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自己紹介|考えすぎ|HSP|完璧主義|ブラック企業|考えすぎを「考え抜く」武器に|脳科学・心理学|はじめてのnote

私の自己紹介を開いてくださって、ありがとうございます。


追記 2026.5.23
最後に新しいコンセプトの記事URL を追記しました。

たった26日で、一気に約170人の方がフォローしてくださり、毎日信じられない気持ちでnoteを開いて感激しています。


読んでくださった方が、「考えすぎてる私だから、できることがある!」と感じていただける記事を目指して、これから発信していきます。

今回は、230人以上に出会えた感謝を込めて、私の過去を含めて自己紹介させていただきますね。



人生初めての新卒の就職活動は、13ヶ月全落ち。
なんとか税理士試験の資格を取って、やっと入った税理士事務所で、厳しい仕事で胃を壊して退職。

完璧主義で心配性。何をするにも、色んなことをぐるぐる考えすぎて、頑張りが空回り。

そんな30年以上「考えすぎ」と言われ続けた私が、その「考えすぎ」を「考え抜く武器」に変えたストーリーです。


自己紹介

はじめまして🌼
「考えすぎを武器に変える」思考の育て方を発信するのんです。


私は何をするにも「失敗したくない」思いから、人一倍考えて空回りしまう性格でした。

人の機嫌がとにかく気になる。
謝って済むなら、悪くないと思ってても謝る。
失敗しないために、すべての責任を背負いすぎる。

周りに相談すると、親友以外は皆「考えすぎだよ」と笑う。

そんな私が、今では少しずつその考えすぎを和らげ、それをNoteに発信することで、200人以上のフォロワーさんと出会うことができました。
そして「考えすぎと言われる私だからこそ、考え抜く力を育てて武器にできる」と捉えられるようになりました。

今回は、私がどんなふうに自分の性質と向き合い、今の心境に辿り着けたのか、お話しさせていただきます。


暗黒の時代 新卒の就職活動

三姉妹の長女で、我が家で初めての就職活動をするのは、当然私から。
両親はしっかりとした仕事についていたので、「失敗するわけにはいかない」とがむしゃらに就職活動していました。


大学の就職支援室の先生から、「自己分析が大事だよ」と教わり、その当時大人気だった杉村太郎さんの『絶対内定』という本を購入。
そして、その本にある100の質問をとにかくやり続けました。

・・・気づけば自己分析だけでノートを1冊使い切るほど。

そのことを、就職支援室の先生に伝えると、「そこまでする人はいない。それは後輩にマネしなさいとは言えない。」と引かれました。


自己分析ノートに書けば書くほど、「もっとこんな内容を盛り込まなきゃ」とエントリーシートは、黒くなるばかり。そして、そんなに真っ黒なエントリーシートは、「一緒に働きたい人」とは思ってもらえず、落ちた証のお祈りメールが増えていく。

一生懸命、動いているのに、否定される。
当時の自分は、同じ心理学のゼミで、明るくてハキハキして見えた女の子が、さらっと夏前に内定を取っているのが、うらやましくて仕方なかったです。

どうしたら、あんな風に生きられるんだろう。
その答えを探したくて、自己分析をし続けるけど、答えは出ない。

いつまでもリクルートスーツを着ている自分が恥ずかしい。人より早めに就活始めたのに、もう1年以上もスーツを着て走り回ってる。自分は選ばれない人間だと周りに示しているようで、苦しかったです。
大学に卒業証明書を取りに行くのも、なるべくサークルの後輩に見つからないようにコソコソと行っていました。

そんな自分が嫌で嫌で。
サークルの後輩たちや、妹たちの前で、先輩面していた自分のプライドがどんどん折られていきました。

就職先でも肩の力は入りっぱなし

そんな私の就職が決まったのは、意外なきっかけでした。


とあるA社の面接の日の朝。
手当たり次第に受けた、別のB社から「内定です」のメール。
B社は最初から社長面接のみで、採用試験が終わった、何をするかも良く分からない会社。そしてその社長面接では、執拗に両親の仕事について聞かれた、なんだか違和感のある会社でした。


でも1年以上求めていた「内定」の文字が、泣くほど嬉しくて、その日のA社の面接は初めて「落ちてもいいや」と肩の力を抜いて臨むことができました。
肩の力がやっと抜けたことで、その面A社の面接でも、初めての好印象。
後日A社からも内定をいただき、一気に2つも内定をGETすることができました。


