実践するドラッカー実践編 第43話:成果は、医院の外にある――75年続く地域歯科医院が実践で見つけたもの⑤(全5話)
事例8-5 「私」から「私たち」へ ― 100年続く医院を目指して
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
予期せぬ成功は、患者さんの変化だけでは終わりませんでした。
患者さんが変わっていく姿を見たスタッフたちが、「私たちが頑張ってきたことは、こういうことだったんだ」と感じるようになりました。自分たちの仕事に意味を見出し始めたのです。
この内側の変化を、H先生はさらに深めていこうとしていました。
チーフたちの人生が、よりよくなるために
この時期、H先生が特に心がけていたことの一つが、各部門のチーフたちへの関わり方でした。
医院には三人のチーフがいます。H先生は彼女たちに業務を任せるだけでなく、「この人たちの人生がよりよくなるために、自分に何ができるか」を考え続けていました。
組織の成長と、個人の成長が重なり合っていくこと。
医院がよくなることと、そこで働く人たちが自分の人生をよりよく生きることが、別々ではなく一つにつながっていくこと。
ドラッカーの学びも、理論としてではなく、日々の問いとして共有していきました。
自分たちは何を目指しているのか。患者さんの人生にどんな変化を届けたいのか。そのために、自分は何に貢献できるのか。
人は、ただ指示を受けるだけでは本当の意味で責任を持てません。自分の仕事が何につながっているのかが見えたとき、初めて誇りが生まれます。
H先生は、チーフたちにその感覚を持ってほしいと考えていたのです。
「私たち」という言葉を選ぶ
もう一つ、H先生が強く意識していたのが言葉の使い方です。
特に大切にしたのが、「私」ではなく「私たち」と言うこと。
ドラッカーは『経営者の条件』の中でこう述べています。
もう一つ身につけるべき習慣が「私は」とは言わずに、「われわれは」と考え、「われわれは」ということである。最終責任は自分にあることを知らなければならない。
「われわれは」とは、責任をあいまいにする言葉ではありません。
むしろ逆です。
最終責任は経営者であるH先生にあります。その責任は誰とも分担できない。けれども、組織の成果は一人では生み出せない。
だからこそH先生は、こう言い続けました。
「私たちは、このためにこれをやってきたよね。」
「私たちは、これを大切にしてきたよね。」
うまくいかなかったときに「あの人ができなかったから」で終わらせない。患者さんのためにチームとして何ができるか、自分の立場からどんな貢献ができるかを、一人ひとりが考える。
責任を押しつけ合うのではなく、貢献を探し合う。それがH先生の考える「私たち」でした。
チーフたちも「私たち」と言い始めた
H先生が「私たち」と言い続けているうちに、変化が起きました。
チーフたちも自然とその言葉を使うようになったのです。
「私たちのチームでは、こう考えています。」
「私たちの部門では、これをやろうとしています。」
担当業務をこなすのではなく、自分たちのチームとして考える。
自分たちの部門として責任を持つ。
小さな変化に見えるかもしれません。けれども、組織にとっては大きな転換です。
人が自分の仕事を「私の作業」ではなく「私たちの貢献」として捉え始めたとき、そこにチームとしての責任と誇りが育っていきます。
最初の10年と、この5年は確実に違う
H先生は、振り返ってこう語っています。
何もわからずやってきて成功していたかのように見えていた10年と、この5年は確実に違う。
ドラッカーは、効率と成果の違いについて、こう述べています。
最高の事業であっても、効率が悪ければつぶれる。しかし、間違った事業であってはいかに効率が良くとも生き延びることはできない。馬車用の鞭のメーカーであったのでは、効率の如何にかかわらず存続はできない。成果のあがる事業であることが繁栄の前提である。効率はその後の条件である。効率とは仕事の仕方であり、成果とは仕事の適切さである。
成果の定義③ 効率よりも成果が先である p.98
(マネジメント(上) p.52)
第1話で描いた最初の10年を振り返ると、H先生たちは懸命に働いていました。がむしゃらに診療し、がむしゃらに医院を回していました。仕事の仕方としては、決して手を抜いていたわけではありません。
けれども、問われていたのは仕事の「仕方」ではなく、仕事の「適切さ」でした。
その仕事は、患者さんの生活や人生にどんな変化を生み出していたのか。
スタッフ一人ひとりが、自分の貢献を実感できるものになっていたのか。
医院として、本当に集中すべき成果に向かっていたのか。
効率とは、仕事の仕方。
成果とは、仕事の適切さ。
70周年後の5年間で変わったのは、まさにこの部分でした。
何かあれば原点に戻る。自分たちの成果とは何かを問う。スタッフの声を聞く。チーフたちと方向を共有する。患者さんの変化から、自分たちの仕事の意味を受け取り直す。
仕事の「仕方」を磨くだけでなく、仕事の「適切さ」を問い続ける。試行錯誤しながらも、原則と結びつけて進む5年でした。
振り返りが、実践を次に進める
ナレッジプラザの実践者報告会での発表も、H先生にとって大きな意味を持っていました。
自分たちが何をしてきたのか。なぜそれが大切だったのか。どの原則と結びついていたのか。それを棚卸しし、人に伝える形に整理する。
H先生はこう語っています。
ただ思っているだけ、感じているだけでは、ちゃんと整理されない。
次にはあまりつながらない。
一回こうやって全部棚卸しして出して、しかもアウトプットすると、やっぱりこういうことだったんだなってすごく感じる。
読む。考える。実践する。振り返る。言葉にする。人に伝える。もう一度、原則と結びつける。
ここまでして初めて、実践は自分たちの力になります。
偶然うまくいった話で終わらせず、自分たちの次の一歩に変えていく。
それが「実践するドラッカー」ということなのだと思います。
100年続く医院へ
医院は75周年を迎えました。次は80周年。そしてその先に、100年続く医院という目標があります。
H先生はこれからの課題として、スタッフルームの活用、子育てしながら働きやすい環境づくり、経理や労務のチーフへの引き継ぎ、地域向けセミナーの開催を挙げています。
それは、H先生自身の働き方を変えていくことでもあります。これまで抱えてきたものを少しずつ人に任せ、自分は地域に向けた新しい貢献へ踏み出していく。
100年続くとは、単に長く存在することではありません。
変わり続けること。そして、変わらないものを持ち続けること。
患者さんの人生をよりよくしたいという思い。
スタッフ一人ひとりの人生も大切にしたいという思い。
成果は組織の外にあるという考え方。
「私」ではなく「私たち」で歩む姿勢。
その変わらないものを胸に、変わり続けていく。
H先生たちの100年への歩みは、もう始まっています。
【今日の問い】
Q:あなたは、次の世代に引き継ぎたい「変わらないもの」を言葉にできていますか?
長く続く組織には、時代に合わせて変わり続ける力が必要です。同時に、変えてはいけないものもあります。
誰のために存在するのか。何を成果とするのか。働く人にどんな貢献を期待するのか。
それを言葉にし、日々の実践に結びつけていくことが、次の10年、さらにその先へ向かう土台になるのではないでしょうか。
このHさんの物語の第①話はこちらから
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