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ケプラー革命(物理学誕生③高校基礎)

これの続編です。


§1 ニュートンが一番凄いには違いないとしても
 当然のことであるが、物理を学ぶことと、物理学史を学ぶことは別である。しかし、このふたつは密接に関連している。差し当たって我々にとって重要なのは、物理学史を学ぶことが、物理を学ぶ助けになるという側面だ。物理学を学ぶ中で次々と出現する新しい概念や不思議な公式が、一体どのようにして生まれたかを想像することもできず、なかなか数式を実感できないとき、物理学の歴史は貴重な助けになる。
 ニュートンのような歴史上最高レベルの天才にとってさえ、時代を切り拓く大発見を、虚空から魔法のように具現化することはできない。ほぼ全ての、偉人の科学的な大発見というのは、先人の研究をしっかり踏まえた上で、同時代の最先端の人間達が共有していたモヤモヤを、僅かに先んじて言語化したり数式化したりしたものなのだ。
 ただ、困ったことに、誰が何を発見したのかという正確で細かい話は、真面目に学ぼうとすると学習者の多大な負担となってしまう。これでは、物理を学ぶ助けにしようという目的とは対立することになる。
しかも、当時の最先端にいた当人達には自身の人生の価値を左右する大問題だったわけだし、その偉人を崇め奉る母国の後世の人達にとっても愛国心が関わる譲り難い問題だったりする。それが本によって書いてあることが違ったりするものだから、物理学の歴史を正確に学ぼうとすることは、今の段階ではある程度のレベルで妥協するしかない。と、いうわけでおれが語る物理学の歴史は、物理を理解するという目的のために、簡略化されたり脚色されたりしたもの、ぐらいに思ってほしい。
とはいえ、普通にニュートンの業績として紹介される
(1)万有引力の法則の発見
(2)運動方程式の発見
(3)微分積分法の発見
を、まるでニュートンひとりで思いついたかのように理解するのは、いくら何でも省略しすぎなのである。これらのうち、ニュートンが単独で発明したものなど一つもないのだ。念のため付け加えておくが、実際にこれらの発見に貢献した沢山の先人達や後進達の業績を差し引いても、おそらくニュートンに対する「史上最高」という評価は揺らがないだろう。そん  なわけで、幾つかの、そういったニュートン以外の人による貢献を紹介しておこうと思う。今回は、以前にも出てきたヨハネス・ケプラー(1571-1630)である。


§2 昔の人がみんなオカルトだったわけではない
 現代の物質文明にどっぷり浸かって、神様も幽霊も全く信じないおれのような人間にとっては、信心深い昔の人達は、みんなオカルトだということもできる。しかし忘れてはならないのは、このシリーズに出てくる偉人達はみんなノーベル賞を何個も取れるような大天才ばかりだということだ。自分より遥かに頭が良い人をオカルト呼ばわりするのはちょっと気が引けるという気持ちは、みんなも分かってくれるだろう。
 更に状況をややこしくしているのは、現在ではオカルトと見做されるようなもの、占星術や錬金術やその他の魔術的なものや神秘思想、そういったものを研究していた人達は、だいたい優れた教育を受けた金持ちが多く(昔はそういう人しか研究できなかった)、科学の礎を築いた人達は、同時進行でオカルトをやっていたという事実である。それを前提にして以下の話を読んでほしいのだが、当時の水準から考えても、同時代の最先端にいた他の人間と比較しても、ケプラーとニュートンがオカルト人間だったことは間違いない。それは、ガリレオ・ガリレイや、ルネ・デカルトなどと比較するとはっきりしている。
 ニュートン直前の時代の人間にとって、古代ギリシアの知識というものは、非常に尊敬されていたのと同時に乗り越えるべき対象でもあったから、基本的に彼らはどんな形であれ古代ギリシアの影響を強く受けている。中でもケプラーが最悪だったのは、よりによって「自然数の調和が世界を支配する」と妄想したピタゴラスと、「宇宙は幾何学的に構成されている」と盲信したプラトンの大ファンだったということだ。ケプラーが若い頃に出版した黒歴史といえる『神秘』は、太陽系の惑星の軌道を以下のように説明している。
 「地球の軌道は全ての軌道の尺度である。これに正十二面体を外接させよ。そうすればこの正十二面体に外接する球が火星の軌道になるだろう。火星の軌道に正四面体を外接させよ。その正四面体に外接する球が木星の軌道になるだろう。木星の軌道に正六面体を外接させよ。その正六面体に外接する球が土星の軌道となるだろう。また、地球の軌道に正二十面体を内接させよ。その正二十面体に内接する球が金星の軌道となるだろう。金星の軌道に正八面体を内接させよ。その正八面体に内接する球が水星の軌道となるだろう。」
 これを読んで頭がクラクラしてこない人は、自分がオカルトかもと心配した方がいいだろう。もう数学の時間に習ったことだと思うが、正多面体というものは5種類しか存在しない。そして都合よく、当時知られていた惑星は6つまでだった。ケプラーにとって、それは偶然ではなかったのだ。ケプラーは言っている。
「最も完全な建設者である神にとって最も見事な完成品を創り上げるのは全く自然なこと」
 はい、完全にイカれてますね。さすがに歴史に名を残すレベルの天才はブチ切れ具合も凄まじいです。それにしても、ティコ・ブラーエの観測データを手に入れたからといって、よくこんなことを大真面目に語る人間が、楕円軌道なんて発見できたもんだ。まあ、ケプラーはさすがにその辺の酔っぱらいと違うというか、合理的な理由は何もないだろうが、この「太陽系の正多面体モデル」はタチの悪いことにデタラメな根拠から、結構よく観測データと合致する数値を叩き出した。
 ケプラーは実に多才な人間で、雪の結晶についての研究や、空間に球を敷き詰めるときに面心立方格子が最密であるという「ケプラー予想」(400年後にやっと証明された)、変わったところではS F小説の先駆と言われる『夢』という作品を遺している。また、ケプラーを語る上で重要だと考えられるのは、彼が生活のために行っていた占星術である。実際のところ、占星術の教えをケプラーがどこまで真面目に信じていたのは判然としないが、占星術の「遠く離れた星々が人間に影響を及ぼす」という考え方に親しんでいたことは、「天体間にはたらく引力」という発想に辿り着くためには相当に有利だったことだろう。
 逆に合理的精神のカタマリのようなガリレオ・ガリレイや、ルネ・デカルトは、天文学から迷信的・神秘的なものを排除しようとし、その結果、空間を隔ててはたらく引力を断固として受け入れることができなかった。この二人は数学の天才でもあったのに、ケプラーによる楕円軌道発見の意義を理解できなかった。

