【第6回】『なぜ彼女は東京から高知へ来てくれたのか』――友達が宿にお金を払って泊まりに来てくれた3泊4日の記録
東京の北区に住んでいた頃から、もう5年ほど親交のあるママ友家族がいる。 私が何かイベントを立ち上げるときは全力で応援してくれ、彼女が頑張るときは私も応援し、時には一緒に飲みに行っていろんな話をしてきた大切な友人だ。
その彼女が、子どもを連れて高知・須崎の私の宿に遊びに来てくれた。
驚いたのは、彼女が当たり前のように「宿泊代」を払って泊まってくれたことだ。 「友達なんだから安くしてよ」なんて値引き交渉は一切ない。友達だからこそ、私が始めた挑戦に対して正当な対価を払い、応援の気持ちを形で示してくれたのだ。そのお返しとして、私にできることは何か。
高知の魅力、そしてこの街で出会った最高の仲間たちの存在を知ってほしい。平均宿泊数よりも長い「3泊4日」という貴重な時間をどうコーディネートするか、私は本気で頭をねじり、時間のパズルを組み立て始めた。
### 1日目・2日目:人の繋がりが奇跡を起こした「海と川のダブルヘッダー」
初日は移動でゆったりと過ぎ、勝負の2日目。 小学5年生の男の子が「釣りがしたい!」と言っていたので、船のチャーターを考えた。須崎の「釣りガール」に相談すると、本来は4人乗りで8万円の船を、彼女や船長が他に同乗者を探してくれて、最終的に1人あたり2万円にまで抑えてくれた。
それだけではない。彼女は自身がスポンサーを受けているプロのタックル(釣り道具一式)を全員分用意してくれたのだ。素人の私たちにとって、手ぶらでプロの道具を使わせてもらえることがどれほどありがたいか。
さらに、移住NPO法人のInstagramで奇跡的なタイミングで「小学生向けの川遊びイベント」を見つけた。 船釣りは5年生の男の子、下の子は川遊びへ。水鉄砲を作り、小魚を釣り、その場で焼いて食べる。東京の子どもたちにとって、刺激的な夏の体験になったはずだ。
夕方、釣った魚を抱えて、私が普段から通っている「食べ物持ち込み無料のソーシャルバー」へ向かう。他のお客さんたちと釣果を分け合い、一緒に笑いながら食べる。そこには、単なる「旅行客と現地の人」ではなく、街の輪に自然と混ざり合う温かい時間があった。


### 3日目:泥にまみれ、皿鉢(さわち)を囲む「高知の日常」
3日目の朝、棚田の草抜きイベントがあることを伝えると、彼女たちは快く参加してくれた。 7月の日差しは容赦なく、日頃使わない筋肉を使って早々にバテてしまったけれど、裸足で田んぼに入った感覚、カエルやトカゲとの遭遇、水路の冷たい水で泥を洗い流すあの感触。きっと子どもたちの記憶に強く刻まれたはずだ。
午後は少し足を伸ばして四国カルストへドライブ。だが、これは少し反省点だった。 須崎から片道90分。山道で子どもが車酔いしてしまい、夜の予定を考えるとゆっくり散策する時間が取れなかった。車窓からの景色で終わってしまい、申し訳なさが残る。 けれど、その後の夜の賑やかさが、そんな疲れを吹き飛ばしてくれた。宿に戻って少し休むと、子どもたちはすぐに元気を取り戻し、これから始まる宴会への期待で目を輝かせ始めたのだ。失敗もまた、旅の忘れられない彩りの一つになった気がした。
宿に帰り、子どもたちを休ませつつ、昨日釣って残しておいた魚を彼女が手際よく捌いてくれる。東京でも魚をさばけるママ友として頼もしかった彼女の姿が、高知の台所でも再現されるのが嬉しくて、私は子どもと遊んだり準備を手伝ったりしながらその様子を眺めていた。
そして夜、この旅のハイライトである「おきゃく(高知の宴会文化)」が始まった。
「高知1年生」の私は、どこで皿鉢料理を頼めばいいかも分からなかったが、ソーシャルバーの店主が親身に教えてくれ、予算感やお店の手配、酒屋として土佐の美味しいお酒まで完璧に整えてくれた。
机いっぱいに広がる、刺身や揚げ物、お寿司が豪快に盛り付けられた大きな皿鉢料理。そして、土佐の酒。 須崎の人から見れば、私より10歳以上若い女性が子どもを連れて泊まりに来ているのだから、「一体どういう関係なんだろう?」と最初は不思議だったかもしれない。だが、『高知1年生の私の、東京の大切な友達なんです』と紹介すると、土佐の人たち特有のあたたかな懐の深さで、あっという間に彼女たちを輪の中に迎え入れてくれた。
宴が深まった頃、地元の人が「子どもたちに」と手持ち花火を持ってきてくれた。 夜の須崎で、東京の子どもたちと高知の大人が一緒になって花火の火を覗き込み、パチパチとはじける光を笑顔で見つめている。そこには「もてなす側」と「客」の境界線なんてすっかり消えていて、ただ温かい一つの家族のような一体感が生まれていた。



### 東京から、なぜわざわざ高知なのか
綺麗な山、川、海、美味しい食べ物なら、関東近郊にもいくらでもある。 移動時間も費用もかかる高知に、どうして彼女は来てくれたのだろうか。
ただ「見るだけ」の観光なら、関東近郊のほうが安くて便利かもしれない。 けれど、私が今回提供できたのは、看板だけの観光地ではなく「そこに生きる人たちの温かさ」と「泥くさい体験」そのものだった。
旅の終わり、駅での別れ際。 たった4日間の旅だったが、すっかり仲良くなった2つの家族の子どもたちが「まだ一緒にいたい!帰りたくない!」と名残惜しそうに手をつないでいた。
年齢も普段住んでいる場所も違う子どもたちをここまで深く繋いでくれたのは、間違いなく高知の雄大な自然と、そこで一緒に汗をかいた本物の体験が媒介になってくれたからだ。その子どもたちの笑顔と惜しむ声を見て、私の中で胸が熱くなった。
私の命題である「東京の人に、地方のリアルな面白さを知ってもらうこと」。 その媒介(ハブ)としての役割を、私は少しでも果たせただろうか。
「また高知に行きたい。次はもっと長くいたいな」 帰り際、友人が真っ直ぐな目でそう言ってくれた。子どもたちの最高の表情と、その言葉。その答え合わせは、きっと来年以降に届くのだと思う。
