夏祭りの日、まちは学び場になっていた
昨日の予告記事で、多摩センターの面白さベスト10を書いた。その中の一つ、「季節のイベントがある」を、実際に確かめに行った。
落合・ふるさと夏祭りと、諏訪のイベント。両方を歩いて、印象的な光景に出会った。
「スマホ講座 高校生が教えます」
手作りの看板の前で、高校生がおばあさんにスマートフォンの使い方を教えていた。
見ていると、簡単な作業じゃなかった。スマートウォッチとの連携がうまくいかず、まず型番を調べるところから始まっていた。試行錯誤しながら、おばあさんの話を聞きながら、少しずつ設定を進めていく。
時間はかかった。でも、できたときの達成感はすごかった。おばあさんも、「話せてよかった。やってもらえて嬉しかった」と言ってくれた。
作業ができるかどうかより、その時間そのものに意味があったんだと思う。試行錯誤する姿を見せること、話を聞くこと、一緒に困りながら答えを見つけること。マニュアル通りにはいかない現場で、生きた学びが起きていた。

中学生も、自分たちで工夫していた
別のテントでは、中学生たちがダーツの出店を運営していた。
手作りの看板にルールと値段。誰かに言われたからじゃなく、自分たちで会場を回り、声を出して集客していた。お客さんが投げるたびに、盛り上げたり、一緒に楽しんだりしている。
小さな出店だけど、企画も、運営も、接客も、全部自分たちでやっていた。
さらに別の場所では、中学生たちが自分たちで企画した借り物競走をしていた。想定と違う状況が次々に起きて、右往左往しながらも、会場にアナウンスしたり、その場で変化に対応したりしていた。
正直、うまくできていたかどうかはわからない。でも、必死に考えて、動いていた。その姿が、一番印象に残った。
まちの一員として一緒につくる経験
諏訪のイベントでは、高校生たちがフランクフルトの出店をしていた。
真夏の暑さの中、汗をかきながら接客する姿があった。周りの大人の出店者たちからも、好意的な声が上がっていた。バイトとは違う、まちの中で関わり、学ぶ姿勢を評価する声だった。
お金をもらって働くのとは違う。まちの一員として、その場を一緒につくっている感覚。それが、周りの大人にも伝わっていた。
現場の先生から聞いた、率直な声
一方で、引率していた先生からは、正直な話も聞いた。
「こういう時間や機会を、もっと増やしたい。でも、日常業務や部活指導の合間になりがちで」
理想と現実の間にある、リアルな課題だった。まちを学び場にする、という考え方に共感してくれる先生は多い。でも、それを実現するための時間や体制は、まだ十分に整っていない。
この課題こそ、外部から関われる私のような立場が、埋めていく部分なんだと思う。
まちが、学び場になる瞬間
以前書いた「まちで学び合う理由」は、こういう瞬間のことだったんだと、改めて思った。
教室では起きない試行錯誤。マニュアルにない対応。世代を超えた対話。まちの大人からの評価。その全部が、夏祭りという日常のイベントの中に、当たり前のようにあった。
同時に、それを支える先生たちの時間が足りていない、という現実も見えた。
50年前の理想が骨格として残っているまちで、今、こうして新しい世代が学び合っている。その学びを支える仕組みを、もっと厚くしていきたい。
7月25日、アド街ック天国で紹介されるのは、きっとこのまちの「表側」だ。でも私が見てきたのは、こういう「裏側」の温もりと胎動、そしてその裏にある課題だった。
→ 「どこのまちにも見えてくる面白さがある。それがテレビに映る日」
→ 「危機的な数字を反転させるために、まちを学び場にしたい」
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ニシムラ/まちを学び場にしたい
地域が学びのフィールドになる仕組みを、自治体・学校・地域事業者と一緒につくっています。元多摩市役所職員(12年)。まちづくり・ふるさと納税・探究学習を一本の思想でつなぎ、2030年の学習指導要領改訂を見据えて実践中。探究学習アドバイザー、講演活動なども。
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→ @machi_manabi
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