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【言語学】「推し」と「担当」【お笑い】

おさらい

 先日、「推し」に関する考察を投稿した。

 過去に自身のことを「『推し』ではない」ではないという状態にまで引き上げ、「推し活」を消費学から検討した経緯があり、先日は「推し」「推され」という二面性を考察した。

 そして「推し」という語が普及した背景には、わたしの主体性の獲得があるのではないかという一定の結論を得られた。

 今回は課題となっていた、「推し活」をしているわたし自身の呼称について改めて考えてみたいと思う。




「推し活」をする人々

 掲題の人々を、読者の皆さんはなんと呼ぶだろうか。私は過去にファンと呼んだり、オタクや古参と呼んだりと、呼称が定まっていなかった。今回はこの呼称問題に向き合おうと思う。

 今回は、強力な助っ人(書籍)に協力していただこうと思う。小出祥子編(2023)『オタク用語辞典 大限界』三省堂、である。

 書籍名、表紙、帯、どれを取っても異様な雰囲気を醸し出している。紹介ページにはこう記載がある。

オタク女子学生がオタク用語に青春を捧げた“限界”辞典
小出祥子 編/名古屋短期大学小出ゼミ(2022・2023年度生) 著
・最先端のオタク用語約1,600語をオタク女子みずから採集し、語釈・用例を付す。
・一般的なオタク用語はもちろん、「日本の男性アイドル」「K-POP」「2.5次元」「ポケモン」「原神」「BL」等の界隈ごとに全14章。
・巻末に全項目の五十音順索引を付す。
名古屋短期大学現代教養学科の学生12名が、自分たちの周りで使われているオタク用語約1,600項目を採集し、語釈と用例を付しました。
実際にオタク用語を日常使用している学生たちの書いた「パッション」と「ユーモア」溢れる“生きた”解説をお楽しみください。

オタク用語辞典大限界(https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/dict/ssd36623, 2025.11.06, 14:30閲覧)

 紹介ページの熱量を感じていただけただろうか。私からのこれ以上の紹介は野暮なので、さっそく呼称についてみていこう。


オタク

推しのために自身が持つありとあらゆるものをなげうつことができる者。推しの話題になると、突然、早口クソデカボイスになることでも知られる。「ヲタク」とも表記される。略して「オタ」「ヲタ」。

前掲書, p. 7

 「推しのために自身が持つありとあらゆるものをなげうつことができる者。」という点については、先の記事でも取り上げた田中東子(2024)『オタク文化とフェミニズム』青土社、でも指摘がされている。

 脳科学者の中野信子氏と著者自身の発言を引用して、推す側と推される側との力学を下記のように分析している。

「推し活」にとって、お金・時間・労力を注いでいるということは極めて重要な点であり、エンターテインメントの供給側は、もはやそのことを織り込んだうえで、タレントやコンテンツを生産している。

田中東子(2024)『オタク文化とフェミニズム』青土社, p. 19

 「自身が持つありとあらゆるもの」には当然、お金・時間・労力といった要素が含まれるだろう。こうした資源を注ぐ/注がれる構造が当然になっている現状を切り取った田中(2024)の指摘は、オタク個々人の活動という側面に留まらず、オタク産業という社会的な側面を描き出している。

 なお「オタク」の派生語として「限界オタク」(p. 15)、「強火オタク」(p. 20)、「厄介オタク」(p. 26)が掲載されているが、本投稿では割愛する。


古参・新規

あるジャンルやグループができ上った初期からのファン。古株。⇔新規

小出祥子編(2023)『オタク用語辞典 大限界』三省堂, p. 16

あるジャンルやグループなどのファンに新しくなった人。⇔古参

前掲書, p. 18

 こちらの記事でも「推し活」のキーワードとして持続性を挙げている書籍を紹介した。

 古参には「ファン」が、新規には「人」という定義が与えられているところからも、「人」から「ファン」になるためにはお金・時間・労力を費やすことが求められていることが暗に示されているようで興味深い。


ガチ恋勢・リアコ

特定のキャラクターやアイドルに本気で恋をしている人々。「リアコ」は主に女性ファンに使用されるのに対して、「ガチ恋勢」は男女問わず使われる傾向がある。

前掲書, p. 12

①特定のキャラクターやアイドルをファンとして応援しているだけでなく、リアルに恋している女性。
②女性ファンに対して「リアルな恋人」のような振る舞いを見せるキャラクターやアイドル。

前掲書, p. 27

 ガチ恋勢は「人々」である一方、リアコは「ファン」と定義されていることも、前述の古参・新規の定義とあわせて考えると、謎が深まるばかりである。古参とリアコは「ファン」になり、新規とガチ恋勢は「人」止まりなのである。