肩に力が入っていることが、私の人生を遠回りさせていたことを実感した
瞬間でした。でも分かっていても「肩の力」は意識してもなかなか抜けません。「肩の力」とはまだまだ長い付き合いになります。


そして、その良く分からない会社は、調べると怪しいことが判明。内定辞退の電話を入れると、「覚えておけよ」と低い声で社長に言われました。


途端に面接で聞かれるままに両親の話をしてしまったことが、怖くなり、いつか家に突撃されるのではないかと、泣きながら両親に相談。両親から「大丈夫、話してくれてありがとう」と言われ、少しホッとしました。


数か月怯えながら過ごしましたが、特に何かされることもなく、2つ目に内定をいただいた会社に無事就職しました。
しかし、この経験は、私がより「失敗したら親に迷惑がかかる」と思い込むきっかけにもなりました。


就職先でも「失敗してはいけない」と肩の力は入りっぱなしでした。

直属の女性の先輩が、目の前に座る席。その人は機嫌の波の大きな方でした。その機嫌を毎日気にする日々。小さくなって、自分のファイル立ての陰に隠れ、その波がこちらに飛んでこないように怯えていました。

上司から「石橋を叩いて壊す人だね」と笑われ。
「常に肩が上に上がっている人だね」と言われて落ち込み。


そんな中で、ある日事件が起きます。
親しい知人がある問題を起こし、相談の電話がかかってきたのです。内容は伏せますが、私には受け止めきれないくらいの大きすぎる問題でした。
今の私なら、「それはその人自身の抱える問題」と捉えられますが、当時の私は、「私が何とかしなきゃいけない」と一人暮らしの部屋で悩み続けました。

私に何ができるのか。
どうしたら解決の道に向かわせられるのか。


そのことが仕事中も頭から離れず、精神的に辛くなり、ついに職場のカウンセラーに連絡しました。カウンセラーとの面談で、「私は感情(特に怒り)を表に出すのが苦手な自分」に気づきました。そして抱えすぎる自分の性格にも改めて気づきました。

その知人に起こったことは、知人自身が抱えている荷物であり、それを手助けすることはできても、代わりに抱えることは不可能。その不可能なことをしようと、無闇に「本来私にはなかった責任を負いすぎる」ことで、苦しくなっていました。

この経験で、私は「人のことを自分事として考えすぎている」ことを知りました。

資格取得を決意

数年たって、そこから部署移動して、素晴らしいトップの方と関わる仕事をするようになりました。
その方はトップなのに気さくで、何でも自分でする方でした。その方のお世話係的な立ち位置だった私は、あまりになんでも自分でされるので、暇になるほど。むしろ私がその方の運転する車で、送っていただいたり、と恐縮することも多々ありました。

そのくらい近くで関わらせていただいたのですが、その方が一人で抱えていた悩みや問題ごとは、若者で物知らずな私は、当然何も知りませんでした。


でも外部からやってくるある一人の男性は、私よりもそのトップの方の悩みを聞いて、共に考える立ち位置にいました。


私はその男性の姿に憧れました。
そして、今の私がいかに何も知らないまま、数年その会社で過ごしていているか気づきました。


数年後の自分を考えた時、あの入社当時に機嫌の波で悩まされた女性の先輩が浮かびました。
このままここにいても、数年後の私は、あの先輩と同じように機嫌に振り回される人になるかもしれない。その恐怖が「このままではいけない」と私を動かしました。


そして、父から勧められた税理士試験を受けることにしました。
最初は仕事をしながらでしたが、仕事後に意欲的に勉強を続けることは当時の私には難しく、なかなか勉強に身が入りませんでした。そのため、退職して実家で試験勉強をすることに。

その当時実家での勉強の苦しさ、葛藤については、以前こちらの記事でも書きました👇

婚活で感じた「考えすぎ」気質

試験勉強と同時にしたのは、婚活でした。

「このままでは、実家から出られないかもしれない」という不安から、試験勉強とは全く違う答えのない世界の婚活市場に挑戦することに。


そこでも、私の「考えすぎ」はやってきました。
「失敗せずに、最短距離で結果を出さないといけない」と考えた結果、私がしたのは、エクセルシートを作ることでした。


婚活相談所に入る前に、どの相談所がいいかをエクセルで比較表にしたんです。入会料、成婚料、その相談所の特徴、どの会社が運営しているか、その会社は上場しているのかまで調べ尽くしました。

