実践するドラッカー実践編 第37話:母の背中を見てきた私が、隣で考えるようになるまで —女性社長と娘の10年の対話⑤(全6話)
事例7-5 「自分にできる最適な貢献」が、役割をつくる—マネジャーは、肩書ではなく役割だと感じた二日間
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
■ 役割は、あとからついてきた
第4回までで見たように、「何者でもなかった」Gさん(女性)は、
自分にできる最適な貢献を求めて試行錯誤を重ねる中で、
少しずつ位置と役割を変えていきました。
小さなチャレンジを積み重ねていくと、
一つひとつの成功と失敗が、次のチャレンジへの力になります。
そして、新たな視点を得るきっかけにもなります。
Gさんは、そんな成長を少しずつ実感していました。
その中で、問い続けていたことがあります。
「自分にできることのうち、何をすることが会社にとって意味のある貢献になるのか」
この問いが、Gさんの行動の軸になっていました。
■ 揺さぶられた問い
Gさんは、「実践するドラッカー講座」の2日間連続研修に参加しました。
その講座の中で、ある言葉に出会います。
「世のため、人のため」
この言葉自体は、もともと知っていました。
しかし、それまで「世のため」も「人のため」も、思い浮かべるのはお客様とその向こうにある社会全体のことでした。
ところが講座の中で、こう問われます。
「その“人”の中に、一緒に働く社員は含まれているだろうか」
社員は、会社の所有物ではありません。
会社を取り巻く大切な存在のはずです。
「これまでやってきたことは、
"一緒に働く人"のためになっていたでしょうか」
その問いに、Gさんはどきりとします。
「自分は、心から同僚のためを思って関わっていただろうか」
それまでの関わり方を、改めて見つめ直したくなりました。
■ 戻るときの不安
自分がこれまでにつくってきたものは、本当に共に働く人のためになっているだろうか。
そう考えると、留守にした会社の様子が急に気になり始めました。
研修を終えて、東京から地元へ戻る新幹線の中で、Gさんは不安を感じていました。
実は、以前のGG社には、
「会社を休んでセミナーに行くなんて言語道断」
という空気がありました。
そんな空気を少しずつ変えてきたGさんでしたが、2日間のセミナー参加は初めてのことでした。
だからこそ、不安がありました。
「自分がいないことで混乱していないだろうか」
「現場が忙しくなっていないだろうか」
「大忙しで、戻ったら”やっと今頃……”という空気だったらどうしよう」
そんな思いが、何度も頭をよぎります。
■ 見えてきたもの
しかし、会社に戻ると、予想とは違う光景がありました。
「Gさんがいない間に、これができました」
「いなかったからこそ、できたのかもしれません」
社員たちが、そう笑顔で報告してくれたのです。
■ もう一つの出来事
さらに後から、こんな話も耳にします。
Gさんが不在の間、社長である母親が、普段はGさんがやっている入荷商品の検品作業をしていたというのです。
それは本来、社長が担う仕事ではありません。
しかし母親は、誰かに指示を出すだけではなく、自ら現場に入り、必要な仕事を引き受けていました。
「誰かの背中は、誰かが守る」
そんな姿勢と組織文化を、社長自身が率先して行動で示していたのです。
■ 認識の変化
この二つの出来事を通して、Gさんは気づきます。
自分がいなくても、組織は動いている。
それは、仕事や役割分担が少しずつ明確になり、
人が休みたいときに休んでも、互いにカバーし合える組織ができ始めているということでした。
そしてもう一つ。
仕事の全体像が見えるからこそ、分担された役割を超えて、
それぞれが「自分にできること」を主体的に引き受けられる環境が整い始めていたこと。
そのことも見えてきました。
■ リーダーとマネジャー
その中で、自分と社長の位置づけの違いもはっきりしてきます。
社長は、価値観や姿勢を示し、組織の方向や基準をつくっている。
一方でGさんは、その中で人が動きやすいように、場を整え、人と人をつないでいる。
母親の「リーダー」としての役割。
Gさん自身の「マネジャー」としての役割。