§3 天空の幾何学から、天体の物理学へ
 それに対してケプラーの方は、自分が成し遂げたことの意味を完全に理解していたようだ。ケプラーは「私は物理学と天文学を混ぜ合わせた」と語っている。
どういう意味かというと、ケプラー以前には、天体観測というのは、ひたすら星空の地図を精密化していく学問であり、星にはたらく力などは考察の対象外であった。人々は、天空の世界は神がつくった完璧で静的な世界という、根強い迷信の影響から脱却できていなかった。その反面、星空の地図を正確に描くための手段としての数学は非常に発達しており、高度に定量的な学問であった。
一方でケプラーが言うところの物理学は、当時の段階ではガリレオ・ガリレイによる優れた研究などの例外はあるものの、基本的にアリストテレス的な物理学のことを指しており、「重い・軽い」や「速い・遅い」というような言葉はあるものの、それは定性的な記述にとどまっており、数式化と数値化の無い、定量的ではない曖昧なものであった。
そのような時代にケプラーは惑星が楕円軌道であることを暴いた。惑星が太陽との距離を変えながら、同時に速度を変化させるという「ケプラーの法則」の描像は、惑星間にはたらく引力を容易に連想させた。楕円軌道という真実は、「円軌道=完璧な存在」という神秘のベールを剥ぎ取り、惑星の運動とその原因としての力というテーマを物理学というテーブルの上に乗せたのだ。
しかも、同時に、優れて数学的だった天文学が物理学の考察の対象となったため、物理学にとっては数学的記述が導入される道が拓けることとなった。

まさに、ニュートンが登場するための舞台は整ったという感じである。


それにしても、物理学の数学化という点では、ガリレオ・ガリレイこそが先覚者なのである。望遠鏡を自ら設計して、月のクレーターや太陽の黒点を発見したことで、天体から神秘のベールを剥ぎ取ったのもケプラーとよく似ている。しかし歴史とは不思議なもので、万有引力について、ニュートンに決定的なヒントを与えたのは中世に片足を突っ込んでいるオカルト人間のケプラーであって、合理主義のカタマリであるガリレイではなかった。それどころか当のニュートンその人がオカルトだった。次回はガリレオ・ガリレイについて詳しく見ていきたい。

【参考文献・インスパイア元】 本記事を書くにあたり、以下の書籍を参考にしつつ、私の独自解釈と妄想を加えています。どちらも物理好きなら痺れる名著なので、ぜひ読んでみてください。

●サイモン・シン『ビッグバン宇宙論』(新潮文庫)
●山本義隆『磁力と重力の発見』(日本評論社)

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