友人にそのエクセルシートを見せながら、見学してきた相談所の資料を見せると、「どこぞの相談所の回し者?!勧誘されるのかと思った」と大笑い。そりゃそう思いますよね。自分のことながら、当時を思い出すと恥ずかしい。

まさに、当時の私は石橋を叩いて叩いて、失敗しないことを最優先に行動していました。

責任を背負いすぎた税理士事務所勤務

結局、あんなに考えて入会した結婚相談所では成果は出ませんでした。
しかも入会当初はなかった「結婚出来たらお金もらいます」の成婚料まで制度変更で発生することに。成婚料がない所も、この相談所を選んだ理由だったのに…。


この相談所を止める決め手は、親身に私の担当をしてくれていた方が、何も言わずに退職されたから。一緒に涙したり、熱く語り合った思い出があったからこそ、衝撃的でした。


今の夫とは友人の勧めで入ったマッチングアプリで出会い、結婚しました。
そして結婚してすぐに、税理士試験で2科目取得できた通知が届きました。


結婚で自分は成長したような、変化したような気分。
ですが、実際はやっぱり「肩の力がガチゴチ気質」は残っていたことに気づいた出来事がありました。

それは、結婚を機に家を出て、新天地で税理士事務所に就職した時のことです。2科目取得したおかげで、大学4年生の時がウソのようにあっさり就職先は決まりました。

他の事務所より給料が良かった所が魅力的だったのですが、とにかく残業しないと終わらない業務量。
大きなビルの中にあったので、たしか消灯時間が21時。社長から「21時に電気は消えるけど、あそこのブレーカー押したら点くから」と指示され、22時半ごろまで毎日残業していました。

そして途中から、リーダー職に。経理経験もほぼないので、疑問点は多々あったのですが、社長や上司は別部屋。疑問点は、税務署に電話して聞きなさい、という指示でした。


税務署で電話で教えてくださるのは、年配のおじいさまがほとんど。丁寧に教えてくださるので、電話の時間が長くなってしまうこともありました。そんな時は、社長が別部屋から飛んできて、「電話を切りなさい!」と書いた付箋をパンっ!と私の机に貼り付けます。
会社の電話代がかさむことを叱られ、八方塞がりで途方に暮れる日々でした。

この時私の頭の中に合ったのは、「私がしなければ回らない」という強い思い込みでした。残業が続くのは、自分の知識不足のせいだと自分を責めていました。

リーダーなんだから、他の人の配慮もしなきゃと相談に乗ったり、自分のことも回らない中でも、人の質問に答える時間を作ったりと、自分に鞭を打ち続けて働いていました。

肩の力は今まで以上に入りっぱなし。頭痛もひどくて、頭痛薬を飲み続けて働いていました。数年後、この時の頭痛薬の飲みすぎが原因で、「薬物乱用頭痛」になっていると病院で診断されるほど、薬が手放せませんでした。

ここで辞めたら、この会社どうなってしまうんだろう。
この関与先(顧客)の方たちの決算はどうなってしまうんだろう。
私がいなくなったら、新しく入った人たちは私と同じ思いをするんじゃないか。

考えがぐるぐる巡り、「会社行きたくない」という本心と、「私がしなければ」という不安と恐怖が、毎晩ぶつかり、眠れない夜を何度も過ごしました。

家を出ると、涙が出る。職場で手が震える。
明らかにキャパオーバーでした。


最終的に、職場で吐き気を催すようになり、病院を受診するとストレスによる逆流性食道炎と診断されました。

そして、仕事を続けるのが体調的に難しくなり、税理士事務所を退職しました。せっかく資格を取ったのに、活かせなかった。何のために自分は何年もしがみつく思いで資格を取ったのか、と自分が情けなくて悔しくてたまらなかったです。

その後、税理士事務所をいくつか経験しましたが、出産育児を機に退職し、
今は夫の会社の経理担当をしています。

夫の会社で経理という仕事はしていますが、「お手伝い」からスタートしたため、資格を活かせている感覚は、あまりありませんでした。胸を張って「経理してます」と言えない自分が悔しかった。

キライな言葉なのに付きまとう「考えすぎ」

分かりやすいように自分の名前にも付けましたが、私は「考えすぎ」という言葉が大嫌いです。考えすぎといわれるたびに思っていたことを、正直に書かせていただきます。

考えすぎって何だよ!どこからが「過ぎて」るんだよ。誰基準だよ!

