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連載小説 第二話『さ・し・す・せ・そ男子、家庭科部はじめました』【全10話】

【前回までのあらすじ】
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大志学院家庭科部に残されたのは、佐藤光希みつきただ一人。廃部を免れ、『高校生TOKYOフードグランプリ』に出場するには、あと四人必要だ。光希の部員集めが始まる。


第二話 塩谷しおたに翔太は、塩加減を知っている

ハルは、イタリアへ旅立った。

春休みのあいだ、光希はどうやって家庭科部の部員を勧誘しようか考えた。だが、学校に行っても人は少なく、活動中の運動部に声をかける勇気もない。

そうこうしているうちに春休みは終わり、光希は高校二年生になった。

大志学院は中高一貫校なので、四年も通っていれば校内で見かける顔は、それなりに覚えている。けれど、顔を知っていることと、話せることは別だ。学年やクラス、部活が違えば、話したことのない生徒は山ほどいる。

その山の中から、あと四人を見つけなければならない。

昼休みになった。
教室を見回すと、教壇の前では顔なじみ同士がふざけあい、窓際では運動部の連中がソシャゲの話で盛り上がっていた。

入りづらい。

家庭科部の未来を背負う男は、新学期初日にして、教室内で軽く迷子になっていた。

ふと振り返ると、後ろの席の男子が机に突っ伏して寝ていた。
短く刈った髪。首の後ろだけやけに焼けている。

光希は、軽く机を叩いた。

「昼休みになったぞ」

男子が顔を上げた。眠そうに目をこする。

「同じクラス、初めてだよな。俺、佐藤」

「ああ。塩谷しおたに翔太。サッカー部」

サッカー部か。ないな。

光希は瞬間的にそう思った。

塩谷は眠そうなまま、椅子の背にかけていたリュックサックから、弁当の入った袋を取り出した。ずしりと存在感がある。

「弁当なんだ。俺も! 一緒に食おうよ」

光希が弁当箱の蓋を開けた。

今日のおかずは、キッチン佐藤特製デミグラスソースのかかったハンバーグに目玉焼き。付け合わせのナポリタンとブロッコリーだ。

塩谷がちらりと見た。

「うまそうだな」

「実家、洋食屋なんだ」

「へえ。毎日うまいもん食えていいな」

塩谷の白飯は筒状の保温ケースに入っていた。
一合はある。
おかずは別の容器に入れられていた。

鶏の照り焼きに卵焼き。ほうれん草の胡麻和えと、にんじんのきんぴら。ミニトマトが添えられている。

卵焼きの巻き目はきれいにそろい、きんぴらは水気が出ないよう、きちんと炒りつけてある。
茶色に寄りがちな男子高校生の弁当に、ちゃんと緑と黄色と赤があった。

「お母さん、料理上手なんだな」

塩谷の手が、一瞬止まった。

「……作ったのは母親じゃない」

「え? じゃあ、お父さん?」

「違う」

「姉ちゃん? 妹?」

「いねーし」

「じゃあ?」

塩谷はしばらく黙った。
箸の先で、卵焼きの端を押す。

「……俺」

「マジ?」

「でかい声出すなよ」

塩谷は声をひそめて、光希をたしなめた。

「すごいじゃん。卵焼き、きれいすぎる」

「たいしたことねえよ」

塩谷は面倒くさそうに卵焼きを一切れつまんだ。

「食うか。ジロジロ見られるよりましだ」

「いいの? じゃあ交換な」

光希は自分の弁当から、ハンバーグを一切れ取った。
目玉焼きの黄身が少しついたところを選び、付け合わせのナポリタンも少し添えて渡した。

光希は卵焼きを口に入れた。
その瞬間、目を見開いた。

甘すぎない。けれど、塩味が前に出すぎているわけでもない。
卵はふっくらしていて、噛むと口の中でふわりとほどけた。
ほんのりとした出汁の香りが鼻に抜け、最後に、ちょうどいい塩気だけが舌に残った。

