実践するドラッカー 実践編 第87話:人が変わる。つながりが生まれる。地域へ広がる。――ドラッカー読書会、東北の実践から⑤(全5話)
事例16-5 一人が変わると、次の一人がやってくる。
本記事は、実際の読書会での実践報告をもとに、人物名、地域、職業、時期などを一部変更・再構成しています。
ここまで、Sさんが関わってきたドラッカー読書会と、そこに集まった人たちの物語を見てきました。
宮城さん(仮称)の本には、二色の線が引かれていました。
一色は、自分が見つけたもの。
もう一色は、誰かに見せてもらったもの。
自分とは違う見方の向こうには、自分には見えていない現実があるかもしれない。
山形さん(仮称)は、学びを続けた数年間を振り返ったとき、仕事だけでなく家庭にも、予想していなかったよい変化が起きていることに気づきました。
岩手さん(仮称)は、職場へのモヤモヤを抱えて読書会にやってきました。
そこで得たのは、すぐに使える「正解」ではありません。
むしろ、
「自分は、本当は何を問うべきなのだろう」
と考える時間でした。
では、そんな一人ひとりの変化は、どこへ向かっていったのでしょうか。
その答えを探していくと、もう一度、Sさんのところへ戻ってきます。
Sさんも、「誘われた一人」だった
第1話でご紹介したように、Sさんがドラッカー読書会と出会ったのは、吉田麻子さんの勉強会でした。
吉田さんがナレッジプラザの読書会ファシリテータとなり、その勉強会の中でドラッカー読書会が始まった。
Sさんは、その最初の参加者の一人でした。
つまりSさんも、最初から、
「東北にドラッカーの学びを広げよう」
と思って動き始めたわけではありません。
誰かがつくってくれた場に参加し、
本を読み、
人の話を聞き、
自分について考えた。
その一人だったのです。
やがて、
「地域に学びの場を残したいなら、自分がファシリテータになってはどうか」
と背中を押されます。
そこから、Sさん自身が読書会ファシリテータとなりました。
考えてみると、この物語は最初から、
誰かから誰かへ手渡されることで続いてきた
のです。
「この人、きっと合うと思うよ」
読書会が各地で続くようになると、不思議なことが起き始めました。
参加者が、別の人を連れてくるようになったのです。
Sさんが知らない人が参加している。
話を聞いてみると、
「○○さんに誘われました」
と言う。
ある人は、友人から、
「最近、なんだか楽しそうだけど、何をしているの?」
と聞かれたことがきっかけでした。
その人が、
「こんな読書会に参加しているんだよ」
と話した。
すると、
「私も行ってみたい」
となった。
別の人は、
「この人、きっとこの場所に合うと思う」
と、誰かを連れてきました。
誰かを勧誘しようとしたというより、
自分がよかったと思った場所を、自然に誰かへ伝えた。
そんなつながりでした。
Sさんが、ほとんど誰も誘わなかった日
それを象徴するような出来事がありました。
ある地域で、新しいドラッカー読書会を立ち上げる前のセミナーが開かれたときのことです。
会場には、30人ほどの人が集まりました。
ところがSさんは、ほとんど誰も直接誘っていませんでした。
では、なぜ人が集まったのでしょう。
それまで読書会に参加してきた人たちが、それぞれ声をかけていたのです。
一人が一人を連れてきた。
その人が、また別の人に声をかけた。
いつの間にか、Sさん一人が頑張って人を集める必要がなくなっていました。
第1話で、Sさんは長い間、
「どうすれば人が集まるのだろう」
と悩んでいました。
でも、振り返ってみると、人が集まり始めた理由は、集客の技術だけではなかったのかもしれません。
そこで学んだ人自身が、少しずつ変わっていた。
そして、その姿を見た周囲の人が、
「何か、ちょっと違う」
と感じ始めていたのです。
最初に読むのは、「自分自身」についての本
ナレッジプラザのドラッカー読書会で、最初に読む本があります。
『経営者の条件』です。
タイトルだけを見ると、経営者のための本のように感じるかもしれません。けれど、その中心にあるのは、
