実践するドラッカー 実践編 第83話:人が変わる。つながりが生まれる。地域へ広がる。――ドラッカー読書会、東北の実践から①(全5話)
事例16-1 一冊の本から、372回の対話が生まれた。
本記事は、実際の読書会での実践報告をもとに、人物名、地域、時期などを一部変更・再構成しています。
ある一冊の本を囲んで、人が集まる。
気になった文章を読み、
「なぜ、自分はここが気になったのだろう」
と考える。
それを言葉にして話す。
ほかの人が聞く。
そしてまた別の人が、自分の仕事や暮らしに重ねながら話す。
そんな小さな対話を、Sさんは仲間たちと積み重ねてきました。
ナレッジプラザでは、全国各地でドラッカーの著作をもとにした読書会を開催しています。
その中で、Sさんが読書会ファシリテータとして関わってきた読書会は、ある時点で372回に達していました。
そして不思議なことに、その頃から、参加者から寄せられる「実践成果」の報告が目に見えて増え始めました。
仕事の仕方が変わった。
部下との関わり方が変わった。
家庭の空気が変わった。
自分自身との向き合い方が変わった。
さらに東北では、県ごとの読書会がそれぞれ独立して活動するだけでなく、地域を越えた交流も活発に行われるようになっていました。
ある地域の参加者が、別の地域の読書会へ参加する。
一緒に学ぶ。
食事をする。
そこで知り合った人が、また別の人を誘う。
そんなつながりが、県境を越えて育っていったのです。
そうした活動や実践成果が評価され、東北各県の読書会は、エリア全体のチームとしてナレッジプラザの
読書会MVPを受賞しました。
これを機に、Sさんたちは一度、これまでを振り返ってみることにしました。
なぜ、ここまで続いたのだろう。
そこで、参加しできた人にはどんな変化が起きていたのだろう。
そしてなぜ、一つの地域の学びが、別の地域へと広がっていったのだろう。
振り返って見えてきたのは、単なる「372回の開催実績」ではありませんでした。
この物語の始まりは、一人の女性が、たまたま一つの学びの場に参加したことでした。
始まりは、ドラッカーを学ぶためではなかった
主人公のSさんがドラッカーと出会ったきっかけは、少し意外なところにありました。
吉田麻子さんの勉強会です。
吉田さんは、カラーの力で一人ひとりの魅力を引き出したり、色彩が人の心理に与える効果をセルフマネジメントに生かしたりすることを提唱していました。
そして、
『小説でわかる名著「経営者の条件」~人生を変えるドラッカー』や、その続編『かの光源氏がドラッカーをお読みになりマネジメントをなさったら』の著者でもあります。
その吉田さんが、ナレッジプラザの読書会ファシリテータ養成講座で学び、認定ファシリテータとなりました。
ナレッジプラザのドラッカー読書会で、ファシリテータがするのは、先生として正解を教えることではありません。
参加者の発言を促し、
「なぜ、その言葉が気になったのでしょう」
「それは、ご自身の仕事とどうつながりますか」
と問いかけながら、参加者同士の対話から学びが生まれる場をつくっていく。
その役割を担うのが、読書会ファシリテータです。
吉田さんが認定ファシリテータとなったことをきっかけに、彼女の勉強会の中でもドラッカー読書会が始まりました。
Sさんは、その最初の参加者の一人になりました。
もともとSさんは、
「ドラッカーを学ぼう」
と思ってその場に通っていたわけではありません。
一冊の本を囲んで、自分が気になったところを話す。
誰かの話を聞いて、「そんな見方もあるのか」と気づく。
それくらいの始まりでした。
当時のSさんは、まだ知りませんでした。
そこで始まった小さな読書会が、その後の自分の人生につながり、やがて自分自身が東北各地で学びの場をつくる側へ回ることを。
振り返れば、ここがすべての始まりでした。
学びが、自分を立て直してくれた
Sさんには、それ以前にも「学ぶ場」に助けられた経験がありました。
夫の転勤に伴い、いくつかの知らない土地で暮らしたことがあります。
土地が変われば、それまで築いてきた仕事のつながりも、人間関係も、そのまま持っていけるわけではありません。
また一から始めなければならない。
