実践するドラッカー 実践編 第17話:プロフェッショナルが育つ組織を作る④(全4話)
事例4-4 [思考編]~強みの上に強みを築け
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
この連載では、D社長の会社が「社員がプロフェッショナルとして働く組織」へと変わっていく過程を見てきました。
社員が学び、考え、自分の仕事を自分の言葉で語る。
そうした文化が育ってきたとき、D社長はもう一つの課題に気づきます。
それは、本当に社員がプロフェッショナルとして働ける仕事の設計になっているのか、ということでした。
■デザイナーなのか、顧客窓口なのか
この会社の強みは、店舗空間をプロデュースするデザイン力にあります。
ところが現場では、ある問題が起きていました。
店舗の設計を担当するデザイナーが、施工後も施主から細かなトラブル対応で呼び出されていたのです。
「空調の調子が悪い」
「電気がつかない」
「設備を見てほしい」
本来は施工会社や設備会社が対応すべき内容でも、施工を引き受けた会社という理由で、この会社に連絡が入ります。
もともとこの会社では、デザイナー自らが施主の想いを深く聴き取り、店舗のコンセプトづくりを支援したうえで、店舗プロデュースを行っていました。
そのため、施主との信頼関係は非常に深いものになります。
だからこそ、施工後も施主から直接連絡が入る。
それは、ある意味では自然なことでもありました。
D社長も当初は、それを仕方のないことだと考えていました。
しかし、その結果、デザイナーは設計以外の対応に多くの時間を取られていました。
D社長は、あるとき気づきます。
社員の専門家としての役割が、広がりすぎている。
デザイナーは本来、空間をデザインする専門家です。
しかし実際には、施工後のトラブル対応や設備確認まで引き受け、設計に集中する時間が削られていました。
実は、デザイナー自身も細かな対応に追われ、疲弊していたのです。
プロフェッショナルとして働く時間が、奪われていました。
■時間記録が突きつけた現実
この問題がはっきり見えたきっかけは、
社員たちが取り組み始めた時間管理でした。
社員たちは「時間記録」をつけ始めます。
これは、上長が部下の働きぶりを監視するための日報ではありません。
部下がさぼっていないかを確認するための、「作業労働者」を前提とした管理表でもありません。
時間記録とは、自分自身の時間の使い方を見つめるための家計簿です。
主観を取り除き、自分の時間を客観視するための道具です。
D社長の頭にあったのは、ドラッカーの言葉でした。
知識労働においては時間の活用と浪費の違いは成果と業績に直接現れる。
(経営者の条件 p.57)
知識労働では、時間の使い方そのものが成果を左右します。
実際に時間記録をつけてみると、ある事実が見えてきました。
デザイナーたちの時間の中に、本来やる必要のない仕事が大量に入り込んでいたのです。
それは、デザイナーたちのモチベーション低下にも影響していました。
■プロとしての時間の優先する
あるとき、部下がD社長に問いかけました。
「この仕事、本当に私たちがやる必要がありますか」
その言葉は、D社長の胸に残りました。
もしその通りだとすれば、デザイナーたちはプロフェッショナルとして働く時間を奪われていることになります。
D社長は迷いました。
この仕事をやめれば、売上は減るかもしれない。
施主との関係にも影響が出るかもしれない。
しかし同時に、別の事実も見えていました。
社員たちが、強みを生かす時間をほとんど持てていない。
その状態では、仕事は目の前の対応に追われ、惰性になっていきます。
活き活きと工夫し、改善し、成長を楽しむのではなく、与えられたことを機械的にこなす働き方になってしまう。
それでは、プロフェッショナルは育ちません。
■強みに集中するという決断
悩んだ末、D社長は決断します。
会社の仕事の範囲を、あえて狭める。
それまでこの会社では、店舗設計だけでなく、施工の手配も自社で行っていました。
元請けとして全体を引き受ける形です。
しかしそのやり方では、デザイナーが施工調整や施工後のトラブル対応に時間を取られてしまいます。
D社長は、改めて考えました。
自分たちの強みは何か。
それは、空間をプロデュースする力ではないか。
そのとき頭にあったのが、ドラッカーの言葉でした。。
集中とは、「真に意味あることは何か」「最も重要なことは何か」という観点から時間と仕事について自ら意思決定をする勇気のことである。この集中こそ、時間や仕事の従者となることなく、それらの主人となるための唯一の方法である。