他人をどう動かすかではなく、自分自身をどうマネジメントするか
という問いです。
ドラッカーは、そのまえがきでこう述べています。
普通のマネジメントの本は、人をマネジメントする方法について書いている。しかし本書は、成果をあげるために、自らをマネジメントする方法について書いた。他の人間をマネジメントできるなどということは証明されていない。しかし自らをマネジメントすることは常に可能である。
そもそも自らをマネジメントできない者が、部下や同僚をマネジメントできるはずがない。マネジメントとは、模範となることによって行うものである。
人を変える方法ではなく、自分自身をマネジメントする方法。
この言葉は、Sさんたちの歩みを振り返ると、とても象徴的に見えます。
「模範になろう」としたわけではない
ただし、Sさん自身が、
「私はみんなの模範になろう」
と思っていたわけではありません。
それでは、少しSさんらしくありません。
Sさんがずっと考えていたのは、
もっと身近なことでした。
みんなが心地よく学ぶために、自分はどうあればいいのだろう。
初めて来た人が安心して話せるようにするには、何ができるだろう。
「やります」も、「やめます」も、「休みます」も言える場所にするには、どうしたらいいだろう。
次の地域に読書会をつくるために、自分にできることは何だろう。
誰かを変えることより、
自分自身がどうするか
を考え続けてきたのです。
そして面白いのは、その結果でした。
Sさん自身が気づいていなかったところを、周囲の人が見ていました。
周囲の人が、強みを見つけてくれた
ある人は、Sさんが人を急かさないところを見ていたかもしれません。
ある人は、初めて参加した人にも自然に声をかけるところを見ていたかもしれません。
ある人は、参加できない人や一度離れた人にも、
「また来ればいいよ」
と言える空気をつくっているところに気づいたのかもしれません。
そしてある人は、Sさん自身が楽しそうに学び続けている姿を見ていたのかもしれません。
本人にとっては、
「そんなこと、特別に意識していなかった」
ということもあったでしょう。
でも、周囲の人はそこにSさんの強みを見つけます。
そして、その中から、
「これは、自分もやってみたい」
と思うものを持ち帰っていった。
そう考えると、ドラッカーのいう「模範となる」とは、
自分で、
「私を見習ってください」
と言うことではないのでしょう。
自分自身をマネジメントし、自分の強みを生かして行動していると、周囲の誰かが、そこに自分なりのお手本を見つけてくれる。
そんなことなのかもしれません。
学びは、人の中に持ち出される
それはSさんだけの話ではありません。
宮城さんは、自分とは違うものの見方を受け止める習慣を、仕事へ持ち帰りました。
山形さんは、学びを家庭へ持ち帰り、振り返ってみたら「ありがとう」が増えていました。
岩手さんは、「私は」ではなく「我々は」と考える視点を職場へ持ち帰りました。
読書会での学びは、読書会の中だけに残っていたのではありません。
それぞれの人の中に持ち出され、
職場へ行き、
家庭へ行き、
地域へ行った。
そして、その人が少し変わることで、その周囲にも小さな変化が起こり始めました。
別の参加者、秋田さん(仮称)は、読書会で学ぶことについて、
原理原則に触れ、自分自身の生き方や責任について考える機会になる。
そして、その人のあり方が、その人の属する組織や社会にも影響していく。
そんな意味があるのではないか、と振り返っています。
変わるのは、最初から「地域」ではありません。
まず、一人です。
「つながる」の一つ前にあるもの
別の参加者からは、こんな話も出ました。
人と人がつながることには、大きな意味がある。
つながった人との出会いが、その後の人生を変えることもある。
でも、その一つ前には、
「きっかけ」
が必要なのではないか。
読書会に誘われた。
たまたま隣の席になった。
誰かから、
「行ってみたら?」
と言われた。
一冊の本を渡された。