…怒ってますね。怒ってました、ずっと。
変えられるもんなら、私だって変えたいよ。でも変えられないんだよ。

相談しても返ってくるのは「考えすぎだよ」の笑い。分かってもらえない気持ちで、「相談しなければよかった」と何度思ったか分かりません。
大事な友人たちだけは、私の気質を理解し、寄り添ってくれました。その友人たちがいなかったら、私はもっとやさぐれた人間になっていたと思います。

とにかくずっと自分の気質が、生きづらくて苦しかった。最近になって、やっと勇気を出してHSP診断したら、しっかりHSPでした。
そんな私が変化したのは、このnoteがきっかけでした。

キライが武器に変わった瞬間

試行錯誤で、自分の言葉を紡ぎ、noteで発信していました。
始めたきっかけは、自分の働く場所が夫の会社だけになったから。


自分の世界に、夫と子どもだけになったことが怖かった。今までは曲がりなりにも会社の人と関わりがありましたが、夫の会社の経理は一人体制でスタートしたので、誰とも話さなくなりました。


そして、「私だけの居場所」がないことも同じくらい大きな恐怖でした。妻でも母でもない、私だけの空間が欲しかった。経理としてのお給料はありますが、私が生み出しているというよりも、養ってもらっている感覚が強く、「自分で稼いでいない」ことにも、負い目に感じていました。


最初はブログをしていましたが、『note副業の教科書』という本を読み、noteの考え方が自分に合っていると感じ、ブログからnoteに移動しました。


商品を売らないと収益化しないブログとは違い、noteは自分の経験を収益化することもできる。ブログより、より私個人を表現できる空間が居心地よく感じました。


そして、私にとって大きな転機が訪れました。

ある記事に初めてのコメントをいただいたんです。方向性が定まらないまま、それでもその時の考えを全力で込めて書いた記事。初めてのコメントが、ただただ嬉しくてたまらなかったです。


そのコメントが私の考えをガラッと変えました。同時期に2つの記事にそれぞれこんなコメントをいただきました。

「そういう風に考えられる人って滅多にいないので、とても素敵だと思いました。」

「この投稿の視点すごいなと思いました」

え、私がぐるぐる考えたことが、誰かにとって意外なものなの?


最初は、コメント嬉しい!だけで手放しで喜んでいたのですが、その言葉は私の頭の中でずっと反芻され続けていました。


この2つのコメントをいただいた記事は、私がノートの使い方を変えて、今まで以上に自分を深掘りし、読者に届けることを第一に考えた記事でした。

「読者のことを考える」ってよく聞くけど、それまでの私は、実際どういうことがよくわかってませんでした。

でも、もっと自分の言葉を届けたいと思った時、こんなことを意識してみました。

  • この文章を読みに来た人は 最終的にどんなことを知りたいんだろう

  • どこをゴールにして、どういう気持ちになりたくて読んでるんだろう

  • 私はこの記事に来てくれた人に、どんなことを感じて欲しいんだろう



コメントをいただいた記事は、そんなことを考えながら文章を作ってみました。そうすると不思議と「ここは淡々と書いた方がいい」とか、「この部分は厚く深く、言葉を重ねた方がいい」というのが、なんとなく分かるようになってきました。


そしてこの2つのコメントが 私の考えをガラッと変えました。


私はずっと、自分の「考えすぎる性格」は、 変えるべきもの、消すべきものだと思っていました。でも、考えて考えて、考えすぎて考えすぎたからこそ、他の人から「この投稿の視点すごい」と言われる視点を手に入れることができた。これは武器だったんだと初めて気づきました。


すると、今自分がしている経理の仕事の見方も変わりました。
よく思い返してみたら、私は所詮お手伝いだと言いながら、経理の自動化を少しずつ形にしてきました。なぜなら、そのお手伝いが、私の人生の時間を奪うのが嫌だったから。


この自動化をゼロから自分ひとりで形にできたのは、私が人から「考えすぎ」と言われるほど、考える性格だったからできたことでした。


どうしたら作業を減らせるかを考え抜けた結果、一つずつ手作業を手放せたんだと思います。もうすでに考えすぎの性格をそのまま武器にできていた。そのことに何年も経って気づきました。


