実践するドラッカー 実践編 第92話:顧客に聞けば、仕事は変わる――ある地方バス会社の小さな実践①(全9話)
事例18-1 会社は、存続することが目的ではない
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
雄大な自然環境に恵まれた、人口15万程度の地方都市。
この地域随一の町で、周辺地域も含めて中心的な産業は農業です。
そこに、大正時代から100年近くにわたって地域の足を支えてきた老舗バス会社、UUバス社がありました。
しかし、高度成長期の終わり頃から、路線バスの利用客は減少を続けていました。
「一家に一台」どころか2台、3台という田舎独特のマイカーの普及や
地方では当たり前になっている若者を中心とした都市部への人口流出など、
地域の暮らしそのものが変わる中で、
バスの利用客はピーク時の5分の1未満に減っていました。
当時、UUバス社を経営していたのは「Uさん」の父親でした。
一方、息子のUさんは学生時代から地元を離れ、高速道路を使っても3時間以上かかる大都市地域で、
全国大手の企業に勤めていました。
家業を継ぐために経験を積んでいたわけではありません。
むしろ、UUバス社とは距離を置き、自分自身の仕事と人生を歩んでいました。
そんなある日、父親から連絡が入りました。
会って話がしたいというのです。
珍しいな、と思いつつ夕食を一緒にしたあと、
父親は、Uさんにこう告げました。
「できる限りの合理化はしてきた。でも、もう次の一手がない」
UUバス社では、
それまでにも資産の売却や車両更新の先送り、人件費の削減など、
会社を存続させるための対策を重ねていました。
しかし、どれだけコストを削っても、利用客そのものが増えるわけではありません。
収入が減る。
コストを削る。
それでも、また収入が減る。
そうした状態が長く続いていました。
そして父は、最後に言いました。
「もう、会社を畳むしかない」
家業との距離
Uさんは、その話を聞いて少し驚きはしましたが、それほど心は動きませんでした。
Uさんが父親に言った言葉は、
「そうか。残念だったね」
という距離を置いたものでしたし、父親もそれを当然としていました。
Uさんは、幼い頃から家業を継ぐように求められてきたわけではありません。
10代から地元を離れ、自分のやりたいことに挑戦し、
その後は全国大手の企業で仕事をしていました。
そこで携わっていたのは、宣伝や企画の仕事でした。
新しいものを考え、世の中に伝え、その反応が数字となって返ってくる。
Uさんにとって、やりがいのある仕事でした。
父親からも、若い頃から「自分の道を歩め」と言われていました。
そのため、UUバス社を継ぐことは、Uさん自身の人生設計の中にはありませんでした。
会社がなくなることは残念です。
しかし、利用する人が長年減り続け、事業として成り立たなくなっているのであれば、廃業という判断もあり得ます。
長く続いてきたからという理由だけで、会社を残し続けることを選んではいけないのではないか。
このときのUさんには、まだその答えはありませんでした。
一つの夢
その夜、Uさんは夢を見ました。
バスに乗ったお客様の指先から、小銭が運賃箱へ落ちていきます。
ぽとり。
ぽとり。
目を覚ましたUさんは、その小銭について考えました。
地域の人たちが支払った運賃は、UUバス社の売上になります。
そこから社員の給料が支払われ、家族の生活も支えられてきました。
そして、その一部は仕送りとなって、学生時代から地元を離れて暮らしていた自分にも届いていました。
自分が学び、好きなことに挑戦し、自分の人生を歩んでこられた背景には、バスに乗り、運賃を支払ってくれた地域の人たちがいました。
Uさんは、そこで初めて気づきます。
自分を直接育ててくれたのは両親です。
しかし、直接助けてくれたのは両親でも、間接的に支えてくれていたのは地域の人たちだったはずです。
存続の意味
ここで、会社を見る視点が少し変わりました。
「家業だから残したい」
「長く続いてきた会社だから守りたい」
ということではありません。
むしろ、この会社は、これまで地域から何を受け取ってきたのか。
そして、この会社を通じて、これから地域に何を返せるのか。
という問いでした。
ドラッカーは、組織について次のように述べています。
組織は存在することが目的ではない。種の永続が成功ではない。(中略)組織は社会の機関である。外の世界に対する貢献が目的である。
(経営者の条件 p.34)
会社を存続させること自体が目的なのではありません。
外の世界に成果(よい変化)をもたらすために、組織は存在します。
この言葉に照らして考えると、UUバス社について問うべきことも、
「どうすれば会社を残せるか」
ではありません。
むしろ、
「この会社は、地域に何をもたらすために存在しているのか」
ということになります。
その問いで見直してみると、UUバス社にはまだ役割がありました。
通学に使う人。
通院に使う人。
自分で車を運転できない人。
日々の暮らしの中で、移動の手段を必要としている人。
利用客は減っていても、必要としている人がゼロになったわけではありません。
会社そのものを残すことに意味があるのではなく、
この会社を通じて果たせる役割が残っているのであれば、そこに存続する意味がある。
Uさんは、そう考えるようになりました。
引き受ける決意
翌朝、Uさんは電話で父親を呼び出し、会うことにしました。
そして言いました。
「自分にやらせてほしい」
父親は、喜ぶところか、激怒して猛反対しました。
そして、それでも食い下がるUさんに、厳しい条件を出しました。
「やるなら、全部やれ」
「すべての責任を持つなら、やらせてやる」
Uさんは、その条件を受け入れました。
こうしてUさんは、UUバス社の経営を引き受けることになりました。
ただし、この時点で、再建の方法が見えていたわけではありません。
利用客をどう増やせばよいのか。
社員とどう向き合えばよいのか。
何を変え、何を残すべきなのか。
その答えは、まだ何一つありませんでした。
変わったのは、問いの置き方でした。
「会社をどう残すか」から、
「会社を通じて、外の世界に何をもたらすか」へ。
UUバス社の再建は、ここから始まります。
【今日の質問】
Q:あなたの会社がなくなったとき、誰が、何に困りますか?
会社を続ける方法を考える前に、少しだけ視点を外に向けてみます。
自分たちがなくなったときに、誰の生活が変わるのか。
誰の仕事がやりにくくなるのか。
誰が、どのような価値を受け取れなくなるのか。
そこから考えてみると、自分たちが外の世界に果たしている役割が、少し具体的に見えてくるかもしれません。
~次回予告~
会社を引き受けたUさんを待っていたのは、いわゆるリストラを繰り返してきた会社と社員との深刻な対立でした。
次に問われたのは、組織を変える前に、経営者自身がどう変わるかという問題です。
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