そんな小さなきっかけがなければ、本来出会わなかった人同士が、つながることもありません。
そう考えると、
つながりそのものだけではなく、つながるきっかけをつくることにも意味がある
のだと思います。
そしてSさんは、あるとき気づきました。
今回、一緒に実践報告をしてくれた人たちを眺めながら、
「この人たち、読書会がなかったら、私は出会っていなかったんだ」
と。
仕事も違う。
住んでいる地域も違う。
年齢も違う。
もともとの人間関係があったわけでもない。
一冊の本を囲むという、小さなきっかけがなければ、交わることのなかった人たちでした。
372回の、本当の意味
Sさんには、ファシリテータとして関わる読書会を500回まで積み重ねたい、という目標があります。
今回の実践報告の時点で、その数は372回でした。
でも、ここまでこの物語をたどってくると、
372という数字の見え方も少し変わってきます。
372回開催した。
それだけではありません。
そのたびに誰かが本を読みました。
誰かが自分について話しました。
誰かが、自分とは違う見方に出会いました。
誰かが、自分の小さな成功に気づきました。
誰かが、自分の問いを持ち帰りました。
そして、ときには、
その人自身の変化を見た別の人が、
「自分も行ってみたい」
と思いました。
一つの対話が、次の対話を生んでいったのです。
だから、
「一冊の本から、372回の対話が生まれた」
というよりも、
本当は、
一つの対話から、次の対話が生まれ続けた。
そう言った方が近いのかもしれません。
人が変わる。つながりが生まれる。地域へ広がる。
今回、東北各県のドラッカー読書会が、エリア全体のチームとして読書会MVPを受賞したことをきっかけに、Sさんたちはこれまでを振り返りました。
そこから見えてきたのは、
何か特別な方法によって地域が変わった、という物語ではありませんでした。
一人が学ぶ。
一つやってみる。
少し変わる。
それを見ていた誰かが、次の一歩を踏み出す。
その人がまた、別の場所で実践する。
そうして、
人と人がつながり、
地域と地域がつながっていった。
最初から大きな変化を目指したわけではありません。
Sさん自身も、最初は一人の参加者でした。
誰かがつくってくれた場所で学び、
誰かに背中を押され、
自分にできることを始めた。
その姿を見て、また別の誰かが動いた。
その繰り返しでした。
人が変わる。
つながりが生まれる。
地域へ広がる。
けれど、その出発点はいつも、
「誰かをどう変えるか」ではなく、
「自分自身は何をするか」
だったのだと思います。
Sさんがかつて、学びを「希望の種」と感じたように。
自分が受け取った種を、自分の中で育てる。
そして、その姿を見た誰かが、また自分の種を育て始める。
そうして気づけば、東北のあちこちに、小さな学びの場が生まれていました。
それは、誰か一人がつくった成果ではありません。
それぞれの人が、自分の一歩を踏み出した結果です。
【今日の問い】
Q:次の誰かが一歩踏み出したくなるために、あなた自身はどんな一歩を踏み出しますか?
誰かのお手本になろうとする必要はありません。
自分にできることを、自分なりにやってみる。
自分の強みを生かす。
学んだことを、一つ実践する。
その姿のどこに意味を見つけるかは、周囲の人が決めます。
Sさん自身が意識していなかった強みを、周囲の人たちが見つけてくれたように、自分では何でもないと思っている行動が、誰かにとっての
「自分もやってみよう」
というきっかけになることがあります。
誰かを動かそうとするのではなく、自分が一歩踏み出す。
その一歩が、次の一人につながる。
あなたなら、どんな一歩から始めますか。
おわりに
一冊の本を読む。
誰かと話す。
そして、少しだけやってみる。
その人が少し変わる。
それを見た誰かが、また一歩踏み出す。
そんな小さな繰り返しから生まれるものを、私たちはまだ過小評価しているのかもしれません。
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