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【第1章】 男の子を好きになった僕は、エイズになってしまったの?

いつもありがとうございます。
また自分語りではありますが、
ブログ1本目『たまにやってくる父が嫌いでした。』
2本目『あんたは日本人ちゃうで、韓国人やねん』
続いて、今回はまだLGBTやゲイなどのワードがなかった時代
私が同性愛者(ゲイ)としての人生を
歩んで行くお話しをさせてください。

タイトルは「男の子を好きになった僕はエイズになってしまったの?」
ですが、エイズになったと言うお話ではございません。

50代のおじさんが話すには全くロマンティックではありませんが…
まずは私の初恋の話から始めさせて下さい。

私が小学校6年生の時、
初めてクラスメイトの男の子を好きになりました。

女の子ではなく男の子を好きになったんです。
これが私の同性愛者人生の始まりです。
初めて人を好きになったのが男の子…
「これはなんでだろう?」と子供ながらに疑問を持ちました。

小学生にもなれば、
男の子は女の子に興味を持ち、
女の子は男の子に興味を持つ。
これが当たり前の時代で
私が女の子ではなく男の子を好きになってしまった事は
これはおかしい事だ!と自分はそう認識していました。

そして、当時話題になり出していたのが【エイズ】と言う不治の病…⁈
アメリカでそんな怖い病気が発生している。
それはどうやら【男性同性愛者】の間で発症している。と言う
報道をテレビで見るようになりました。

当時は当時は1984年 昭和59年
イターネットやスマホはもちろん
まだ携帯電話もない時代でした。
この頃の情報源というとテレビが主流でした。

現在では、エイズ=HIVという誤解や、同性愛者だけの病気だという認識は誤りであることが広く知られていますが
当時のテレビの報道もそこまで細やかな説明もなかったですし、
テレビの情報が全て正しい!くらいに思っていた時代です。

子供ながらに
【男の人を好きになった僕はエイズになってしまったの?】
そう、真剣に悩んだ事をよく覚えています。
もちろんその頃はただ男の子を好きになっただけで
初体験もございませんし、
HIVに感染してエイズを発症する可能性など全く0でしたので
ただの取り越し苦労だったのですが
今のようにスマホやAIなどですぐに答えが出せる時代では無かったので
何年も「僕はエイズかもしれない・・・」と言う不安感を抱えていました。
今思うとなんて可愛らしい悩みなんだ。と滑稽に思います。

ちなみに
その初恋のクラスメイトと恋に落ちる⁈はずもなく・・・(笑)
彼はとても人気のある子で
スポーツも得意でちょっとヤンチャで顔もハンサムでした。
女の子から人気がありとてもモテるタイプでした。

私と彼はただのクラスメイトとして高校が別々になるまでの
中学校3年生まで親しくはさせてもらってましたが
彼は仲の良い友達。としか思っていなかったでしょう。
親しくはなったのですが、
自分が彼に恋心を抱いている事を悟られないように
自分の気持ちを押し殺して普通の友達として
彼と接していました。

初めて好きになったのが男性・・・。
子供心に「自分、ちょっと人と違うのかも?」と
感じるようになっていました。
「でも、大人になったらこの感情も治るんだろう!
そして普通に結婚して子供ができてお父さんになるんだろう」
そう信じていました。

しかし、中学校に上がっても気になるのは男の人で・・・
しかし女の子とは異常に仲良しになる子供でした。
当時はテレビではドラマの
『スチュワーデス物語』がとても流行っていました。
私のクラスの女の子たちは休み時間になると
松本千秋(堀ちえみ)役、新藤真理子(片平なぎさ)役を振り分けて
スチュワーデス物語ごっこをするのがブームでした。
そこで私は、なぜかその輪の中にいつも入っていて
一人男の子ですので、無条件大抜擢で
村沢教官(風間杜夫)役をゲットして
10分間の休み時間ショートドラマごっこを楽しんでいました。

よく女の子の輪の中にいたので
クラスメイト達からは
どうやら私は小学生ながらに無類の女好き?のように見えていたようです。
今となっては、これは異性という感覚ではなく
完全に女の子と同じ立ち位置にいたのだと思います。
心の中では
『僕が堀ちえみちゃんの役を・・・。
いや、これは言われへんわ。😅』と思っていました。

中学生まではそんな感じの活発とまではいかないけども
平々凡々とクラスには馴染めている子供だったと思います。

そして高校に進むのですが
訳あって私は高校を1年生の1学期でリタイアしてしまって
16歳から外で働きに出る生活を送っていました。

いくつもアルバイトを経験したのですが、
高校をリタイヤして20歳頃まで勤めたのが
当時大ブームだったタレントショップでした。

私の地元京都嵐山にも多く出店されていて
日本テレビで放送していた『元気が出るテレビ』の
アンテナショップとして東京原宿と京都嵐山に出店していた
【元気が出るハウス】で4年ほどアルバイトをしました。

ここで人生初めての同性愛雑誌【薔薇族】に出会います。

#2に続く






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