そんな不安の中でSさんを支えてくれたものの一つが、大人になってから出会った学びの場と、そこで知り合った仲間たちでした。
学ぶことは、単に知識を増やすことではない。
自分が置かれている状況を、少し違う角度から見てみること。
昨日までとは違う考え方に出会うこと。
そして、ときには、もう一度前へ進む力を取り戻すこと。
Sさんにとって学びは、人生を立て直す土台にもなっていました。
その後、東日本大震災のあった頃に東北へ戻ったSさんは、一つの思いを強くするようになります。
東北が本当の意味で元気を取り戻すためには、地方に暮らす私たち自身が、学び続けることが必要なのではないか。
経済的にも、精神的にも余裕がないときこそ、学びは人の可能性を開いてくれる。
Sさんは、学びを
「自分を刷新する力」
そして、
「希望の種」
だと考えるようになっていました。
そして今度は、自分が受け取ったその種を、誰かに渡す側へと回っていきます。
「東北六県に、読書会の旗を立てたい」
仲間たちの協力を得ながら、Sさんの地元でもナレッジプラザのドラッカー読書会が始まりました。
ところが当初、Sさん自身は読書会ファシリテータになるつもりなど、まったくありませんでした。
参加者の一人として学べれば、それでよかったのです。
そんなSさんに、ある人が言いました。
この地域で継続的に学べる場所を残したいのなら、Sさん自身がファシリテータになったらいいのではないか。
思いがけない言葉でした。
「自分に、そんな役割ができるのだろうか」
戸惑いながら仲間に相談し、考えた末に、Sさんは読書会ファシリテータ養成講座への参加を決めます。
そして認定を受けた頃、自分自身に一つの目標を掲げました。
「東北六県に、ドラッカー読書会の旗を立てたい」
少し大げさなくらいが面白いと、冗談半分に自ら「東北方面本部長」と名乗ったこともありました。
でも、現実はそんなに簡単ではありませんでした。
人が、集まらない
読書会を開いても、人が集まらない。
声をかけても、参加してくれるとは限らない。
一回来てくれても、次も来てもらえるとは限らない。
では、どうすれば参加者を増やせるのか。
どう宣伝すればいいのか。
どうすれば継続して来てもらえるのか。
普通なら、そんなことを考えそうです。
ところが、Sさんが何年も自分に問い続けたのは、少し違うことでした。
「みんなが心地よくいられる場所にするために、私はどうあればいいのだろう」
ドラッカーには、こんな言葉があります。
人の本性は、最低ではなく最高の仕事ぶりを目標とすることを要求する。
人は目標達成を好む p.92
(現代の経営 下 p.108)
「心地よい場所」というと、厳しさのない、気楽な場所を想像するかもしれません。
けれど、Sさんがつくろうとしていたのは、そういう場所ではありませんでした。
人は本来、
もっとよくありたい。
昨日より少し成長したい。
できなかったことを、少しでもできるようになりたい。
誰かの役に立ちたい。
そんな思いを持っている。
だとすれば必要なのは、人を外側から無理に動かすことではなく、
その人自身が、自分なりの「最高」を目指せる場をつくること
なのかもしれません。
Sさんが考え続けたのも、そんな「場のあり方」でした。
「やります」も、「やめます」も、「休みます」も言える
Sさんが目指したのは、熱心な人だけが残っていく場所ではありませんでした。
何かに挑戦したければ、
「やります」
と言える。
やってみたけれど難しかったら、
「やめます」
と言える。
仕事や家庭の事情があれば、
「今日は休みます」
と言える。
そんなことを遠慮なく言える場所にしたい。
一見すると、それは「最高の仕事ぶりを目指す」というドラッカーの言葉とは逆のようにも見えます。
でも、Sさんが大切にしたかったのは、低い基準で満足することではありませんでした。
休めない。
失敗したと言えない。
一度始めたら、やめられない。
そんな場所では、いつしか人は、
「怒られないこと」
「迷惑をかけないこと」
「脱落しないこと」
を目標にしてしまいます。
それでは、「最低限をこなすこと」が目的になりかねません。
そうではなく、
