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実践するドラッカー実践編 第38話:母の背中を見てきた私が、隣で考えるようになるまで —女性社長と娘の10年の対話⑥(全6話)

事例7-6 この仕事をするために生まれてきた—託された理由と、社長としてのはじまり

本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。

■ 背中を見ていた母の隣に

「母親が40年間やってきた経営を、部長、課長、それに自分は、本当に引き継ぐことができるのだろうか。」

Gさん(女性)は、そんな思いで、あらためて母親の仕事を見るようになっていました。

経営チームの中で、自分が貢献できそうなこととして、社内会議の運営を引き受けることも申し出ました。

Gさんが出した情報や提案を、社長(母)はすぐに吟味し、判断に活かして持ち前の行動力で形にしていきます。

それまでGさんにとって母親は、ずっと背中を見てきた存在でした。

けれどこの頃から、隣に立って一緒に考えているような手応えがありました。

Gさんは、その立ち位置に充実感を感じていました。

■ 母への認識の変化

そんな頃、Gさんの「母親への認識」が改める出来事がありました。

Gさんは、それまで母親のことを「ビジネスセンスのある人」だと思っていました。

取引先の社長からも、こんな言葉を聞いたことがあります。

「お前の父ちゃんのままだったら、会社はこうはなっていないぞ。おまえの母ちゃんだからここまでになったんだ。」

Gさんも、そう思い、経営者として尊敬していました。

しかし、それを母親に伝えたとき、母親はこう言いました。

「私にビジネスセンスなんてあるわけないよ。」

意外そうな顔をするGさんに、母親は続けます。

「私は、何も始めていないんだから。」

***

父親が創業したときのGG社は、機械部品の下請け製造工場でした。

大型機械の部品を扱っていたため、そこに組み込まれる消耗品の製造加工も始めます。

さらに、工場に通ってくれる商社の営業マンを見て、父親は「この仕事も面白そうだ」と卸売業も始めました。

その後、父親が突然亡くなります。

そこで母親は、幼い娘たちを抱えつつ、男ばかりの世界で、手探りで会社を維持してきたのでした。

***

実は、今も続いているのは、その三つの事業のままです。
母親は、新しいことを始めた人ではありませんでした。

母は、40年という長い間、父親が亡くなった後も「もう帰らぬはずの社長の”女房役”」を続けてきた人だったのです。

その認識をきっかけに、Gさんの見え方は変わっていきました。

■ 自分への認識も変化した

この振り返りを通して、Gさんの中に一つの考えが浮かびます。

・若くして亡くなった創業者の父親。
・その後を継ぎ、会社を支えてきた母親。
・そんな二人の間に生まれた自分。

そして、事業を担う母親の背中を、間近で見てきた自分。

これは、決して偶然ではないのかもしれない。

「自分は、この事業をするために生まれてきたのではないか」

そんな感覚が、少しずつ芽生えていきました。

■ 積み重なっていたもの

この頃、Gさんの「フィードバック・ノート」には、自分のことよりも、

「社員の良いところ」

が多く書かれるようになっていました。

自分が成果を出すことよりも、人が力を発揮することに意識が向いていたのです。

そして、10年もの間、問い続けてきたことがありました。

自分にできて、人にはできないことで、もし本当にうまくやれば、会社を大きく変えられることは何か?

(経営者の条件 第3章 どのような貢献ができるか p.86)

その問いに、すぐ答えがあったわけではありません。

ただ、その問いを持ち続けながら、できることを積み重ねてきました。

■ 突然の出来事

そして、状況は一変します。

その年の11月11日。
奇しくもドラッカーの命日に起こった”愛犬の死”。

これをきっかけに、母親は精神的に大きく揺らぎます。
会社では感情的な場面が増え、組織は再び混乱していきました。

それでもGさんは、特別なことをしたわけではありません。
しかし、これまでと同じ問いを手放しませんでした。

「この状況の中でも、自分にできる最適な貢献は何か」

その問いに向き合い続けたのです。

■ 託された理由

そして・・・・部長でも、課長でもなく・・・
なんと、Gさんが社長に就任することになりました。

入社した頃の自分には思いもよらなかったことです。

なぜ自分だったのか。

能力があったからでも、経験が豊富だったからでもありません。

問い続けてきたから。

自分の強みを使って、組織に貢献しようとしてきたから。

その姿勢を、母親も、そして周囲の人たちも見ていたのかもしれません。

■ 社長としてのはじまり

こうして、Gさんの社長としての歩みが始まりました。

それは、特別な一歩ではありません。

これまでと同じように、
「自分にできる最適な貢献は何か」
と問い続けることから始まる一歩でした。

■ 何者でもなかったあのときの自分へ

これまでの10年をふりかえると・・

もともとGさんは、化粧品会社でインターネット企画の仕事をした後、個人事業主としてマッサージの仕事をしていました。

サービス業や企画の仕事をしてきた自分が、機械や部品を扱う会社に入り、経理や事務を任されました。

「自分はこの仕事に向いていないのではないか」

そんな違和感の中で、

自分の貢献を問い続けてきました。

けれど、その問いから逃げずに、できることを積み重ねてきた先に、今がありました。

「何者でもなかった自分」は、問い続けることで自分にふさわしい役割をつくってきた。
そして、その役割がやがて、社長という立場につながっていったのです。

Gさんの挑戦は、まだまだこれからも続きます。

【今日の問い】

Q:あなたは今、“自分にしかできない貢献”を問い続けていますか。

役職や肩書は、あとから変わることがあります。

けれど、「この状況の中で、自分にできる最適な貢献は何か」を問い続けることは、少しずつ、その人らしい役割を形づくっていきます。

Gさんも最初から「社長になる人」だったわけではありませんでした。

むしろ、自分がこの会社で何者なのか分からず、「向いていないのではないか」という違和感の中からスタートしています。

それでも、「この状況の中で、自分にできることは何か」を問い続け、小さな実践を積み重ねていく中で、少しずつ役割が生まれていきました。

最初は「ホームページ改訂の担当者」。
やがて「理念づくりを進める人」。
そして、「場を整え、人をつなぐマネジャー」。
さらに、「次の経営を担う存在」へと、周囲からの認識も変わっていきました。

役割とは、最初から与えられるものではなく、問い続ける姿勢と行動の積み重ねの中から、少しずつ形になっていくものなのかもしれません。

あなたが今、問い続けていることは何でしょうか。。

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このGさんの物語の第①話はこちらから


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