地上を天国にするしかないな
とある会合でいろんな先生たちにお会いしました。
(訳あってタイムラインが行ったり来たりなのですが)
森山朋絵先生、河口洋一郎先生、落合陽一くん…いや先生…いや教授!

ここに八屋和彦先生と明和電機のお二人(土佐正道&土佐信道)がいれば「筑波派のメディアアーティスト」として紹介できるねえ。
「ツクバ派」に並んで「デジハリ派」も紹介せねばなるまい。

杉山知之ファウンダー、藤井直敬新学長、そしてMieさん。
落合陽一は「デジハリは地域ではなく職能で集まるコミュニティ」と言っていた。
落合陽一の「デジハリは地域ではなく職能で集まるコミュニティ」という表現が的を得ていた。もちろん、落合陽一ラボに行く学生はデジハリでも「かなりの上澄み層」ではあるけれど。
自分もこの春、開志創造大学の教授に着任しました。杉山知之先生にこのことを報告してきました。筑波大学が地域で集まる大学であり、デジハリが職能であつまるコミュニティだとすると、開志創造大学は通信制大学としてどんな大学になっていくのだろうか、ちょっと楽しみではある。「ともいき」で接してきた方々だって、「大学に行ける!」となれば、未来は変わる。僕もきちんと準備して、彼らがワクワクして、社会とさらなる接点が作れるような、クリエイティブAIやメディア史、インターネット社会論を描いていかねばなりません。
(思いを一生懸命伝えた話はまた今度書くとして)しっかりと握りしめた杉山知之先生の手は驚くほど「冷たい手」でした。でも僕は「生」を感じました。ALSでも皮膚には感じる能力が残っているということなのでしょうか。
Mieさんによると
感覚はあるんですよ。 だから、主人はあの時、握ってもらった手から、暖かさを感じていました。 筋力低下で、血流が悪くなり、冷たくなってしまうのです
なるほど。見て理解する世界と、触って感じる世界、さらにその冷たさ、熱の移動を通じてコミュニケーションをしていたということになるのですね。ものすごく熱い思いが伝わったのであればよかったけど。
杉山先生の感じている世界は音で聴くことができる。
5月の湘南はいいですね。僕も好きです。
こうやって大変な日々を過ごしつつも、生きている人間同士、職位だとか、年齢だとか、物理的な難しさだとかを超えて「生きている」ということを交換しながら、人々は「生きている」ということを実感しているのだと思います。そう思いたい。
この面々で5月といえば、私の師匠の一人、草原真知子先生のことを思い出します。
2024年のゴールデンウィークに事故に遭い、帰らぬ人となりました。
(=まだご存命と祈っておりますが、お会いできない状態)
いつものように講演に忙しく飛び回っておられまして、その新幹線チケットをJRの駅に確保しに行った時の転倒事故で、長期入院されております。
その前後のFacebookメッセンジャーでの書籍(SD黄色本)のご挨拶などがあり、ご家族と大量の(貴重な!)書籍等の整理などもあり、そのほかさまざまな複雑な状況があり、いまでも私の心の中で、大切な師匠として元気に叱咤激励してくれています。ご家族の状況も考えるとなかなか大騒ぎすることも難しいのですが、まだ地上にいらっしゃるなら挨拶はしたいです。
『あら白井くん、そんな事やってるの!』
『まあ、〇〇さんならそういう事、言いそうね…』
『こんな未来が来るなんて、誰が予想したかしら』
そんなことを言いながら笑って目を覚す日が来ると思っています(希望)。
こうやって大変な日々を過ごしつつも、生きている人間同士、職位だとか、年齢だとか、物理的な難しさだとかを超えて「生きている」ということを交換しながら生きています。地上で、生きています。
天国をいい場所にするための努力ができるとしたら、僕はもうちょっとだけ、地上をいい場所にしたい。
落合陽一くんの教授昇進を祝いながら、色々考えた帰路でした。
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