/集中とは勇気である p.222
(経営者の条件 p.152)
惰性で続けてきた仕事でも、本当に意味があるのかを問い直さなければならない。
社員をプロフェッショナルとして育てるには、仕事そのものを設計し直す必要がある。
そう考えたD社長は、施工の元請けとして中間マージンを取る仕事をやめることにしました。
施工は施工会社に任せる。
自分たちはデザインに集中する。
そう決めたのです。
■シミュレーションして見えた未来
もちろん、この決断は勘や勢いで決めたことではありませんでした。
D社長は実行前に、数字でシミュレーションを行いました。
元請けをやめれば、売上高は下がる可能性があります。
しかし、施工調整やトラブル対応にかかっていた手間や時間は減ります。
さらに、デザイナーが本来の仕事に集中できれば、設計そのものの価値は高まる。
数字を整理していくと、ある可能性が見えてきました。
売上は下がっても、利益は残るのではないか。
むしろ、強みに集中した方が、会社として健全になるのではないか。
意外にも、「行けそうだ」という手応えがありました。
そこでD社長は、実行に踏み切ります。
■減収増益という結果
結果は、シミュレーション通りになりました。
一件あたりの売上額は、元請け受注時代より大きく下がりました。
しかし、設計に集中できるようになったことで、受託できる仕事の数は増えました。
受けられる仕事の件数は、約30%増えたのです。
一件の金額は小さくなった。
しかし、件数は増えた。
施工対応に追われる時間も減った。
その結果、利益はむしろ以前よりも残りました。
つまり、減収増益という形になったのです。
■プロフェッショナルが育つ環境
さらに大きかったのは、社員の働き方でした。
施工トラブルへの対応に追われることが減り、仕事にゆとりが生まれました。
その結果、現場での工夫や、お客様への心遣いに時間を使えるようになります。
デザイナーはデザインに集中できるようになりました。
それぞれが、自分の専門性で価値を生み出す仕事に力を注げるようになったのです。
プロフェッショナルは、能力だけでは育ちません。
その能力を発揮できる仕事環境が必要です。
どれほど優れた力を持っていても、その力を使う時間がなければ、成果にはつながりません。
強みは、発揮する場所と時間があって初めて、強みになるのです。
■強みの上に築く
こうしてD社長の会社では、組織の姿が変わっていきました。
社員は、単なる作業者ではありません。
それぞれが自分の強みで貢献するプロフェッショナルとして働くようになっていきます。
学び続ける仕組み。
共通言語としてのドラッカー。
自分の仕事を語る経営計画発表会。
そして、強みを生かす仕事の設計。
これらが重なり、プロフェッショナルが育つ組織が形になっていきました。
ドラッカーは、こう言いました。
強みを基盤とすることである。自らの強み、同僚、部下の強みの上に築くことである。
D社長の会社は、その言葉を実践する組織へと変わっていったのです。
【今日の問い】
Q:社員が生き生きと強みを発揮しているのは、どんな仕事をしている時間ですか。
スタッフ一人ひとりについて、あるいは専門セクションごとに考えてみてください。
「雑談が苦手な腕の良い職人が、客先での対応を嫌がる」
「作業後の片付けや清掃を素早くこなせることが、一人前の前提とされている」
「大きな仕事をやり遂げたなら、その回収まで責任を持つべきだ」
こうしたことを“我慢してやり切る”姿勢は、かつては責任感や成長意欲の表れとして評価されてきました。
もちろん、仕事である以上、やりたいことだけをしていればよいわけではありません。
しかし、その人が最も力を発揮すべき領域に時間や手間をかけられなくなっているとしたらどうでしょうか。
それは、生産性を下げるだけではありません。
やりがいを失わせ、離職の原因になることさえあります。
AIやデバイスが進化している今だからこそ、人が担うべき仕事と、仕組みや道具に任せられる仕事を見直す余地があります。
「誰が、どの仕事をしているときに、最も価値を生み出しているのか」
逆に「どの仕事が、その人の強みを発揮する時間を奪っているのか」
あなたの職場では、誰がどの時間に、どんな場面で最も力を発揮しているでしょうか。
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