「うまい。うまいよ! これ!」

「大げさ」

「いや、ほんとにうまいって!」

光希は興奮気味にまくし立てた。
塩谷はハンバーグをもぐもぐと頬張りながら、斜め上を見た。

「これも、うまいな。ソースがいい」

「だろ。キッチン佐藤の看板だ」

「でも、付け合わせのナポリタンは甘すぎる」

「あ、それは、俺作です」

塩谷は、うーんと低くうなった。

「甘いのが悪いんじゃなく、甘さしかないのがよくない。塩が足りないと、卵料理でもパスタでも、味がぼやける」

そういえば、先輩にも言われた。塩をちゃんと使え、と。

「塩も、入れりゃいいってもんでもないけどな。加減が大事だ」

その一言が、光希の心を決めた。

絶対、仲間にしたい。

「塩谷」

「なんだよ」

「家庭科部に入らないか」

「はあ? 俺、サッカー部だし」

「兼部でいい」

塩谷は顔をしかめた。

「嫌だよ。料理とか、別に好きじゃねえし」

「好きじゃないやつは、卵焼きをそんなふうに丁寧に巻かない」

塩谷は黙った。

「俺の料理、甘いほうに傾くから。塩谷みたいなやつが必要なんだよ」

塩谷は箸を置いて、ため息をついた。

「——お前、なんでそんなに必死なんだよ」

光希は高校生TOKYOフードグランプリのチラシを取り出し、塩谷に手渡した。
塩谷が読み上げる。

「えーと、地域の飲食店と連携して、実際に店で提供できる新メニューを開発。学校公認の食関連部活動単位での応募に限る。一チーム五名以上。予選書類、試作レシピ、原価表、当日のプレゼン資料を提出。——本格的だな」

光希は頷きながら、グランプリの受賞特典欄を指さした。
塩谷がまた読み上げる。

「受賞メニューは、協力店舗で期間限定提供。商店街イベント、または地域フェアでの紹介。地域メディア、公式SNSでの紹介。さらに、人気アイドルグループ『Mellow Beat』による応援PR動画。——これか!」

塩谷は妙に納得した顔をした。

「Mellow Beatの応援PR。しかも本選はミニライブ付き。これ目当てだろ」

「いや、えっと」

光希は言葉に詰まった。
本当に見ていたのは、そこではない。
けれど、そのことを説明する気にはなれなかった。

塩谷の表情が少し緩んだが、すぐにその笑みは消えた。

「料理とか、家庭科部とか。サッカー部の奴らには知られたくない」

「なんで?」

「なんでって……」

塩谷は弁当箱を見下ろした。

「前に、料理するって言ったら、女子かよ、とか、弁当男子、とか、からかわれた」

「嫌だったんだ」

「たいしたことじゃない」

たいしたことのある声だった。

「さっきの卵焼き、ほんとにうまかった。俺、ああいう味を作れるやつとやりたい」

光希は塩谷の目を見て、手を合わせた。

「週に何回かでいい。放課後、一時間だけでもいい。頼むよ」

塩谷はしばらく黙っていた。
それから、あきらめたように息を吐いた。

「……仕方ねえな。課外演習に出るってことにする。そのあと、練習行く」

光希は思わず身を乗り出した。
塩谷はぶっきらぼうに返す。

「一時間だけ。週に何回かだけな」

「十分。助かる」

「サッカー部の奴らには絶対言うなよ」

光希が大きく頷くと、塩谷は心なしか安心したように弁当箱の蓋を閉じた。

「でも、あと三人必要なんだろ? アテはあんの?」

「まったく」

そのとき、視界の端で何かが動いた。

塩谷のさらに後ろの席で、ひっそりとパンをかじっている生徒がいた。
前髪が長く、目元がよく見えない。
ずっとそこにいたことに、光希はまったく気づいていなかった。

しかし、存在感は薄いが、食べているパンは目立っていた。

購買のパンではない。コンビニの袋パンでもない。
茶色く焼けた硬そうな皮に、小さくのぞくドライフルーツ。
パンの袋には『ASAMAベーカリー』の文字が見えた。

「……マジ?」

光希は思わずつぶやいた。

「あのパン。何時間も並ばないと買えない、今すごく話題のやつ。あれを昼に食ってるの、ただ者じゃない」

塩谷はちらりと後ろを見た。

「須田だろ。須田しゅう

パンをかじる須田は、こちらの会話に気づいているのかいないのか、背中を丸めたまま、モソモソと口を動かしていた。

第三話へ続く
うまい料理には、塩がいる。
次回、現れるのは、話題のパンを食す「酢」の男。


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