それぞれが事業活動の全体を念頭に置き、自分にできる貢献を考えたとき、自然と役割が分かれていたのです。
■ 役割は、後からついてくる
Gさん自身は、「マネジャーになろう」と思って行動していたわけではありません。
けれど、自分がやってきたことを振り返ると、それは明らかにマネジャー的な行動でした。
そして周囲もまた、Gさんをそうした役割の人として見始めていたのです。
そのことを感じるようになっていました。
Gさんはただ、
「自分にできる最適な貢献は何か」
を考えて行動していただけでした。
しかしその結果、周囲の中でのGさんの位置づけは、明らかに変わっていたのです。
ドラッカーはこう述べています。
マネジメントとは行動志向たるべきものである。哲学ではないし、哲学たらんとしてもならない。学んだこと、考えたことを直ちに利用できなければ、せっかくのマネジメント・コースも意味をなさない。情報にとどまり、知識とはならない。
Gさんにとっての学びは、知って終わるものではありませんでした。
行動に変え、周囲との関係を変え、役割を生み出していくものでした。
■ 社長からの認識も変わっていた
ある日曜日の朝の自宅。
Gさんは母親から、GG社の後継者について宣言がされました。
「決めた。私の次は部長が2年。そのあと課長が2年。
そして、その次はあなた」
突然の言葉でした。
これまで社内では、次の社長は部長なのか課長なのか、ということが、社員同士の関心事になっていました。
しかし母親は、その二人を順に経営者に据えたうえで、その次の社長としてGさんの名前を挙げたのです。
Gさんの中には、二つの感情が同時に湧き上がりました。
一つは、尊敬している母親に認められたという、素直なうれしさ。
もう一つは、
「自分にそこまでできるのだろうか」という戸惑いでした。
期待されていることはわかる。
しかし同時に、
「そこまで自分にできるのだろうか」
そんな戸惑いも、正直にありました。
それでも、自信はなくても、母親の期待に応えられる自分になりたい。
そのために、いますぐできる貢献は何だろうか。
■ トップマネジメントはチーム制で
Gさんは、ドラッカーのトップマネジメントについての学びを思い起こします。
トップマネジメントの仕事とは、一人の仕事ではなく、チームによる仕事である。トップマネジメントの役割が要求するさまざまな体質を、一人で併せもつことはほとんど不可能である。しかも一人ではこなしきれない量がある。
この体制を本当に機能させるには、一人の人間にまるごと任せるのではなく、経営チームをつくったほうがいいのではないか。
そう考えて伝えました。
なぜなら、そこに挙がった候補者の誰もが、母親が40年にわたって担ってきた経営を、「一人でそのまま受け継ぐ」ことは難しいと感じたからです。
■ 母の判断を支える役割
そうした提案とともに、自分の立場だからこそ見えていることを、経営判断の情報として提供しました。
その頃の社内には、「次の社長は誰になるのか」という不安や不満が、もやもやと漂っていました。
Gさんは、そのことも母親に伝えます。
すると、これまでそのようなことをしたことがなかった母親が、「社員全員と面談をする」と言いました。
それは、いいことかもしれない。
Gさんはそう感じました。
自分からの提案や情報が、母親の判断の助けになっている。
そのことに、Gさんは充実感を覚えていました。
■自分たちにできるのだろうか
一方で、別の思いもありました。
たとえチーム制にしたとしても、母親が40年にわたって築いてきたものを、自分たちは本当に受け継いでいけるのだろうか。
この複雑な感情を抱えたまま、Gさんは次のステージへと進んでいきます。
今日の問い
Q:あなたが今、組織の中で果たしている“本当の役割”は何でしょうか。
指示を出すことですか。
場を整えることですか。
人をつなぐことですか。
価値観や方向性を示すことですか。
肩書ではなく、
「周囲が自然とあなたに期待している働き」は何か。
改めて見つめてみてください。
■続きの物語はこちらから
このGさんの物語の第①話はこちらから
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