振り返り、撮影した写真を眺めていると、思い出すのは現地の人々の人懐っこさと、建築の素晴らしさだ。
現代にこんなにも素直で穢れの無い人たちがいるのか、と心洗われる場面が何度もあった。
特に「ハロー!ハロー!」と言ってこちらに走ってくる子供たち。カメラを向けると照れながらポーズを取ってくれたあの姿は、今思い出しても胸がときめいてしまう。

そして、ウズベキスタンにおける建築の素晴らしさ。
日本の建築に勝るものは無いと信じていたが、リアルで見たイスラム建築は本当に美しく感動的であった。繊細さと大胆さ、西洋風と東洋風、そういった一見相反する要素が見事なバランスで調和しているのだ。
街を歩いていると、この国の人たちは色彩センスが異常に良いと感じることが多々あった。意図しているというよりも、本能的なセンスの良さ。
ヨーロッパの街歩きをした時も似たような感覚を抱いたことがあるが、ウズベキスタンはそれとはまた違う、なんだかとんでもない原石を見つけてしまったかのような、そんな興奮を覚えた。

おそらくこの国は、これからもの凄い勢いで発展していくだろう。かつての日本がそうであったように。
その発展が私の思うウズベキスタンの魅力にどう影響を与えるのかと考えると、なぜか一抹の寂しさを覚える。
ウズベキスタンは、あの純朴さが良いのだ。

西暦2026年。私が旅したウズベキスタンは1980年代の世界だった。



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