 古参と新規はその名が示す通り、持続性にその差がある。ガチ恋勢とリアコでは性差が示されていて、前者は男女問わずであるが後者は主に女性とのことである。

 このことから、持続性アリや女性性は「ファン」と呼ばれやすく、持続性ナシや男性性や中性性は「人」止まりであることがうかがえる。

 新規の男性は「人」である。なるほど。そもそも新規でガチ恋ができるなど笑止千万といったところだろうか。



担当

応援し育てる対象。「推し」よりも使命感を持って応援し、育てていかなければならない。そのビジュアルや言動を無条件に肯定するのではなく、よりよくなっていくために、時に批判したり苦言を呈したりする人もいる。だけど結局は可愛くてたまらない。また、〇〇担当、〇〇担の形で、誰を応援しているかを表す場合もある。

前掲書, p. 33

 これまで紹介してきた語の定義でも、「推し活」を捉えることはできるだろう。「担当」という語に出会う前までなら。

 なんという両義性を持った日本語を日本人は発明したのだろうか。「推し」の側も「ファン」の側も、この語1つで言い表せてしまう。

「担当」の両義性

 「推し」の側でいえば、自分の担当のことを特に「自担」と呼び、「来週、自担が表紙の雑誌が出るから、10冊買うために節約中」(p. 32)というように使われるそうである。他にも「他担狩り」(p. 32)などがある。

 「ファン」の側でも、事務所に所属しているタレント全体を推す「事務所担」(p. 39)や、同じ人物を他の人と一緒に担当する「同担」(p. 22)、同担を拒否する「同担拒否」(p. 22)など、多くの見出し語が掲載されていた。

「担当」から「担」へ

 「ファン」を形容する意味での「担当」についてもう少し検討していきたい。

 「強火担」(p. 21)や「担降り」(p. 33)など、自身がファンとしてどのような様態や言動をしているかを表現するツールとして「担」という短縮形は非常に使い勝手が良いように見える。

 言語は日々その姿を変えて使用される。省略されたり、短縮されたり、応用されたり、造語ができたり、その形は様々である。

 「担当」を例にとっても、元々は「受け持つこと。また、その受け持ちの人」(p. 33)という意味で日常的に用いられる。

 しかし「推し活」という文脈に「担当」が応用されたことで、「『推し』を受け持つこと。また、その受け持ちの人(ファン)。」という新たな意味を獲得したと推察される。

 そして何でも省略・短縮できないかと試みるのが世の常である。漫画『One Piece』はワンピになり、Social Networking Service はSNSになり、内閣総理大臣は総理になる。

 その例に漏れず「担当」も「担」に短縮されて用いられている。ワンピ、SNS、総理は言語の経済性(同じ語なら省略・短縮した方が効率が良いことなど)の観点から広く浸透していると思われるが、一方で「担」はどうだろうか。

「担」というjargon

 英語にjargonという単語がある。

〔ある職業集団内の〕専門用語、業界用語、隠語◆不可算◆他の職業集団には意味が伝わらない言葉。
・The man used so much jargon we didn't understand him. : その男はあまりに多くの専門用語を使ったので、私たちは彼の言うことが理解できなかった。

英辞郎 on the WEB jargon の意味・使い方・読み方(https://eow.alc.co.jp/search?q=jargon, 2025.11.06, 17:15閲覧)

 要するに仲間内でしか通じない用語であるが、「担」という言葉を使うことで、おなじ「界隈」の人間であることを確認し合う機能もあるのではないだろうか。 

 例えば就活を経験した大学生や新卒者はビジネス用語やその業界用語(jargon)を習得し、経済界や業界にはやく溶け込もうとする。jargonを使用することはその業界に見識・経験があると手っ取り早くアピールする戦術となりうる。その一方で業界が異なる相手の前でjargonを使うことは、その相手との線引きを強調することにつながりかねない。

 外国語ではなく、同じ日本語のなかであっても、jargonによって言語の壁をつくることが可能なのである。

 「推し活」に応用されたことで、本来とは異なる意味を獲得した言葉は小出編(2023)にも多く掲載されていて、「ATM 」(p. 9)、「掛け持ち」(p. 12)、「身内」(p. 26)、「オンリー」(p. 38)などが挙げられる。

 こうした言葉を織り交ぜたコミュニケーションは、言語の経済性という面からも説明ができるが、おなじ言語を使う仲間(帰属)意識を誘発し、おなじ言語を使わない相手を排除する一面もあるように見える。



最後に

 ここまで「推し活」をする人々の呼称問題について、特に「担当」という概念の発展である「担」を切り口に考察してきた。

 前回同様、簡略した説明のため厳密な解説ではないことを断っておく。多少の正確さを欠く表現についてはご理解願いたい。

 言語の経済性だけでは説明のつかない「担」という現象を、言語の壁や「界隈」への仲間(帰属)意識といった概念で説明できるのではないかという仮説を打ち立てるところまでたどり着いた。

 今回はここで一度区切り、次回はこの仮説を検証することを試みたい。それでは。

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