気づいた瞬間は、心から安堵できました。
私はこのままで良かったんだ。
このままの私が活かせる方法があるんだ。


遠回りしましたが、自分を肯定できるこの考え方に辿り着けて、本当に良かったと心から思っています。

私の今とこれから

私はこれから、この気づきを基に、新たなコンセプトを持ってnote発信をしていきます。



このコンセプトのお話をするにあたって、今の私が感じる「考えすぎ」についての正直な気持ちを聞いていただけますか。口が悪いですが、ご了承ください。


「考えすぎ」ってなんだよ!うるさいよ。考えすぎってどこが「過ぎて」んだよ。
エジソンもアインシュタインも、考えて考えて、考えすぎるくらい考えたから、皆歴史に残る成果を果たしたんだよ!

時代を作ってきたのは、そうやって考えて考えて、考え抜いた人たちです。あなた方にとっては、「考えすぎている」のかもしれませんが、考えるというのは武器です。偉人がそれを証明してる。

考えるから、人生をより良くしようと思える。答えを探せる。人から「考えすぎ」と言われる思考力を、転換して「考え抜く」に変えられたら、それは 大きな大きな、何かを作れる武器になると思う。その武器を手に入れたら、無敵になれる。



考えすぎという言葉は今も嫌いです。だって、「過ぎて」なんかいないから。以前の怒りが、私の中でさらに大きな熱になって、発火している感じがします。

私はこの「考えすぎ」という言葉に傷ついて、悩んできた方たちと私は出会いたいです。
そして私は、人から考えすぎと言われる人たちと、「考え抜く」力を育てて、 一緒に何か大きなものを作りたい。

考えられる私たちだからこそ、AI だって思いつかないような深い思考を、何かの作品に何かのコンテンツに、きっとできると思う。
だから私のコンセプトは考えすぎを「考え抜く」武器に変えるです。


コンセプトを決めた数日後、noteのCXO深津さんの記事を拝見しました。

タイムリーに出会えた記事が、まさに今の自分の背中を押してくれているようで嬉しい。数年かけて、私はようやく旗を立てることができました。


「考えすぎ」と向き合い、生まれた叶えたい夢

今私がこのコンセプトで考えている夢があります。

  • 本の出版

  • 交流会の開催

  • 講演会


私と同じように、「考えすぎと言われる自分は普通じゃないんだ」「普通はこんなこと考えないんだ」と自分を否定してきた方たちが、少しでも「私ってすごいじゃん!」と思えるお手伝いがしたい。そんな人たちと、出会う場を作り、本を作ったり、コンテンツを作ったりしたい。

すべて私が「考えすぎ」と言われる性質だったからこそ出会えた夢です。


そして、これから投稿する記事は、大きく2つのジャンルで書いていきます。

  1. 考えすぎを和らげる

  2. 考えすぎを考え抜くに育てる


自分の経験から学んだ、考えすぎを和らげる方法。
大学で学んだ心理学をベースに、脳科学や心理学から学んだ、考え抜く力の育て方。
考え抜くプロの偉人から学んだ、考え抜く知恵。


一つずつ自分で実践しながら、その発見を皆さんにお届けしたいと思っています。


まだまだ、旗が立ったばかりの私のnoteです。走り出したばかりの私ですが、一緒に成長を見守っていただけたら嬉しいです🌼

最後に

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

ずっと何を伝えたいかが分からないまま、発信を続けていた私が、このコンセプトに出会えたのは、私の記事を読んでコメントをくださった方のおかげでした。

私ひとりでは、何年経っても見つからなかった方向性が、たった2つのコメントで一気に花開いたんです。2つのコメントが私の人生の目標をくれたんです。これは本当にすごいことです。感謝しても感謝しきれません。
コメントをくださった方、本当に本当にありがとうございます。


そしてこの体験から、私は今まで以上に、言葉の持つエネルギーを強く感じるようになりました。

言葉は人を変えることができる。
「考えすぎ」という言葉に私が苦しめられたように、良くも悪くも、大きな影響力があります。

私は一人でも多くの考えすぎる人が、自分を否定しなくなり、その深さを活かして生きられるお手伝いがしたい。絡まっていた思考が、あなただけの強みに織り上がる、そんな場所にしていきます。



2026.5.23
コンセプトを少し変更いたしました。
よろしければこちらの記事も見ていただけたら嬉しいです🌷

最後まで読んでくださり、ありがとうございました🌼


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