やってみる。
うまくいかなければ振り返る。
必要なら休む。
そして、また戻ってくる。
自分で選び、自分で考え、自分なりのよりよい姿を目指す。
そうできる場所だからこそ、人は自分から前へ進めるのではないでしょうか。
読書会ファシリテータとしてSさんが考え続けたのは、
「どうすれば人を動かせるか」ではなく、
「どうすれば、人が自分から学びたくなる場をつくれるか」
ということでした。
一人が、次の一人を連れてくる
一人が参加する。
安心して自分の話をする。
ほかの人の話を聞く。
また来たいと思う。
そして、ときには、「こんな場所があるよ」と別の誰かに声をかける。
Sさんが一人で参加者を集めたわけではありません。
一人の人が、次の一人を連れてくる。
ある地域で出会った人が、別の地域の読書会へ参加する。
その人が、今度は新しい誰かに声をかける。
少しずつ、そんなことが起こるようになりました。
そして県ごとに始まった読書会は、やがて県境を越えて交流するようになります。
人が行き来する。
学びが行き来する。
実践の話が行き来する。
「東北六県に旗を立てる」というSさんの目標は、単に地図の上に開催地を増やすことではなくなっていました。
学びを通じて、人と人がつながっていく。
そんなネットワークへと変わっていったのです。
372回という数字の向こう側
Sさんには、東北六県にドラッカー読書会の場をつくることと並んで、もう一つの目標がありました。
自分がファシリテータとして関わる読書会を、まず500回まで積み重ねること。
そして今回の実践報告が行われた時点で、その数は372回になっていました。
372回。
数字だけを見れば、
「よく続けた」
という開催実績に見えます。
けれど、その頃から実践成果の報告が増え始めたことで、Sさんたちは改めて気づくことになります。
積み重なっていたのは、開催回数だけではなかった。
その一回一回に、
仕事について悩んでいる人がいました。
家庭について考えている人がいました。
これからどう生きたいのかを問い直している人がいました。
同じ文章を読んでいるのに、まったく違うところに心を動かされる人がいました。
誰かの話を聞いて、「そんな見方があったのか」と気づく人がいました。
そして、そこで何かを持ち帰り、次の一か月に小さな実践を始める人がいました。
372回積み重なったのは、「読書会」だけではありません。
そこには、数え切れないほどの対話がありました。
本との対話。
自分との対話。
仲間との対話。
そして、自分が生きている現実との対話。
その対話が積み重なった頃、仕事や家庭での実践成果が次々と語られるようになり、地域を越えたつながりも育っていました。
東北チームが読書会MVPを受賞したのは、その結果として後から見えてきた、一つの節目だったのかもしれません。
考えてみれば、Sさん自身も最初は、誰かがつくってくれた学びの場に参加した一人でした。
そこで一冊の本に出会い、人と出会い、学ぶことの力を受け取った。
そして今度は、自分が次の人へと手渡していった。
一つの学びの場から、一つの読書会へ。
一人の参加者から、次の一人へ。
そうして対話は372回まで積み重なりました。
では、その対話によって、人には実際にどんな変化が起きていたのでしょうか。
次回は、Sさんたちが育ててきたドラッカー読書会に参加している一人の本に残された、「二色の線」から、その学びを見ていきます。
【今日の問い】
Q:あなたの周りの人が、自分から「もっとよくなりたい」と思えるために、あなたには何ができるでしょうか?
人に高い成果を求めることと、その人を強く管理することは、同じではありません。
Sさんが問い続けたのは、人をどう動かすかではなく、
人が自ら学び、挑戦し、よりよくあろうとできるために、自分はどんな場をつくればよいか
ということでした。
職場でも、家庭でも、地域でも。
あなたの周りにいる人が、自分なりの「最高」を目指したくなるために、あなた自身にできることは何でしょうか。
次回
同じ本を読んでも、見えているものは違う。
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